参考>> [箱の中の娘]【手無し娘

千匹皮『グリム童話』 著:グリム兄弟 KHM65 ドイツ

 昔々、王様がいた。お妃は金色の髪をしていて、世界中にくらべる人もないくらいきれいな人だった。あるとき、そのお妃が病気で寝こんでしまい、もう長くはないと思ったので、王様をよんで言った。

「あたしが死んだ後、二度目のお嫁さんを貰うんでしたら、あたしぐらいきれいな人で、あたしのように金色の髪をした人でなければいけませんよ。きっと約束して下さいますね」

 王様がその約束をすると、お妃は目をとじて、死んだ。

 

 王様は長い間、気晴らしのしようもなく、二度目のお妃を迎えようなどと思いもしなかった。とうとう、御家老方が言った。

「どうにもいたしかたのないことゆえ、王様に改めて奥方を迎えていただいて、われら一同女王さまをいただくことにいたさねばなるまい」

 そこで、亡くなられたお妃そっくりのきれいなお嫁さんさがしに、あちこちへ使者を出した。

 ところが、世界中さがしても一人も見つからなかったし、見つかっても、金色の髪をしている人など一人もいなかった。そんなわけで、使いの者たちは、お嫁がみつからぬまま帰って来る始末だった。

 

 ところで、王様にはお姫さまが一人あったが、その方は亡くなった母親そっくりの御器量で、しかも金色の髪をしていた。お姫さまが大きくなってから、王様が彼女をじっとながめていると、死んだお妃にそっくりなものだから、急にお姫さまが恋しくってたまらなくなってしまった。そこで、御家老方に向って言った。

「わしは、わしの娘を嫁にする。姫は死んだ妃に生きうつしだ、姫のほかには、死んだ妃に似ているものを見つけることは出来ぬからな」

 御家老方はこれを聞いてびっくりして言った。

「父親が自分の娘を嫁にすることは、神様がお差し止めなさっておりまする。罪業から、正しいことはおこりませぬ。お国もこのために亡び果てましょう」

 お姫さまは父親のご意向を伺うと、御家老方よりもっとびっくりして、父上の目論見を思いとどまっていただこうとねがって言った。

「あたくしがお望みをかなえて差し上げる前に、ぜひとも、着物が三着ほしゅうございます。一つはお日さまのように金色のもの、一つは月さまのように銀色のもの、もう一つはお星さまのように光るものです。そのほかに、千色の毛皮でこしらえた外套を一つ、それには国じゅうの獣の皮を少しずつ使わねばなりません」

 お姫さまは思った。「こんなものを作るなんてとてもできっこないし、そのうちにお父さまのよこしまな心を思いとどまっていただこう」

 ところが、王様はとりやめるどころか、国中の腕達者な娘たちに三色の着物を織らせ始めた。一つはお日さまのように金色のもの、一つは月のように銀色のもの、もう一つはお星さまのように光るもの。それから国じゅうの猟師は、国じゅうの獣をつかまえて、その毛皮をひと切れずつはぎとるように言いつけられた。

 その毛皮で千色の毛皮の外套ができ上がった。やっとのことで何もかもすっかりでき上がると、王様はその外套をとりよせて、お姫さまの前にひろげて言った。「明日は婚礼だ」

 

 さて、お姫さまはこの上 父上の心を変えるのはおぼつかないとみてとると、逃げ出そうと覚悟をきめた。夜の間、みなの寝静まってるうちに起きて、黄金の指輪と、黄金の糸車と、それから黄金の糸まきと、三つの大事な宝物を手にした。お日さまとお月さまとお星さまの三色の着物はくるみの殻の中へ入れて、いろいろな毛皮でこしらえた外套を着て、顔や手はすすでまっくろにした。それから、わが身を神さまにおまかせして、外へ出て、一晩じゅう歩いて、やがてある大きな森の中へ入った。そうしてくたびれて果てて、木のほらへ入って寝込んでしまった。

 日が上がっても相変らず眠りつづけているうちに、もうお昼になってしまった。ちょうどそのとき、この森の持ち主の王様がこの森で狩りをしていた。その王様の犬がこの木のそばを通りかかると、くんくん鼻をならして、あたりをかけまわって吠えたてた。王様は猟師たちに言った。

「ちょっと、あそこにどんな獣がかくれているのか見て来い」

 猟師は言いつけどおりにして、帰って来ると「あの木のほらには、今まで見たこともないような奇妙な獣がおります。体には千色の毛皮が付いております」と言った。

「生け捕りにできるかやってみろ、生け捕りにできたら車にしばりつけてつれて来い」

 猟師たちがその娘をつかまえると、娘はびっくりして目をさまして大声で言った。

「あたしは、父母にすてられたあわれな子供です。かわいそうだと思って一緒につれて行って下さい」

 これをきくとみんなは言った。「千匹皮、お前は台所むきだ。さあ一緒に来い、台所で灰でもかきあつめるがいい」

 そこで一同はこの娘を車につんで、王様の城へ乗せて帰った。城へ帰ってから、梯子段の下の日もささないような小さな部屋をあてがって言った。

「千皮小僧、ここで寝起きするがいい」

 それから台所へやられて、薪や水をはこんだり、火をかき立てたり、鳥の羽をむしったり、野菜をえり分けたり、灰をかいたり、いろんな下働きをした。

 

 こうして、千匹皮は長い間、ほんとうにみじめな暮しをしていた。かわいそうに、きれいなお姫さまはこれからどうなることだろう。

 ところがあるとき、この城でお祝いがあった。お姫さまは料理人に言った。

「ちょっと、上へ行って見て来ていいでしょうか。戸のところに立ってますから」

 料理人が言った。「いいとも、いっといで、だけど三十分したら戻って来て,灰を集めなけりゃいけないよ」

 そこで、お姫さまは小さなランプを持って自分の小部屋へ行って、毛皮の着物をぬいで顔や手のすすを洗い落したので、元のとおりに美しくなった。それから、くるみをあけてお日さまのようにぴかぴかする着物をとり出した。すっかり仕度がすんでお祝いの席へ上がって行くと、誰も知ってる人もいないし、どこかのお姫さまに違いないと思ったものだから、みんな道をあけてくれた。すると王様がこっちへ向ってやって来て、手をさしのべて一緒に踊って、心のなかで思った。

「こんなきれいなひとには、一度もお目にかかったことがない」

 踊りがすむと、その人はおじぎをした。そして王様があたりを見まわしたときには彼女は消えてなくなり、どこへ行ったのやら誰も知らなかった。城の前に立っていた番兵は、呼びつけられていろいろきかれたけれど、誰一人そのお姫さまを見かけたものはいなかった。

 お姫さまは自分の小部屋へかけこんで、いそいで着物をぬいで顔や両手をまっくろにして、毛皮の外套を着こんで、もとの千匹皮になりすましていた。それから台所へ行って灰をかき集めようとすると、料理人が言った。

「それは明日までそのままにしておいていいから、王様にスープをこしらえてくれ。俺もちょっと二階の様子をのぞいて来るから。だが、髪の毛一本だっていれるんじゃないぞ。そんなことでもしたら、明日からめしの食い上げだ」

 そう言って料理人は出て行ってしまったので、千匹皮は王様の食べるスープをこしらえた。腕のかぎり上手にパン入りスープをこしらえ、でき上がると、小部屋に置いておいた金の指輪を持って来て、それをスープ皿へ入れた。踊りがすむと、王様はスープをとりよせて召し上がった。皿の底に金の指輪が入っているのが見えたが、一体どうして落ちこんだのかわけがわからなかった。そこで料理人を御前によびよせた。

 料理人はその仰せをきくとたまげてしまい、千匹皮に言った。

「きっとお前がスープのなかへ髪の毛をおとしたんだ。もしそんなことでもあったらぶんなぐるぞ」

 王様の御前に出ると、王様はスープをこしらえたのは誰かときいた。料理人が返事をした。

「手前がこしらえました」

 けれども、王様が言った。

「それはまことではない。こしらえ方がちがってるし、いつになくよくできておったぞ」

「実を申せば、手前ではござりませぬ。毛皮小僧めでござります」

「さがって、その者をこれへよこせ」

 千匹皮がやって来ると、王様がきいた。「お前は何者だ」

「わたくしは、父も母もないあわれな子供でございます」

 王様はつづけてきいた。「何のためにわしの城にいるのだ」。小僧は返事をした。

「わたしは能無しで、長靴を頭にぶつけられるのがせいぜいでございます」

 王様がまたかさねてきいた。「スープに入っていた指輪は、どこで手にいれたのだ」

 小僧が返事をした。「指輪のことなぞ、何も存じませぬ」

 こんなふうで、王様は何にもきき出せないで、千匹皮をさがらせるよりしかたがなかった。

 

 しばらくしてから、またお祝いがあった。こんども千匹皮は、前のときのように料理人に見物にやってくれるように頼んだ。

「いいとも。だけど三十分したらまた帰って来て、王様の大好物のパン入りスープをこしらえるんだな」

 そこで大急ぎで自分の小部屋へかけていって、急いで身体を洗って、くるみからお月さまみたいに銀色をした着物を出して着た。それから上へあがって行ったが、まるで王様のお姫さまみたいだった。王様はお姫さまの方へよって来た。また逢えたので大喜びで、一緒に踊った。踊りが終わるとお姫さまはこんどもまたさっとかくれてしまったものだから、王様はお姫さまがどこへ行ってしまったのか気がつかなかった。お姫さまは、自分の部屋へとびこんで、また毛皮小僧になりすまして、パン入りスープをこしらえに台所へ行った。料理人が上へ行ってるまに、金の糸車を持って来て、スープ皿へ入れて、その上にスープを盛りつけた。それから、そのスープが王様の御前へ運ばれていった。

 王様がそれを召し上がると前のと同じようにおいしかった。料理人をよびよせると、「千匹皮がこのスープをこしらえたのです」と、本当のことを申し上げた。

 再び、千匹皮は王様の御前へ出たけれど、自分はこの城にいても長靴を頭にぶっつけられるくらいのもので、金の糸車のことなんかなんにも存じませんと返事をした。

 

 王様が三度目にお祝いをしたときも、やっぱり前のときと同じだった。料理人が言った。

「毛皮小僧、お前は魔法使いだな。いつもスープがおいしくなるようなものを何かいれて、俺のこしらえたのより王様の口に合うようにするなんて」

 でもあまりたのむものだから、時間をかぎって行かせてやった。毛皮小僧はお星さまのようにぴかぴか光る着物を着て、広間へ入って行った。王様は、またこのきれいなひとと踊って、彼女が今度みたいにきれいだったことはこれまでにないと思った。

 そうして、踊りながら、お姫さまの気のつかぬうちに金の指輪を彼女の指にはめてしまい、しかも、あらかじめ踊りをうんと長く続けるように言いつけておいた。踊りがすんだとき、王様はお姫さまの両手をしっかりつかんでいたつもりだったけど、お姫さまはふり放して、すばやく人ごみのなかへまぎれこんで、王様の目に見えなくなってしまった。

 お姫さまは、大急ぎで梯子段の下の部屋へかけこんだが、あまりも長く、三十分以上もいたものだから、きれいな着物をぬぐひまもなく、毛皮の外套を羽織っただけで、おまけにあわてたものだから、すすもすっかり塗りきれず、指一本白いままで台所へとんで行って、王様のスープをこしらえ、料理人が出て行ってから黄金の糸巻きをスープのなかへいれた。

 王様は底に糸巻きのあるのを見つけると、千匹皮をよびよせた。すると白い指が見えたし、踊ってる間にはめた指輪も目についた。

 そこで、王様はお姫さまの手をにぎって、しっかりおさえた。お姫さまがふり放して逃げだそうとしたとき、毛皮の外套がちょっと開いて、お星さまの着物がちらっと光って見えた。王様はその外套をしっかりつかまえてはぎとった。すると、金色の髪の毛があらわれ、お姫さまは目もさめるようにきれいな姿になって、もはやかくれようもなかった。

 それから、お姫さまが灰やすすを顔からふいてとると、世界中で誰もこれまで見たこともないくらい美しかった。

 で、王様が言った。「お前はわしのかわいい花嫁だ。もう二度と別れぬぞ」

 それからご婚礼のお祝いをして、二人は死ぬまで何不足なく暮した。



参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.
『完訳グリム童話(全三巻)』 グリム兄弟著、関 敬吾・川端 豊彦訳 角川文庫

※千匹皮が王に向かって繰り返し「長靴を頭にぶつけられるのがせいぜいでございます」と言うのが謎な感じだが、実は初版では千匹皮は毎晩 王の寝室に行って長靴を脱がしてやらねばならず、その度に王は千匹皮に長靴を投げつけた、というくだりがあるのだ。ちょっと意味深だが、だからこそ千匹皮は「長靴を頭にぶつけられるのがせいぜいでございます」とくり返し言うわけであり、このエピソードのない決定版では皮肉が効いてこない。

 ついでに言えば、初版では千匹皮はよその城に行くのではなく、変装して自分の城に留まっている。だからこそ、スープの中に入れられた金のアイテム(元々、この城に伝わる宝)を見て、王は娘が身近にいることを悟るわけだ。これも決定版ではピンとこない感じになってしまっている。他の類話では「王子さま」自身から贈られた装身具をスープやパンに入れるところなのに。
 ……初版では、結局千匹皮は父王と結ばれる。しかも、どうも彼女自身は後にはそれを望んでいたかのごときニュアンスがある。千匹皮として毎夜 王の長靴を脱がせるうちに、心境の変化が起こったのだろうか?

 近親相姦のタブーを乗り越えるために、娘は一度毛皮をまとって木のうろに入り、獣に生みなおされて――つまり一度死んで、その後に花嫁として生まれ変わったのだろう。

参考--> 「百獣衣



ロバの皮『ペロー童話集』 著:ペロー フランス

 むかし、一人の王がいました。平和なときには優しく、戦のときには恐ろしい、並べる者のないような、それは偉大な王でした。王の半身たる王妃は美しく優しく魅力にあふれ、一粒種の王女は愛らしく、しかも、糞の代わりに金貨をひりだすロバまで飼っていたので、王はこの上なく幸せに暮らしていました。

 ところが、不幸は起こります。王妃は重い病気にかかり、死の床につきました。臨終のとき、王妃は言いました。

「同意してくださるわね、死ぬ前にひとつだけお願いがありますの。もしわたくしがいなくなった後、再婚したいとお思いになったら……」

「ああ、そのような心遣いは無用だ。一生そのようなことは思いもせぬ、その点は安心するがいい」

「その通りだと信じますわ、あなたの烈しい愛が何よりの証人ですもの。でもいっそう確信するために、あなたの誓いがほしいのです。とはいえ、妥協で和らげられた誓いでしてよ。――もしもわたくしよりも美しく賢い女に会われたら、ご自由に愛をお誓いになり、結婚なさってもかまいません」

 自分の魅力を確信している王妃には、このような約束は巧みに意表をついた、決して再婚しないと言うも同じな誓いのように思えたのです。王が涙ながらに誓うと、王の腕に抱かれて王妃は亡くなりました。王はかつてないほどに泣き、騒ぎました。

 王は昼も夜も嘆き続けましたが、それを見て人々は思いました。喪の悲しみは長くは続かないだろう、と。王の嘆きようは、まるで急いで事件から抜け出そうとする人のようでしたから。

 果たして、数ヵ月後には王は新しい妻選びに取り掛かりました。しかし、これは容易いことではありません。誓いは守らねばならず、新しい王妃は先ごろ墓に葬ったお方よりも いっそう美しく賢くなければなりませんでしたから。

 宮廷も町も田舎も、周りの王国も、全てを一回りしても条件にかなう女性を探し出せません。ただ、わが娘の王女をのぞいては。王はそれに気づくと烈しい恋心に燃え、気違いじみたことを思いつきました。亡き王妃との誓いゆえに王女と結婚すべきである、と。けれども、若い王女はそれを聞いて泣き暮らしました。

 王女は、遠く離れた螺鈿と珊瑚で飾られた洞窟へ出かけていきました。ここには彼女の名付け親の仙女が住んでいるのです。術に優れた仙女は、王女を見るなり言いました。

「分かっていますよ、あなたがここへやって来たわけも、心の悲しみも。けれども、私がついているからには安心ですよ。私の忠告どおりに振舞うなら、誰もあなたに害を加えることは出来ません。

 帰ってお父上にお願いなさい。お父上の愛を受け入れる前に、空の色のドレスが欲しいのです、と。天がお父上に味方したとしても、この願いをかなえることは出来ないでしょうから」

 王女が帰ってそれを願うと、父王は直ちに仕立て屋に「すぐに空の色のドレスを仕立てよ」と命じました。出来なければ全員を縛り首にするぞ、と。

 次の朝がまだ明けないうちに、望みのドレスが届けられました。青空の最も美しい青でさえ、金色の大きな雲の帯を巻かれた時はこれほど青くはありません。喜びと苦しさに胸ふさがれ、王女はどうすればよいのか分からなくなりました。

「王女様、もう一枚お願いなさい」

 小声で名付け親が囁きました。

「もっと輝かしく、ありふれていないものを。月の色のドレスなら、とてもかなえることは出来ますまい」

 王女がそう望むやいなや、父王は刺繍係に命じました。「月も及ばぬほどの輝かしいドレスを、四日後には間違いなく届けるのだ」

 豪華なドレスは定められた日に届けられました。夜の帳が下りた空で銀の衣装をまとう月も、これほど華麗ではありません。王女はこの素晴らしいドレスに見とれ、ほとんど同意する決意を固めるところでした。けれども、名付け親の吹き込む知恵がそれを押しとどめました。

「まだ満足できませんことよ。もっと輝かしいドレス、それも太陽の色をしたのをいただくまでは」

 他に例を見ないほどの恋心で王女を愛している父王は、ただちに宝石細工師を招き、金とダイヤをちりばめた豪華な布地でドレスを作るように命じ、満足いくように出来なければ拷問にかけて殺すぞ、と脅しました。けれども、王がそこまで言う必要はありませんでした。優れた職人は、その週が終わる前に、貴重な作品を届けてよこしたからです。まことに色鮮やかで美しく、太陽神が天球を金の戦車で駆ける時も、これほど輝かしく人の目を眩ませはしないでしょう。

 これらの贈り物攻めで打ち負かされた王女は、もはや、父王になんと答えていいのか分かりません。名付け親は直ちに王女の手を取って、「いけません」と耳元で囁きました。

「これらの贈り物がかなえられたのは、一体どんな奇跡からでしょうか? あなたも知っての通り、あの金貨を出すロバがいる限り、お父上の財布はいっぱいなのです。あの珍しい動物の皮をおねだりなさい。それはお父上の全財産なのですから、もらえることはありますまい」

 仙女はたいそう物知りでしたが、まだ知らなかったのです。烈しい愛とは、それを満たすことが出来るなら、金も銀も物の数ではないことを。

 王女が望みを口にするやいなや、ロバの皮は直ちに快く与えられました。

 ロバの皮が運ばれてきたとき、王女はひどく怯え、自分の運命を思って悲しみました。急いで名付け親が現れて諭しました。

「お父上には、あなたがすっかりその気になっていると思わせておくのです。けれども、そうする一方で、あなたはたった一人、変装を凝らしてどこか遠い国に逃げなければなれません。間近に迫った危険から逃れるために。

 さあ、ここに大きな箱があります。あなたの服を全部入れましょう。姿見、化粧道具一式、ダイヤモンドにルビーも。

 私の杖をあげましょう。これを持っていれば、箱が地下に隠れたまま、あなたの行く場所へどこへでもついていきます。あなたが開けたくなったとき、杖で地面に触れさえすれば、箱はすぐに目の前に姿を現しますよ。

 ご自分の身を守るには、ロバの皮は最適の仮面です。この皮ですっかり身を覆いなさい。誰も決して思いますまい、このおぞましい皮が美しいものを包んで隠していようとは」

 このようにして変装した王女が、朝のさわやかな時に、仙女の住処を離れたか離れないかの頃、幸せな婚礼の支度を整えていた父王は、不吉な運命に気付いて驚き、家という家、道という道、抜け道までも皆に探させましたが、王女がどうなったのか、どこへ行ったのかは、誰にも分かりませんでした。国中の人々が気落ちし、悲しみに沈みました。

 

 一方、王女は歩き続けていました。汚らしい垢だらけの顔で。出会う人ごとに手を差し出して職を求めましたが、どんな人も、これほど不恰好で汚れきった女を見ては、話を聞いたり、自分のところに引き取ってやる気にはなりません。

 そこで王女は遠く、ずうっと遠くに行きました。ようやくある小作地へやってきたところ、そこの農家のおかみさんが雑巾を絞ったり豚の飼桶を掃除したりするための下女を探していました。王女には台所の片隅があてがわれましたが、無作法でろくでなしの下男たちは手荒く引きずりまわし、文句をつけたり冷やかしたり、駄洒落の的にしては王女を悩ませるのでした。

 日曜日には、王女も少しは休めました。朝のうちにちょっとした仕事を済ませると、部屋に入って戸を閉め切り、垢を落としてから例の箱を開け、念入りにお化粧用の布を広げては、その上に小さなビンを並べるのでした。すっかり満足した気持ちで大きな鏡の前に立ち、ある時は月の色のドレスを、ある時は太陽の炎が燃えるドレスを、またある時は空の青さもかなわぬ美しい青のドレスを着るのでしたが、悩みといったら唯一つ、引きずるほど長い裾を狭すぎる床の上に広げられないことです。

 王女は美しい自分の姿に見とれ、この楽しみは次の日曜までの一週間、辛い労働に王女を耐えさせる原動力になってくれるのでした。

 

 さて、この小作地にはしばしば狩の帰りに王子が立ち寄り、貴族たちと一緒に休息したり、氷水を飲んだりしていました。王子は紅顔の美少年ではありませんでしたけれども、王者にふさわしい風格、戦士の容貌を備え、勇猛さはどんなに恐ろしい軍隊をも震え上がらせるほどでした。

 "ロバの皮"は、ごく遠くから愛を込めて王子を眺めていました。

「なんという堂々たるご様子、なんという魅力あるお方。あのお方と愛を約束された美しい人はなんて幸せなのかしら。どんなつまらないドレスでも、あの方が下さったものなら、今持っているどれを着るよりもずっと映えて見えるでしょうに」

 

 そんなある日のこと、王子がたまたま裏庭から裏庭を歩いているうち、"ロバの皮"のつましい住処のある薄暗い小道を通りました。王子が何気なく鍵穴に目を当てて覗いてみますと、この日はちょうど祝日でしたから、豪華な太陽のドレスを着た王女の姿が見えました。王子は思う存分その姿を見つめ、見つめるうちに危うく息も止まるほどのぼせ上がり、喜びでいっぱいになりました。着ている服にもまして、王女の顔の美しさ、生き生きした肌の白さ、美しい体のシルエット、みずみずしい若さが王子を遥かに感動させました。そのうえ、漂う気品、大人しく慎ましげな様子は心の美しさの確かな印に思え、王子の魂をとりこにしたのです。

 燃え上がる恋の炎に衝き動かされ、三度ほど王子は扉を破って押し入ろうとしましたが、女神を見たように思い、三度とも腕が釘付けになりました。

 王子は宮殿に戻ると閉じこもって物思いに沈み、昼となく夜となく恋の溜息をつきました。ちょうど謝肉祭の最中でしたが、舞踏会へは行こうともしません。狩も嫌い、芝居も厭わしく、食欲もなくなり、何もかもが胸を悪くさせるばかり。その病の根は悲しく手の施しようのない悩ましさなのです。

 王子は尋ねました。あの妖精ニンフのように素敵な娘は誰なのか、真昼でも何も見えないほど恐ろしげに暗い小径の奥の、飼育場近くに住んでいるのは誰なのか、と。

「あれは"ロバの皮"です。妖精ニンフなどではなく」

「頭から被っている皮のせいで、"ロバの皮"と呼ばれております。恋の病を治すには最適ですね。狼を別とすれば、この世で最も醜い動物ですから」

 そう言われても、王子には信じることが出来ません。あの日見た美しい面影は、しっかりと脳裏に焼きついて、決して消えることはないのですから。

 一人息子の憔悴振りに、母の王妃は嘆き絶望していました。悩みを打ち明けなさいと迫りますが、王子は何も言いません。唯一つ口にする望みは、"ロバの皮"に手作りのケーキを作らせて欲しい、それを食べたい、ということだけ。けれども母には息子の言うことが理解できません。"ロバの皮"? それは一体何者なのでしょうか。どうして、そんな者に料理を?

「滅相もありません、王妃様」と、人々は言いました。「あの"ロバの皮"ときたら真っ黒モグラ、一番汚い皿洗いの小僧よりもっと卑しく不潔なのです」

「構いません。王子を満足させなければ。今考えなければならないのはそのことだけです」

 王妃は言いました。もしも王子が食べたがったら、金でも口に入れてやったことでしょう。それほど母は息子を愛していたのです。

 

 そういうわけで"ロバの皮"は、きめ細かなパンだねを作るため、特別にふるいにかけさせた粉と塩とバターと新鮮な卵を手に入れると、上手にパンケーキを焼くために一人で部屋にこもりました。まず手と腕と顔の垢と汚れを落とし、立派な仕事をするに相応しく銀のエプロンをつけると急いで紐を結び、すぐに取り掛かります。

 この時、王女が少しばかり慌てたため、高価な指輪の一つが指から滑ってパンだねに落ち、そのまま焼かれてしまいました。――もっとも、ある人々によれば、王女はわざと指輪をパンだねに入れたのだといいます。王子が鍵穴から覗いたときにも、王女はちゃんとそれに気付いていたのだと。

 これほど上手に粉がこねられたことはなく、長い間食事を摂らずにいて飢えてもいましたから、王子はがつがつと食べて、もう少しで指輪を飲み込んでしまうところでした。

 素晴らしいエメラルドと小さな金の輪を見たとき、王子の心は信じられぬほどの喜びに衝き動かされました。王子はすぐに指輪を枕の下に置きましたが、症状はますます重くなるばかり。経験豊かな医師たちは全員一致で診断しました。――王子は、恋の病にかかっておられる。

 王と王妃は息子を結婚させることにしました。この病にはそれが特効薬でしたから。王子は最初は渋っていましたが、とうとう承知して言いました。

「そうしましょう、この指輪が合う人との結婚を許してくれるなら」

 この奇妙な望みを聞いて王と王妃は困惑しましたが、息子の病が重かったので反対はしませんでした。

 花嫁探しが始まり、血統にはお構いなく、指輪に合う者が花嫁になれることが決められました。王子の花嫁になるにはほっそりした指でなければならないとの噂が広まり、ある娘は蕪のように指をかきむしり、別の娘は指の先を切り落とし、またある娘は指を締め付け、他の娘は指を何かの液に浸けて皮をむいてしまいました。指輪のテストは若い王女たちから始まり、次に貴族の娘たち、平民の娘たちと進んでいきましたが、中には非常に姿かたちの良い娘がいて、そのほっそりした指がぴったり合うように思えたのに、いつも大きすぎるか小さすぎるかして、誰一人合う者がいないのです。とうとう召使や料理女、七面鳥番の女たちと、下働きの女たちにまでお鉢が回ってきましたが、やはり、誰も合う者はいませんでした。

 ついには、もう終わりかと思われました。何故なら、残っていたのは台所の奥のみじめな"ロバの皮"だけだったからです。皆は口々に「あれが王妃の位につく天命などありはしない」と言いました。「何故いけない? ここへ連れて来るように」と王子が言うと、皆は「あの醜い女をここに来させるのですって!」と笑いました。

 それでも、とうとう"ロバの皮"が連れて来られました。彼女が黒い皮の下から象牙のように白くほんのり赤味のさした手を出すと、運命の指輪はぴったりとその小さな指にはまりました。宮殿中が、とてつもない驚きに呑まれました。この出来事に興奮した人々はすぐに彼女を王のもとへ連れて行こうとしましたが、"ロバの皮"は「王にお目通りする前に別の服に着替える時間をください」と頼みました。これを聞くと、また皆は笑いそうになりました。

 ところが、宮殿に"ロバの皮"が到着して、華麗な服に身を包み、広間を通っていくと、その美しさはかつて類のないほどでした。愛らしい金髪にはダイヤがちりばめられて光の矢を放ち、青い切れ長の瞳は誇り高い威厳をたたえて見る者を惹きつけずにはおれず、そのほっそりと華奢な腰は両手で抱きしめられるほどです。こうした魅力と神々しいほどの優美さを前にして、宮廷の貴婦人たちもその身の飾りも全て色褪せてしまいました。

 王も王妃も、息子の嫁がこれほどの魅力の持ち主であるのを見て我を忘れて夢中になり、王子はといえば、数知れぬ喜びに心がいっぱいで、歓喜の重みに押しつぶされそうでした。

 婚礼のために人々がそれぞれ手を打ちました。王は近隣諸国の王たちを全て招き、王たちは華やかに飾り立ててやってきました。東の国の王は大きな象に乗って現れ、ムーア人の王は色黒で醜かったので子供たちを怖がらせました。けれども、花嫁の父ほどに華々しい登場をした王はいません。かつては娘に恋焦がれたこの父も、時と共に、その恋の炎を清めておりました。罪深い欲望を追い払い、わずかに心に残った炎は、父親としての愛情をかえって強めるのでした。父王は、娘を見るなり

「神に讃えあれ、再びお前に引き合わせてくれるとは、いとしい娘よ」と言って駆け寄り、喜びに涙しながら優しくキスしました。誰もが父王の幸福に好感を持ち、王子はこんなに力強い王の婿になれると知って喜びました。

 この時名付け親が到着し、一部始終を物語り、"ロバの皮"の栄光はこの上もなく高まったのでした。




 よくお分かりでしょう。この物語は子供たちに伝えてくれるはずです。

 世の道義に背くくらいなら苦しみに身を投じるほうがマシであること。徳ある者は不運にも遭うが、必ず栄光に飾られることを。

 

 狂おしい恋の情熱の前には強靭な理性も脆い堤防でしかなく、恋する男はどんなに高価な宝でも惜しげもなく使うこと。

 美しい衣装さえあれば、うら若い娘はパンと水だけで充分暮らしていけること。

 この世の女性なら誰しも自分の美しさにうぬぼれがちで、金のリンゴを三女神から勝ち取れるとすら思い込んでいることを。

 

 この物語はいかにも空想的ですが、この世に子供たちがいる限り、母親や祖母がいる限り、きっと忘れられずに伝えられていくことでしょう。

 



参考文献
『完訳ペロー童話集』 シャルル・ペロー著、新倉朗子訳 岩波文庫 1982.

※例によって最後にズレた教訓がついている。

 珍しいことに、近親婚を強要した父王と和解する結末。

 グリムの「千匹皮」と比べてみるとはっきりするが、この話は「花世の姫」など、日本の「姥皮」系の話によりいっそう似ている。日本の姥皮系の話では、、他が寝静まっているとき、娘が風呂に入っていたり、明かりをつけた部屋で皮を脱いでいるところを若様が覗いて恋に落ちるが、「ロバの皮」では"昼でも真っ暗な小径の奥の小屋"を王子が覗く。通りがかった小屋の鍵穴を覗く王子ってどうよ、という気がするが、これは恐らく、暗黒の冥界の奥を覗いてこの世ならぬ美女(女神)を覗き見る、というイメージなのであって、だからこそ王子や若様はどうしてもその部屋に踏み込むことが出来ず、ただ恋煩いでやつれていくのだろう。こっそり汚れを落として大地から出した衣装を着ていたところを高貴な男が見て恋に落ちる話は、アフリカのズールー族の伝承にもあるようだ。

 他の[千匹皮]系の類話では、料理の中に入れられるアイテムは単なる自己主張の道具に過ぎないが、この話ではガラスの靴のような「真の持ち主だけピッタリと身に着けられる」魔法のアイテムにもなっている。このモチーフは、後で紹介する「毛皮娘」のように、死んだ妃の指輪が合ったために娘と再婚しようとする、という形に変形していることが多い。 



熊娘『ペンタメローネ』 著:バジーレ イタリア

 昔、ロッカスプラに美の権化のごとき奥方を持つ王がいた。この奥方は病気で若くして命を失ったが、その寿命のロウソクが燃え尽きる前に夫を枕元に呼ぶと、息も絶え絶えにこう言った。

「あなたが私を何者にも増して愛してくださったことはよく存じております。この命も残り少なくなりました今、あなたの愛の証に約束してくださいまし。わたくしと同じほどに美しい女でなくては、決してめとるまい、と。それがお嫌なら、あなたを力の限り呪って、あの世へ去ってもお憎みいたしますわ」

 王は奥方をこの上なく愛していたので、この願い事を聞くとわっと泣き出してしまい、しばらくは言葉もなかった。

「このわしが再婚だと! それくらいなら槍で串刺しにでも、八つ裂きにでもしてもらおう。そんなことは考えないでくれ。他の女に愛を感じるなど思いもよらぬ。そなたこそ、私が初めて愛をささげた人。この愛欲の残り全部、さあ、そなたにあげてしまおう」

 これを聞き届けると、ぜいぜいと喉を鳴らしていた奥方は、白目をむいて事切れてしまった。これを見た王は身も世もなく悶え泣き喚いたが、世の常のことながら、夜になると、もう次に娶る奥方のことを考え始めていた。

「妃がみまかって、わしは寂しいやもめ暮らしの身。忘れ形見の可愛い娘だけで跡継ぎとておらぬ。だから、息子が必要じゃ。しかしながら、亡き妃に比べれば、他の女どもはまるで化け物同然だというのに、一体どうやって妃と同等の美女を手に入れたものだろうか。いや、待て、最初から諦めていてはならぬ。この世界に女は先の妃だけではないのだから」

 王は布告を出した。「全世界の美女たちよ、来たりて美を競え。王は最高の美女を妃とし、王国を与えるだろう」

 これを知って王国中の女が集まってきた。というのも、女はうぬぼれるもの、誰もが自分こそが最も美しいと信じて疑わないからだ。王は女たちを横一列に並べて、その前を行ったりきたりしながら、じろじろと値踏みした。けれども、どこかしら欠点が目に付いて、一人も気に入る女がいなかった。

 女たちを全て帰してしまい、それでも再婚したいと考えたとき、はたと王の頭に浮かんだのは、自分の娘プレツィオーサのことだった。娘は亡き妃に生き写し。そんな女が身近にいるのに、何故世界の果てまで女を探すという苦労をせねばならないだろう。

 王がそれを娘に告げると、プレツィオーサは猛烈な非難の言葉を父に浴びせた。父王は烈火のごとく怒って、

「黙れ、今夜、婚礼じゃ。覚悟しろ。聞かぬと斬り捨てて細切れにしてくれるぞ!」と、怒鳴りつけた。

 プレツィオーサが部屋にこもって嘆いていると、いつも化粧品を売りに来る老婆がやって来て驚いてわけを尋ね、慰めて言った。

「勇気を出して、よくお聞きなさい、今夜、父上が種馬のように振舞おうとしたら、この小さな棒を口に含みなさい。するとその場で熊に変身します。そうしたら、父上が震えている間に逃げるのです。まっすぐ森へおいでなさい、運が開けますからね。人間の女の姿に戻りたいときは、口から棒を出すのです」

 プレツィオーサは老婆に心底感謝して、粉とハム二つとラードを沢山、エプロンに入れて帰してやった。

 日が暮れると、王は楽師たちを呼びつけて大晩餐会を開き、五、六時間もぶっ通しで踊って、客たちにもたらふく食べさせてから、いよいよベッドに花嫁を連れてこさせた。すると、プレツィオーサは王に近づくや否や、あの棒切れを口に含んだもので、たちまち恐ろしげな熊に変わって王に迫り脅した。王はこの魔法に震え上がって、布団にもぐりこんだまま朝になっても隠れたきりだった。

 その間にプレツィオーサは王宮を抜け出して、森の中に逃げ込んだ。そこで森の動物たちと楽しく暮らしていたが、ある日、アカコッレンテの王子が狩にやって来て、この牝熊と出くわした。

 王子は熊を見て死ぬほど怯えたのだが、見ていると、自分の周りを歩き回るばかりで決して襲ってきたりしない。それどころか子犬のように尻尾を振ったり寝転んだり甘えてみせるので、とても気に入って、「よしよし、可愛いワンワンだね、熊ちゃんや、いい子のコロちゃんや」などとあやして、家に連れ帰ってしまった。そして、自分に対するのと同じようにこの熊にもしてやってくれと皆に命じて、いつでも様子が眺められるように王宮の庭園に放し飼いにした。

 そんなある日のこと。他の者が出払って王子一人だったとき、熊を眺めようと窓辺から見下ろすと、熊がいない。代わりに、金髪をくしけずっているプレツィオーサが目に留まった。その信じられないような美しさに王子は仰天して、階下に駆け下りて庭にまろび出た。しかしプレツィオーサは身の危険を感じて素早く棒を口に含み直していたので、そこには熊しかいなかった。王子は庭中探し回ったが、見たはずのものが見つからないので、失意のどん底に落ち込んでしまい、鬱々として、四日後には本物の病人になってしまった。そして「ああ、僕の熊、熊ちゃん」と呟いてばかりいるので、母君は息子がこうなったのはあの熊のせいだと思い、熊を殺すように命じた。しかし、皆この大人しい熊を可愛がっていたので、召使たちは熊を森に連れて行って放してやり、母君には「殺しました」と報告しておいた。

 このことが王子の耳に入ると、病人なのにベッドから飛び出し、「召使どもめ、滅多切りにしてくれるぞ!」と怒り狂った。真相を聞かされると、今度は半死半生の体で馬にまたがり、森へ行って、探しに探してやっと熊を見つけた。王子は熊を王宮に連れ戻すと、自分の部屋に入れて熱っぽく懇願した。

「おお、王侯にこそ相応しいお前、何故獣の皮に身を隠すのか。どういうわけで僕を焦らすのだ。お前の美しさに恋焦がれて、死にそうなのが、ほら、分かるだろう。だから、この可愛い毛皮のカーテンを開けて、お前の愛らしい体を見せておくれ。お前の優美な姿を披露してくれたら、僕の愛を謝礼として支払おう。僕の心の病気の特効薬は、お前の心だけなんだ」

 このように繰り返し頼んでも、なしのつぶてだった。王子はベッドに倒れこんでひどい発作を起こしたので、医師団もさじを投げかけた。息子だけがこの世の喜びという母君は、ベッドのふちに腰かけて、王子に話しかけた。

「一体何を悲しんでいるの、何故そんなに憂鬱なの。あなたは若くて皆に愛されていて、高貴な身で財産もあるのに。何が不足なのですか。内気な人は損をするだけですよ。結婚したいのなら、花嫁を選びなさい。贈り物をそろえてあげますから。あなたが決めさえすればいいのですよ。

 あなたが悲しめば私も悲しく、あなたの動悸で私の心臓が衰えます。年老いた私の支えとなるのはあなただけですもの。どうか、私のためにも元気になっておくれ。この国を不幸に落とし入れ、この家を滅ぼし、あなたの母親を捨てて去っていくようなことはしないでおくれ」

 王子は母君の優しい言葉に答えて言った。

「僕はあの熊だけが慰めなんです。だから、元気になってほしかったら、あの子をこの部屋に連れてきて、あの子だけに看病してもらって、ベッドメイクも料理もしてほしい。そうしたら嬉しくてすぐ治ってしまいますよ」

 母君は、熊が料理したり小間使いみたいにするなんて馬鹿馬鹿しい、息子は頭が変なんだわ、と思ったものの、それで慰められるなら、と熊を連れてこさせた。すると、熊はベッドのところまで歩いていって、前足を上げ、まるで看護師みたいに脈をとったものだから、母君は熊が今にも我が子の鼻を掻き取ってしまうんじゃないかと肝を潰した。けれども、王子が「僕のチャッピーナ、何か作って食べさせて、看病してくれるかい」と訊くと、熊は、分かりました、という印にこっくりしている。

 そこで母君は鶏を二羽ばかり持ってこさせ、病室で小さなコンロに火をつけて鍋もかけさせた。熊は鶏をつかんで煮えたぎる鍋に放り込み、羽をむしり、臓物を出して、串焼きと細切れの料理とを作った。今まで砂糖水さえ飲み込めなかった王子はそれらの料理をぺろりと平らげてしまい、熊は食後には優雅な身のこなしで飲み物さえ出したので、母君は熊の額にキスしてやりたいほどだった。

 この後、王子が起き上がってトイレに行っている間に、熊はベッドをきちんと整えてから、庭に走り出て、バラとレモンの花を摘んできてベッドに撒き散らしたので、母君は、この熊は本物だ、我が子がこんなに愛するわけも分かった、と納得したのだった。

 王子の方はといえば、熊のしとやかな立ち居振る舞いを目で追うほどに、ますます恋の炎が燃え上がり、どっと急激に消耗して、「ああ、母上、チャッピーナにキスさせて。でないと死にそうだ」と、息も絶え絶えに言った。母君は我が子が気を失いそうなのを見て、「優しい熊さん、この子に早くキスしてやってください。可哀想に、どうか死なせないで」と頼んだ。

 熊が王子の側に行くと、王子は熊の頬を両手で抱え込んで、何度も何度もキスをした。そうしているうち、あの棒切れがプレツィオーサの口から転げ落ちた、と見るや、王子は美しい人間の女を腕に抱いていた。王子は女を鉄のようにがっしりと抱きしめて、「さあ、つかまえたぞ。もう逃げ出すわけにはいかないだろう」と叫んだ。プレツィオーサは頬を染めて言った。

「とうとうつかまってしまいましたわ。ですから、わたくしを大事にしてくださいまし。そしてお好きなようにお料理して召し上がれ」

 母君が色々と尋ねたので、プレツィオーサは身の上を語った。母君はプレツィオーサの貞淑振りを褒め称えて、王子に、喜んでこの結婚に賛成する、と言って祝福した。王子も願ってもないことと固く愛を誓い、そうして、婚礼を祝う輝くばかりの大祝宴が催された。

 このように、プレツィオーサはその身の行動をもって、

善いことをすれば幸せになれる

ということを証明したのだった。



参考文献
『ペンタメローネ[五日物語]』 バジーレ著、杉山洋子・三宅忠明訳 大修館書店

※熊が脈をはかって料理してベッドに花を撒き散らすのを見て母君が驚き感心するシーンが妙に好きなのだった。

 他の類話だと、醜く姿を変えて化け物呼ばわりはされていても、あくまで人間として下働きに雇われており、むしろ蔑まれているのだが、この話だと、本物の熊に姿を変えていて、けれども城中の者に愛されている。なんだか面白い。
 熊を愛する王子の姿には、熊を祖霊とする信仰が仄見える感じもする。

参考--> [りんご娘]「オレンジ生まれの娘



毛皮娘トルコ

 子供のない太守パディシャが、奥方と散歩に出て魔神デルウィシに出会った。子供のことを相談すると、一個のリンゴをくれて、これを奥方と半分ずつ食べれば近く娘が生まれるだろうが、その娘は毛皮娘と名付けなければならない、と言って去った。

 間もなく娘が生まれたが、奥方は死んだ。そして「私の腕輪がピッタリと合う娘としか再婚しないでください」と言い残す。

 娘が十七歳になったとき、パディシャは再婚を決意し、国中を探したが腕輪の合う女は見つからない。最後に試しに自分の娘にはめさせると、ピッタリと合った。パディシャは娘と結婚することにする。

 娘は実の父のように自分を愛してくれている、父の従者の羊飼いに頼み、羊の皮を手に入れると、それを被って逃げ出した。苦難の旅の末、ある都に着き、羊の群れに混じってそこのパディシャの城の門まで行った。人々が羊を小舎に入れようとすると、中の一匹が入りたくない、と言った。珍しいとてパディシャの前に連れ出され、毛皮娘と名乗って、城の一室を与えられた。

 パディシャには一人息子があり、あらゆる町の娘を祝宴に招待し、気に入った娘に金のまりを投げつけて結婚する手筈になっていた。祝宴の日、侍女達が毛皮娘も誘うが、断わる。しかし全員が城から出かけた後で、羊の皮を脱いで黄色い服に着替え、祝宴の行なわれている庭に行った。彼女は庭の隅にいたが、王子は見染めて彼女めがけて金のまりを投げた。娘は逃げて毛皮娘に戻った。

 帰った侍女達が毛皮娘に美しい娘の話をすると、毛皮娘は自分もこんな毛皮を着てなければ行っただろう、と言う。次に緑の服、白い服で同じことが起こった。

 王子は娘を探すために旅に出ることにした。毛皮娘はパイを作り、中に金のまりを入れて王子に渡した。王子は笑うが、鞍のポケットに押し込んで出発した。幾つもの国を越えたが、あの娘は見つからなかった。やがて盗賊団に襲われ、王子は荷物も仲間も失うが、残ったパイを食べて、中に金のまりが入っていたことに気付いた。愛しい人は最も身近にいたのだ。

 王子は数々の冒険の末に帰国し、みんなで毛皮娘の毛皮を切り裂いて引き出した。そして、二人の婚礼の祝いを行なった。



参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.

※まわりくどいアピールをする女である、毛皮娘。おかげで王子はしなくていい苦労をし、その仲間は命を落とした。

参考 --> 【桃太郎



姥皮(水乞い・蛙報恩型)日本 青森

 昔、あるところに娘を三人持った長者があった。ある朝、長者が田の水の様子を見に行くと、千刈田に少しも水がかかっていなかった。田の稲はもう枯草のようになっている。なんともかとも困り果てた長者は、

「この田さ水かけてくれた者に、三人の娘のうち どれでも一人、嫁御にやってもええな」と、独り言を言った。

 次の朝また行ってみたところが、水口から長者の田にどんどん水が入っている。

「水をかけてくれた者に、娘一人やらねばなんねえな」と思って、下のほうに行ってみると、下の田の真ん中の稲を分けて、沼の主の大蛇がのろのろ這っていた。

「ややっ、これだな。水をかけてくれたのは」

 そう思って長者はすっかり青くなってしまった。家に戻って、一人部屋にこもって、ものも言わずに考えこんでいると、一番姉娘が昼飯を持ってきた。

「おさま、お父さま、ままあがれ」

「食いたくねえやな」

「どうしてがえ」

「千刈田さ水かけてけた沼の主のとこに嫁に行ってけだら、飯、食べべや」

 すると一番姉娘は、

「どこでも嫁に行きますども、主のとこだけは、ごめんくだされや」と言って、逃げてしまった。

 次に、二番娘が「お父さま、お父さま、飯あがれ」とやって来たが、「千刈田さ水かけてけた沼の主のとこに嫁に行ってけろ」と言われると、姉娘と同じことを言って逃げてしまった。二人とも言うことをきいてくれなかったので、長者はまた気落ちして、くびくびとなっておると、三番娘がお膳を持ってきた。これにもまた頼むと、三番娘は

「お父さまの言うことなら、なんでもききます。おら、主のところに嫁に行くすけ、どうか、飯あがれ」と言った。長者は喜んで食べて、

「欲しいものさあったら、なんでも買ってやる」と言うと、

「何もいらねえども、針千本と千成ふくべ(ひょうたん)と真綿千枚、買ってくだせえ」と願った。

 いよいよ嫁入りの日になって、三番娘はそれを持って、主のいる沼に行った。そして千成ふくべの口に真綿を詰め、それに針を刺して、一度に沼に投げ入れて、

「ふくべをみんな沈めた者の嫁になる」と言った。さあ、沼の主が出てきて、ふくべを沈めようとぐるぐる泳ぎまわっていたが、なかなか沈まない。そのうち針が刺さって、沼が血で真っ赤になったと思ったら、大蛇は横になって死んでしまった。

 さて、娘は「このまま家に帰れば、お父さまはおらばかし愛しがるべ。したらば、姉さまたちに悪いし」と思って、家には帰らず、上り三里、下り三里の峠を越えて行くと、山の中から、のんののんのと地響きがした。もしや主が生き返ったか、主にとって食われるかとびくびくしながら行くと、向こうから見たことのないおんば(老婆)がやって来た。おんばは、

「姉さま、姉さま、わしゃ、この山のひきのぎゃろ(ヒキガエル)でごぜえますだ。あの主のために、わしら日の目を見たことがありませなんだ。わしらの孫子どもはなんぼか食われたかしれません。おかげで、これから日にも風にもあたって、ほんにようごぜえます」と礼を言い、

「お前さまのような綺麗な姉さまには一人旅は危ねえすけ、これをさしあげます。これは”おんばの皮”というて、これをかぶれば婆になりますけ、この皮をかぶっておいでやれ」と言って、おんばの皮をくれた。

 娘は蟇のぎゃろのおんばと別れると、おんばの皮をかぶって、ある村にやって来た。そこでその村の長者の家に奉公することになり、朝から晩までよく働いた。

 さて、ある晩のこと、その家の若様が、みんなが休んだ後で一つだけ明かりのついている部屋に気がついた。行ってみると、おんばの部屋に見たことのない十七、八の綺麗な姉さまが本を読んでいた。不思議なこともあるもんだとずっと思っているうちに、まず言えば、恋の病にかかってしまった。いくら医者にかけても少しも治らない。すると、ある医者が、

「この家にいる女みんなに、一人一人お膳を持たせてやり、若さまが飯を食った女を嫁御にすればすぐ治る」と言った。

 そこで長者の家では召使の女にみな、お膳を持たせて出した。けれども、若さまは誰の膳も食べなかった。残るは年寄りのおんば一人だけになった。おんばでもおなごには変わりなし、ということで、おんばにも膳を持たすことになったが、あんまり汚いので風呂に入れて、綺麗な着物に着替えさせた。そうしたところが、おんばはなんとも美しい姉さまになったので、みな、たまげてしまった。そこでお膳を持たせたら、若さまはすぐ起き出して、飯を食べてしまった。こうして娘は長者の家の嫁御になって、安楽に暮らしたということだ。

 尊払いどっとはらい



参考文献
『いまは昔むかしは今(全五巻)』 網野善彦ほか著 福音館書店

※シンデレラを「継子譚」と規定するなら、この話はそれから外れてしまう。しかし「貧しく身をやつした少女が美しく変身して玉の輿に乗る」点を重視すれば、紛れもなくこれもシンデレラ譚である。

 ただ、異伝の中には継子譚から始まるものもちゃんとある。継母に家を出された姫は乳母に婆つ皮をもらう。それを着てある家の水仕女として奉公するが、ある晩、風呂に入っていたところをその家の若旦那に見られる。若旦那は恋煩いで病気になり、家中の女がかわるがわる彼の枕元に行く。最後に婆が行くが、正体を見破られて美しい本性をあらわし、妻になる。(これは新潟の話)

 室町時代の絵本、いわゆる『御伽草子』に見える「姥皮」は、やはり継子譚から始まっている。後半は嫁比べモチーフこそ欠落しているものの「花世の姫」や「鉢かづき姫」により近い。(ただし、それらにある父親との再会の条がない。)

姥皮

 応永の頃のことであるが、尾張の国岩倉の里に、成瀬左衛門清宗なるせのさえもんのきよむねと申す人がいたが、長年連れ添った妻は亡くなり、忘れ形見の姫君が一人あった。

 その後、そうあるべきことであれば、姫君が十一の年、清宗はまた妻を設けた。

 まもなく清宗は都へ仕事で上ることになったが、北の方に向かって言うことには、
「まだ姫は幼いのだから、とにもかくにも良く気遣って育てておくれ」
と細々と指示して、都へ上っていった。

 その後、継母がこの姫を憎むことに限りはなかった。姫君が心に思うことと言えば「父御前がここにいたら、こうはならないのに」ということばかりで、明ければ父恋し、暮れれば亡き母恋しと、涙の乾く暇もなかったのである。

 このように嘆いていればますます憎み、食事さえも与えなかったので、十二になった春の頃、姫君は岩倉の里を夜の闇に紛れて忍び出て、行く先はないけれども足に任せてさ迷っているうちに、甚目寺の観音堂に辿り着いた。姫君は

「これこそ、母上が常々参っておられた御仏だわ。朝晩足を運んでおられたのは、私の将来について祈っていたのだと聞いているわ。どうせもはや悪意を受けている身。母上のおられるところにすぐに行ってしまおう」
と思って、内陣の縁の下に人目を忍んで潜り込んだ。

「本当にね、大慈大悲に御誓願すれば、現世安穏、後生善処して護ってくださると聞いているわ。私は、この世の望みは今更ないわ。後生(死後、来世)を助けたまえ」
と、常々母上が教えておいてくれた観音経を、少しも休まずに読んだ。

 三晩こもった夜明け、戸口に金色の光を放って、もったいなくも観世音菩薩が姫の枕元に立った。

「汝の母は、いつもここに足を運んでは姫の行く末を案じて祈っていたのに、このように迷うとは哀れなことよ。汝の姿は世に類ないほど美しいのだから、どこかで人に襲われるだろう。これを着なさい」
と言って、木の皮のようなものをくれた。

「これは、姥皮というものだ。これを着て、我が教える場所へ行きなさい。近江の国、佐々木民部隆清ささきのみんぶたかきよの門前に立ちなさい」
と教えて、かき消すようにいなくなった。

 さて姫君は、「それにしても有難いお告げだわ」と伏し拝んで、夜が明けると姥皮を着て縁の下から出た。この様子を見た人は、「この婆さんは不気味な姿だな」と嘲笑った。

 

 こうして姫君は、教えに従って近江の国へ上った。不気味な姥の姿なので、野に寝ようが山に寝ようが、目を止める人もいなかった。

 どうにか、さ迷ううちに佐々木民部隆清ささきのみんぶたかきよの家に着いて、門の側で休んで経文を唱えていた。

 隆清の子に、佐々木十郎隆義ささきのじゅうろうたかよしといって、年は十九になる者がいたが、その時、門の辺りに佇んでいて、侍を呼んで言った。

「さても不思議なことがあるものよ。あの姥が経を読んでいるが、姿に似ずに声の美しさは迦陵頻(歌声が美しいとされる天上の半人半女)のようだ。中に呼び入れて、釜の火焚きをさせよ」

 侍は承知して、「どうした姥よ。この屋敷にこのまま留まって、釜の火を焚け」と言ったところ、姫君は中に入って釜の火を焚いた。

 

 そのうちに、頃は三月十日あまりになった。南面の花園には様々な花が植えてある。散る桜があれば咲く花もあり、水際の柳は萌黄の糸を垂れ、夜更け頃に山の端に沈む月も、花の美しさと競い合っていた。

 さて姫君は、夜更け、人が寝静まると花園に出て、月や花を眺めて、過去を恋しく思って、

月花の 色は昔に変はらねど 我が身一つぞ衰えにける

(月や花の色は変わらないのに、我が身だけは落ちぶれてしまいました)

とこのようにえいじて佇んでいた。

 一方、十郎隆義は詩歌・管弦の道にも明るく、優しい人であったので、沈む月を惜しんで花見の御所の御簾を高く巻き上げていたのだが、花園に怪しい人影があるのを見て太刀を押っ取り、忍び出てみると、火焚きの姥である。「これは怪しいやつだ。どうしたことか」と思い、そっと窺った。姫君は人が見ているとも知らないで、月の光に向かって、少し姥皮を脱いで、美しい顔だけを出して、またこのように

月一人 あはれとは見よ姥皮を いつの世にかは脱ぎて返さん

(月だけは哀れんで下さい、この『姥皮』に身をやつした私を。姥皮をいつの日にか脱いで返しましょう)

と詠むのを見ると、辺りも輝くほどの姫君である。「これはどうしたことだ」と思い、もとより大剛の人であったので、持っている太刀の鍔を押し上げて、するすると近寄って、

「お前をこの間の火焚きの姥だと見ていたところ、そうではなく、美しい女房だ。魔物であろう。逃がさんぞ」と怒鳴りつけた。

 姫君は騒ぐ様子もなく、「お待ちを。落ち着いて下さい。私は魔物ではありません。私の身の上をお話しいたします」とて、事の仔細をありのままに語った。隆義はじっと聞いて、ならば観音の御利生であるなと手を合わせ、感動の涙を流した。

 もとより、隆義は未だに奥方も娶っていなかったので、寝所の傍らは寂しく、独りで寝起きしていたのだが、姫君の手を引いて花見の御所に上がり、姥皮を脱がせて、火を灯して眺めると、全く上界の天人が天下りしたかと思えるもので、世に例えられるものがない。辺りも輝くばかりである。隆義が

「さては、噂に聞く成瀬左衛門清宗なるせのさえもんのきよむねの姫でありますか。突然に申すことではありますが、あなたも今は何かと苦しんでいるはず。今からは私と夫婦の契りを結んで下さい」と、行く末の事までも事細かに話せば、姫君は

「私ごとき落ちぶれ者にお言葉をかければ、ご両親のお咎めはどれほどのものでしょう。いつまでも屋敷に召し置いてくだされば、この姥の姿で釜の火を焚きます」と言う。隆義は

「このように出逢ってしまったのです。たとえ父母の不興を買う身になろうとも、野の末・山の奥までも、片時もあなたから離れまい」と、姫君の側に寄り伏して嘆いたところ、姫君も断りきれず、身を任せた。

 かくして、鴛鴦えんおうふすまの下で比翼の契りを結んだ。その夜も次第に明けていくと、後朝きぬぎぬの名残を惜しんで互いの涙は止まることがなかった。既にもう夜は明け、下働きの者たちが起き出す音がするので、再び姥衣を引き被り、釜の火を焚きに出ようとしたが、隆義は姫の袖を引き止めて、このように詠んだ。

観音の 御置きたりし姥皮を 末頼もしく我や脱がせん

(観音様が置いていった姥皮を、末頼もしい思いで私は脱がせた)

 姫君、返歌。

憂きことを 重ねて着たる姥皮を 君世になくば誰が脱がせん

(憂いごとを重ねて着ていた姥皮を、あなたがいなければ誰が脱がせることが出来たでしょうか)

 このように詠じて、火を焚きに出て行ったのは、哀れなことであった。

 

 そのうちに、隆義の父母は、かねてより定めていた通りに都の今出川の左大将殿の姫君を嫁に迎えようと、乳母めのとの宰相を使いにして手紙を送ってきて、都へ上るように伝えたところ、隆義はとやかくは言わないで、「父母の仰せに背くのは恐れ多いことですが、私はただ出家したいと思っております。このようなことはできません」と言う。

 父母はこれを聞いて、「これはどうしたことか。とは言うものの、若い身の習いとて、想いを寄せる方がいるのかもしれない。詳しく訊ねよ」と、乳母の宰相に言った。

 宰相は隆義を訪ねて、「ご両親にご心配をおかけするのも罪です。若い身の習いとて、お心を寄せる方があっても無理はありません。貴人の身の習いとて、賎しかろうと心の優れた者を召し上げて、奥方にもします。このようなことは世間にあることなのですから、父母様もさしてお恨みいたしません」と、丁寧に語ったところ、隆義は聞き入れて、「今は何を隠そう。誰もが驚くことだが、この屋敷にいる釜の火を焚く姥を召し上げたいのだ」と言った。

 宰相はこれを聞いて相当に呆れ果てて物も言わず、涙を流して走り帰り、父母にこのことを申したところ、「これは何としたことか。つまり我が子は気が狂ってしまったのか」とて、それぞれにうち伏して泣いたが、父、隆清はしばらくして「いやいやとにかく、火焚きの姥をこれからは嫁だと定めて、心を見よう」と言って、「然らば、明日は吉日なのだから、姥を召し上げて北の方に定めなさい」と使いを送ってきたので、隆義が狂喜することに限りはなかった。急いで網代の輿を調えて、祝いの儀式は様々だった。屋敷の人々は実に釈然としないことであったが、主命であるので、様々に準備を執り行った。

 

 とうとうその日になれば、隆義は例の姥を召し上げて、自分の住んでいる所へ入れて、人に見せずに、二人一緒に着替えや化粧をした。夜が明けると、かずき衣を深々と被って、輿に乗って、母屋へと移った。座敷まで輿で乗り付けて出てきたのを見れば、くだんの姥のようではない。これはどうしたことだと、見る人々も父母もポカンとした。

 舅の隆清が、側近くに来た嫁を見てみると、この世の人のようではない。天人か、菩薩が天下ったのか。これほどに美しい人は昔話にも聞いたことがない。年の頃は十三か十四ほどに見える。鮮やかなるかんばせ。姿を絵に描こうとしても筆が及ぶだろうか。言葉には、よもや出来ない。隆清夫婦は彼女を見て、驚き喜ぶことに限りがなかった。その日の引き出物として、隆清は代を息子に譲った。このことは天下に知れ渡った。

 帝がこれを聞いて、「さては観音のお引き合わせによって、隆義は妻を得たのだ。大変なことよ」とて、急いで隆義を召し上げて佐々木右兵衛督ささきうひょうえのかみの位を与え、近江の国と越前の国を相添えて与えた。

 その他にも所領を増やしていって、お目出度いことである。その後、子供も沢山もうけて末長く繁栄した。

 

 これは即ち、大慈大悲の御慈悲である。この物語を読む人は、南無大悲観世音菩薩と、三遍唱えるようにすべし。現世安穏、後生善処、疑いなし。

『室町時代物語大成 第二 あめーうり 』 山 重、松本 隆信編 角川書店 1974.

※原文では平仮名であったため、人名の漢字は当て字である。資料提供して下さった方に感謝。

 このように中世文学では継子譚として語られるものの、民間に民話として伝わる「姥皮」は、殆どの場合例話のように蛇婿入りと蛙報恩に結合している。

 なお、娘が”姥皮”を着てお城の下働きになり、皮を脱いでいるのを王子に見られて結婚する話は、チベットにもあるそうだ。



参考--> 【蛇婿】「七夕女」「天稚彦の草子」「森の中の蛙



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