誰かはいましたが、誰もいませんでした。神様のほかにはだぁれも。
ある商人が日の光のように綺麗な娘を持っていました。母親はもうなく、父にとって娘はただ一人の子供でした。ところが父はあまりに娘が可愛くて嫁に出す気がせず、友達の大金持ちだが醜い老人にやろうと考え、誰にも娘を会わせず、毎日店に出るときは家に鍵をかけていきました。
娘は何とかして父に考えを改めさせようとしましたが、駄目でした。それで、とうとうこう言いました。
「では、家ほどに大きくて、一度に四十本も蝋燭の立てられる金の燭台を作るお金をください。そうしたらお父様の言葉通り、お父様のお友達の妻になりましょう」
娘はお金を貰うと、中に部屋があって住めるような大きな職台を鍛冶師に作らせました。そして完成すると、井戸端に脱いだ靴をそろえて置き、自分は燭台の中に入って隠れてしまいました。仕事から帰った父は、どこにも娘の姿が見えず、井戸端に靴が脱ぎ捨ててあったので、てっきり娘は井戸に身を投げたのだと思って、後悔の涙を流しました。そして金の燭台を見るのも辛くなって、売りに出してしまいました。
その後、ある王子が通り掛かりに金の燭台を見つけて、すっかり気に入って買い求め、持って帰って自分の部屋に置きました。ところで、王子はいつも夕食を自分の部屋に運ばせて、半分食べては、残り半分を次の朝に食べる習慣でした。ところが、翌朝になると残しておいた食事が随分と減っています。こんなことが何日も続いて、王子は誰かがこの部屋に忍び込んで自分の食事を食べているらしいと気付きました。それで犯人をつきとめようと、ベッドに横になって寝たふりをして待ちうけていました。
真夜中になると、あの燭台が内側から開いて、一人の少女が出てくるのを王子は見ました。まるで日の光のように綺麗な少女で、王子の残した食事に近づくとそれを食べて、また燭台の中に戻りました。
王子はじっと自分を抑えて、寝たふりをしたままでいました。少女の美しさにすっかり心を奪われたのでしたが、しかしあまりの事態を怪しんでもいたのです。
次の夜も同じことが起こり、三日目、とうとう王子は飛び起きると、少女の手を掴んでつかまえ、「お前は人間の女か、それとも
「いいえ、私は人間の女の子です」と言って、彼女はこれまでのことを語りました。
こうして二人は仲良くなり、娘は昼間は燭台の中に隠れ、夜になると出てきて王子と楽しく過すのでした。
ところがある夜、王の奴隷女の一人が、王子の部屋で話し声がするのに気付いて、こっそり覗いて秘密を知りました。たちまち噂は耳から耳へと広まって、ついには王子のフィアンセにまで届きました。彼女は王子の叔父の娘です。姫はその少女がどこから来るのかを探らせて、燭台から出てくるのをつきとめました。
ある日、王子が狩りに出かけた留守の間に、姫は王子の母に使いをやって頼みました。
「今日は私のところに客があるので、どうぞ金の燭台を貸してください」と。
燭台には指一本触れてはならぬと王子から厳しく言われていたので、母君は最初それを断りましたが、姫の切なる頼みに負けて、ついに燭台を貸してしまいました。
姫は燭台を借りると、四十本の蝋燭全てに火を灯して、台に立てました。すると燭台の中はどんどん熱くなり、娘はついに耐えきれなくなって、全身火ぶくれになって外に飛び出し、別室にあった水桶に飛びこんだきり、ぐったりと動かなくなりました。それでみなは娘が死んだものと思い、粗末なフェルトにくるんで、奴隷の手で街の外濠へ捨てさせました。
けれど、娘はまだ死んではいませんでした。ひどい火傷を負ってはいましたが。通りがかった貧しい老人が娘のうめき声を聞き、助け出して自分の家へ連れて行きました。老人には子供がなかったので、この少女を心をこめて看病し、おかげで、やがて娘は回復し、火傷の跡も残らずにすみました。
さて、王子は帰ってみると燭台の中から娘が消えているのに気付き、散々探しても見つからず、悲しみのあまり病気になってしまいました。四十日もの間 薬も食べ物も口にせず、あらゆる名医が呼ばれましたが無駄に終わりました。そして、ある賢い家臣が言いました。
「王子様の病気を治すには、好きな人の顔を見せるより手だてはありません」
王はその意見に従って、こんな布告を出しました。
「金持ちも貧乏人も、身分の高い者も低い者も、みな一品ずつ料理を作って王子の許へ持参せよ。誰かのものが王子の口に合えば、きっと回復するだろうから」
町中の者が、それぞれ思い思いの料理を作って、王子の許へ持っていきました。
さて、この布告は勿論、あの貧しい老人の耳にも入りました。老人の話を聞くと、娘は市場で大麦の引きわりを少し買ってきて、と頼みました。老人がその通りにすると、粉をふるって練り固め、細かく切って
みすぼらしい老人が粗末な料理を持って来たのを見ると、みなは嘲笑いました。王子も最初は受け取るのを断ろうとしましたが、貧しい人が苦労して用意してくれた食事だと思いなおして、一口食べてみたところが、素晴らしく美味しくて、すっかり食べてしまいました。――と。どんぶりの底に何かが光っています。見れば、いつか自分が娘にプレゼントした指輪ではないですか。王子は気が遠くなるほど喜んで、老人を呼び寄せて詳しい話を聞きました。老人は外濠に捨てられていた娘を助けたことから、これまでのいきさつを残らず話しました。
王子はすぐさま使いをやって娘を連れてこさせ、七つの町を飾り立てて結婚式をしました。貧しい老人には、地位やら晴れ着やら様々なものが贈られました。
話はこれでおしまい。雀は飛んで行ったきり。
参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.
※父が娘を嫁がせようとした友人は、父親自身の分身に過ぎない。近親相姦のモチーフを少しでも和らげようとしたのだろう。
参考--> 「娘とヴァンパイア」[りんご娘]
昔、たぐいまれなほど美しいお妃を持った王様がいた。二人の間には一人娘があり、日に日に美しく成長していた。王女が年頃になった頃、お妃が病の床に就かれた。お妃は自分がもう長くはないことを悟って、王様をベッドの前に呼び寄せ、自分より美しい女とでなければ再婚しないと誓わせた。程なくしてお妃は死んだ。
王様はまもなくやもめ暮らしに耐えられなくなって、亡き王妃以上の美女を国中に求めさせた。しかし、どんなに探しても無駄だった。亡きお妃以上の美女はただ一人、王様とお妃の娘の王女だけだったのだ。そしてついに、王様は実の娘と結婚することを決めた。
王女はその報せを聞くと途方にくれて、名付け親のところへ駆けつけた。なんとか、この結婚を止める手だてはないだろうか。名付け親は、式までに太陽の色のドレスが欲しい、とをねだるように助言した。そんなドレスをそんな短期間に手に入れることなど、まず無理であろうから。ところが、王様は方々を探して、本当にそんなドレスを見つけてきた。それでも、次は月の色のドレスをねだったが、やはり見つけてきてしまった。王女は絶望し、こうなっては逃げるほかないと考え、最後に金の雄牛をねだった。
王様は国中から金を集めて、細工師に金の雄牛を作るように命じた。仕事中の細工師の許に王女はこっそりやってきて、中を空洞にするように頼んだ。そう、中に人が隠れられるように。
婚礼の日、王女は雄牛のわき腹の小さな隠し扉を開けて、中に身を隠した。彼女を迎えにきたときにはもう誰もいなかった。国中に人をやって探させたが見つからず、王様は失意に暮れた。
その頃、隣の国に病身の王子様がいた。王子は金の雄牛が欲しいと言って両親を困らせていた。王女の父親はそれを聞いて、金の雄牛を譲ってやった。そんなものはもう見たくなかったのだ。王女は相変わらずその中に隠れたままだった。
王子は金の雄牛を自分の部屋に入れさせて、朝晩眺めることにした。病気になってからは人を遠ざけて、食事も部屋まで運ばせて一人でとっていた。王女は、この部屋に運ばれた初日からさっそく、王子が眠っている隙に料理を一皿とって牛の中に戻った。それから毎日そうしたので、王子は不思議に思い、部屋を変えたりしたが、雄牛も一緒に持って行ったので、やはり料理はなくなるのだった。ついに、王子は犯人を突き止めるまで眠らない決心をした。すると、まもなく金の雄牛から王女がそっと出てきて、テーブルの上の料理を一皿持って行こうとした。しかし王子が目を開けているのに気付き、その足元に身を投げ出して一部始終を物語った。
「怖がらなくてもいい。君がここにいることは誰にも知らさない。これからは料理は二皿ずつ持ってこさせよう。君に一皿、僕に一皿だ」
王子はまもなく健康になって、戦争に出かけて行くことになった。「戻ってきたら合図として、杖で三回、雄牛を叩くことにしよう」と王女に言った。
王子の留守の間、王様は、外国から訪ねてきた王たちに、金の雄牛を見せようとした。中の一人が、中が空洞かどうか確かめようとして、杖で三回叩いた。王女は、王子が戻ってきたものと思って、隠れ家から出てきた。思い違いがわかると彼女は青ざめたが、王様は訳を聞いて、好きなだけ城に留まるようにと言った。
ところで、城には王子のフィアンセとして育てられていた娘がいた。娘はみなが王女をちやほやするのを見て嫉妬にかられ、ある日一緒に森に行った時に、大きな穴を覗いてみるように言って、後ろから突き落として逃げ帰った。
けれど、王女は死んではいなかった。怪我もせずに穴の底に落ちて、通りかかった炭焼きに助けられて城に連れて行ってもらった。ちょうど王子が戦争から戻ってきて、城の前には祭礼の大かがり火が燃やされ、王子とフィアンセの婚礼の式が挙げられようとしていた。しかし、王子は事の次第を聞くとフィアンセをかがり火に放りこむように命じ、王女と結婚した。
結婚の報せを、王女は父王にも送った。父王は喜び、万事めでたく納まった。
参考文献
『フランス民話より ふしぎな愛の物語』 篠田知和基編著 ちくま文庫 1992.
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