ホレおばさん『グリム童話』 著:グリム兄弟 KHM24 ドイツ

 ある未亡人にふたりの娘がありました。ひとりは醜く怠け者でしたが、もう一人は美しくて働き者でした。けれども、お母さんは醜く怠け者の娘の方ばかりかわいがりました。何故なら、美しい方の娘は継娘で、血の繋がった娘ではなかったからです。

 継娘は、毎日井戸の側で糸を紡がされていました。あまり紡ぎすぎて、指から血が出るほどでした。それで糸巻きに血がついてしまい、洗おうと井戸を覗き込んだ時、糸巻きは井戸の底に落ちてしまいました。

 娘は泣きながら継母に報告しました。すると継母はこっぴどく叱り付けた上、冷酷にも「糸巻きはお前が落としたんだから、自分で取ってくるんだよ」と言いました。

 継娘は絶望的な気持ちになって、なんとか糸巻きを拾おうと、井戸の底に身を投げました。

 気がつくと、継娘は美しい草原にいました。そこにはお日さまが照っていて、何千もの花が咲いていました。草原を歩いていくと、パン焼きかまどがありました。かまどの中はパンでいっぱいで、パンが叫んでいました。

「ああ! 早く出して、早く出して、こげちゃうよ、もうとっくに焼き上がってるんだよ!」

 継娘は大急ぎで、パンをみんな外に出しました。

 それから、継娘が先へ歩いていくと、一本のりんごの木がありました。実が鈴なりになっていて、今にも枝が裂けそうです。木が継娘に向って叫びました。

「ああ! わたしを揺すって! わたしを揺すって! りんごはみんな熟れているんだよ!」

 そこで継娘は木を揺すりました。すると、りんごは雨が降るように落ちました。継娘はりんごが残らず落ちてしまうまで木を揺すり、それから先へ行きました。

 おしまいに継娘は一軒の小さな家に来ました。

 家の中からひとりのおばあさんがのぞいていましたが、おばあさんの歯があまり大きかったので恐ろしくなり、逃げようとしました。けれども、おばあさんが後ろから呼びかけました。

「怖がらなくていいよ、かわいい子。私のところにいたらいい。家の中の仕事を全部きちんとしてくれたら、悪いようにはしないよ。ただ、私のベッドは特にきちんとしておくように気をつけるんだよ。一生懸命、羽が舞い飛ぶくらい羽布団を振るうようにね。そうしたら、世の中に雪が降るのさ。私はホレおばさんだよ」

 そのおばあさんが優しく話したので、継娘は承知して、そこで働くことにしました。彼女は何でもおばあさんの満足するようにやり、羽布団はいつも力いっぱい振るって、ふかふかにしておきました。その代わりに、継娘はおばあさんのところで良い暮らしができました。いやなことを言われることもなく、毎日ちゃんとしたものを食べることができました。

 さて、継娘はこうしてホレおばさんのところで暮らしましたが、そのうち淋しくなってきました。ここは家にいるよりも数千倍も良かったのですが、それでも家が恋しくなって、とうとうおばあさんに言いました。

「わたしは家が恋しくなりました。ここではとても良くしていただいてますけど、それでも、もうここにはいられません」

 ホレおばさんは言いました。

「おまえの言うとおりだよ。おまえはとてもよく働いてくれたから、私が自分でおまえを上まで連れて行ってあげようね」

 ホレおばさんは糸巻きを返してくれて、継娘の手を取って大きな門の前に連れて行きました。門が開かれ、継娘がその下に立った時、激しい金の雨が降り、金はみな彼女にくっついたので、体中がすっかり金で覆われました。

「それはおまえのものだよ。一生懸命働いてくれたからね」と、ホレおばさんは言いました。

 門が閉じると、継娘は上の世界にいました。しかも、家からそう遠くないところです。継娘が家に入ると、井戸の上にとまったオンドリが鳴き立てました。

 コケコッコー、ウチの金のお嬢様が、お帰りだよぅ

 継娘はお継母さんのところへ帰りましたが、金で覆われて帰ってきたので、大切に迎えられました。

 継母はどうやってそんな富を手にしたのかを聞き出すと、自分の娘にも同じ幸せを手に入れさせてやりたい、と考えました。そこで、その娘も井戸の中に飛び込まなければならなくなりました。

 怠け者の娘も継娘と同じように美しい草原で目を覚まし、同じ小道を先へと歩いていきました。娘がパン焼きかまどのところまで来ると、パンがまた叫びました。

「ああ! 早く出して、早く出して、こげちゃうよ、もうとっくに焼き上がっているんだよ!」

 けれども怠け者の娘は答えました。

「手を汚すのなんてごめんだわ!」

 そして先へ行きました。間もなく娘は、あのりんごの木のところに来ました。木が叫びました。

「ああ! わたしを揺すって! わたしを揺すって! りんごはみんな熟れているんだよ!」

 けれども醜い娘は答えました。

「冗談じゃないわ。わたしの頭の上に落っこちでもしたら、どうするのよ!」

 そう言うと、先へ歩いていきました。ホレおばさんの家まで来ると、もうおばあさんの大きな歯のことは聞いていたので怖がりもせずに、すぐにおばあさんに雇われました。

 はじめの日はがまんをして一生懸命働き、ホレおばさんになにか言われると、その通りにしました。ホレおばさんがくれるであろうたくさんの金のことを考えたからです。けれども二日目にはもう怠け始め、三日目にはもっとひどくなりました。朝、起きようともせず、ホレおばさんのベッドもいい加減に直し、羽布団を羽が飛ぶほどきちんと振るいませんでした。

 そんなわけで、ホレおばさんは怠け者の娘を首にしました。怠け者は喜んで、さあ、今度は金の雨が降るぞ、と思いました。

 ホレおばさんは、怠け者の娘も門のところに連れて行きました。けれども娘が門の下に立つと、金の代わりに大きな釜いっぱいのタールがぶちまけられました。

「これがおまえの働きの報いだよ」とホレおばさんは言うと、門を閉めました。

 それで、怠け者の娘はすっかりタールにまみれて、真っ黒のベタベタになって家に帰りました。井戸にとまっていたオンドリはこれを見て鳴き立てました。

 コケコッコー、ウチの汚いお嬢様が、お帰りだよぅ

 不幸なことに、そのタールは死ぬまで落ちませんでした。



参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.
『完訳グリム童話(全三巻)』 グリム兄弟著、関 敬吾・川端 豊彦訳 角川文庫

※ホレおばさんとは北欧の冥界の女王ヘルに連なる民間の女神。ドイツでは、実際にホレおばさんが布団をはたいて羽を撒き散らすと雪が降るという民間信仰があったそうだ。井戸の底の世界は女神の子宮――冥界であり、燃え盛るかまどは地獄である。りんごは生命の木だ。



継子と井戸日本

 花子と節子という姉妹があり、花子は継子であった。ある日、花子は皿を井戸に落とし、継母に取りに行けと命じられた。

 花子が井戸の底に下りると、そこは広場になっており、一軒屋があって婆が住んでいた。婆は花子を呼ぶと、肩や腰を揉ませた。婆はお礼として着物や帯や金をくれた。

 花子はまた皿を落とし、今度は節子が取りに行くことになった。節子も婆の腰や肩を揉んだが、下手だと怒られて追い返された。帰る途中で雨に遭い、顔にかかって汚くなった。

 花子は良いところに嫁入りしたが、節子はどこにも嫁入りできずに泣いた。



参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-

※広島や香川で採集されているとのこと。概略しか読めなかったが、海外で語られているこの系統の話とほぼ同じと言っていい。
なお、日本民話で「継子と井戸」として分類されているものにはもう一種類あり、こちらは全く違う話。継母に井戸攫いをすると騙されて井戸に降りた男の子が、岩を落とされて殺されかけるが、隣の爺の機転で助かる。こっそり家を出て出世して故郷に帰ると、実家はひどく貧乏している。昔のうらみも忘れ、継子は家族に金を渡すという孝養譚。



継母と継娘マケドニア

 昔、継母がいたが、とてもひどい女だった。継娘と実の娘が一人ずついたが、どうしても継娘を愛することが出来ず、何とかして亡き者にしようとばかり考えていた。そしてついにこう呟いた。

「あの子に菓子パンを焼いてやって、山に追っ払い、野獣に食わせてやろう」

 そして菓子パンを焼くと、継娘を連れて山の中へ行った。山の頂上まで来ると継母は菓子パンを落とし、パンはコロコロと転げて行った。

「お前、追っかけて取っておいで!」

 菓子パンは山や谷を越えて転がって行き、継娘は一生懸命に後を追いかけた。やっと止まったのは、どこかの谷間の小屋の前だった。

 小屋の中から、一人のおばあさんが出てきた。おばあさんは菓子パンを拾うと、「これはどういう菓子だね、お前はまたこんなところまで何を探しに来たのさ?」と継娘に訊いた。継娘がいきさつを話すと、おばあさんが言った。「来な、娘さん。私と一緒にここで暮らそう」

 継娘が一緒に小屋に入ると、おばあさんが「私の頭のしらみをとっておくれ」と言った。娘は座っておばあさんの頭の虱を取り始めた。そうやって小さな虫たちをピチピチつぶしていると、おばあさんが訊いた。

「何がそんなにピチピチいっているのかね?」

「お婆さん、真珠や金ですよ」

 するとおばあさんが言った。

「お前の前がそうなるように、お前の後もそうなるように!」

 おばあさんは三度同じことを訊き、継娘は三度同じように答えた。おばあさんは夕方まで継娘を引きとめた。

 夕方になるとおばあさんは言った。

「娘や、あそこの壺にフスマが入ってるから、それをめんどりやヒヨコにやっておくれ」

 継娘はフスマを取ってニワトリ小屋へ行った。ところが、中にいたのはニワトリではなく、トカゲや毒蛇や、あらゆる嫌な虫だった。

 それでも、継娘は怯えなかった。怯えたとしても、それを面には出さなかった。

 エサをやって戻ると、おばあさんが尋ねた。

「娘や、ヒヨコたちにエサをやったかい?」「やりましたとも、おばあさん。なんて可愛いヒヨコたちかしら」「お前、びっくりしなかったのかい?」「いいえ、ちっとも」

 最後に、おばあさんは娘を連れて梯子を登り、一つの部屋に案内した。部屋には古いのや新しいの、綺麗なのや汚いのなど、色んなつづらがぎっしりと並んでいた。

「さぁ娘や、どれでも気に入ったのをお取り。それから家へ帰ってもいいよ」

 娘は部屋に入ると、とても古ぼけた汚いつづらを選び、背中にしょって家に帰った。継母はそれを見ると「あれ、疫病神がまた帰ってきた」と怒鳴って家へ入れようとしなかったが、隣の家の人がとりなしてくれて、中へ入ることが出来た。継娘が家に入ってつづらを開くと、中は真珠や金銀財宝や、その他の宝物で一杯だった。

 継母はこの宝物を見ると、妬みの心で一杯になった。

「待ってろ、私の娘を出してやれば、あの子はもっと立派なつづらを持って帰ってくるから!」

 それで前と同じように菓子パンを焼き、同じように転がして後を追わせて、あのおばあさんの小屋に娘は辿りついた。

 散々抵抗した挙句、娘はおばあさんの虱を取らされた。

「そんなにピチピチいってるのは何だえ?」「何がピチピチいってるかだって!? あんたは虱やキビスだらけじゃないか。世界の誰だって、あんたの頭を綺麗にするなんてできっこないさ」

 こう言われて、おばあさんは黙ってしまった。

 夕方になると、おばあさんはニワトリ小屋へエサをやりにいけと言った。娘はそこを覗くなり、ギャッと叫んで走り戻った。

「あれは何よ、ばあさん。あんたはめんどりやヒヨコだと言ったのに、いるのはトカゲや毒蛇じゃないか。あんなもの、みんなくたばればいいんだ!」

 最後に、ばあさんは娘を二階の部屋へ連れていったが、娘は一番大きくて綺麗なつづらを選んだ。そうして帰ってきた娘を母親は大喜びで出迎えて、継娘に言った。

「ごらんよ、私の娘がどんなつづらを持ってきたか。お前の持ってきた古い腐れかけたのと違って、いかにも新しくて綺麗じゃないか!」

 ところが、それを開けると中からトカゲや毒蛇や、その他イヤな化物が沢山出てきて、娘と母親に取りついて食べてしまった。



参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.

※日本人なら誰しも「舌切り雀」を思い出すであろう話。目的地につく前に複数の男に出会って道を尋ねるところもよく似ている。
 冒頭、転がった菓子パンを追って谷の底――異界へ下るくだりは、日本の民話だと「ネズミの浄土」に相当するモチーフ。いわゆる「おむすびころりん」だ。「米福・粟福」の類話にも、やはり継子が転がったおにぎりを追って山姥の家に行く話がある。そのおにぎりには、実は継母が毒を仕込んでいた。山姥はそれを見とおしていて、継子を援助する。




バワング・プティとバワング・メラージャワ

 昔、ダダパンという村に、マリ・ヤンダという未亡人が住んでいた。彼女には自分の産んだ子のバワング・メラーと、継子のバワング・プティがあった。二人の子に対する彼女の扱いはひどく違っていた。実の娘は甘やかして、どんな願いでも聞いてやったのに、継娘は乱暴に扱って、洗濯や煮炊きや掃除まで全てこの娘にさせて、少しでも落ち度があるとすぐにぶったのだ。

 ある日、プティは洗濯にやられた。川に行って洗ったが、片付くには半日もかかった。そしてあんまり疲れたので、洗濯物の一つが流れ去ったのに気付かなかった。継母はそれに気付くとひどく腹を立てて、ロタンの枝で肌がぶちになるほどプティを殴りつけた。

「なんだい!? シャツが一枚足りないじゃないか! さっさと川を下って流れたシャツを拾っておいで! 見つけるまでは家に入れてやらないからね」

 プティは一日中、泣きながら捜し歩いた。食事も殆ど貰えなかったので、お腹はすききっていた。川に沿ってどこまでも行くと、やがて馬を洗っている人に出会った。

「おじさん、流れてきたシャツを知りませんか?」

「見なかったな。だが、あそこで釣りをしているわしの親父に訊いてみな」

 プティは釣り人のところに行って訊いた。

「見なかったねぇ。だが、下流の方でわしのおふくろが米を洗っているから、訊いてごらん」

 プティは疲れと空腹でフラフラだったが、それでも先にすすんでいくと、森の外れに洗い場があって、一人のおばあさんが米を洗っていた。

「おばあさん、流れてきたシャツはありませんでしたか?」

「ああ、さっきシャツが流れてきたんで拾っておいた。私の家へおいで。そしたら返してやるよ」

 プティは喜んで、おばあさんが持っていた籠と大きな水がめを運んでやった。こんな重たいものをおばあさんが運ぶのは、見ていられなかったからだ。

 さて、実はこのおばあさんはニニ・ブト・イヨといって、森に棲む山姥だった。プティは彼女の家に行ってようやくそれに気付き、とても怖くなった。

「まずご飯をたいておくれ。そしたらシャツを出してやるから」と、おばあさんは言った。プティはさっそく支度にかかったが、怖くて怖くてたまらなかった。なにしろ、鍋をかきまわすおたまは人間の手だし、水を汲むひしゃくは人間の頭蓋骨だった。薪ときたら骨で、中には人間の骨も混じっていたから。

 ぶるぶる震えながらも、プティは休みなしに働いて、悲鳴一つあげなかった。なにしろ家でも働きつけていたから。食事の用意が出来ると、今度は台所の片づけをした。テーブルの下には骨が散らばっていたので怖かったけれど。食事を盛りつける段になると、なお怖くなった。飲み物は水ではなくて、血だったから。

 それでも全ての用意を終えると、プティは決心しておばあさんのところへ行って、告げた。

「おばあさん、すっかり用意が出来ましたよ。これで私は、シャツを貰って家へ帰らせてもらいます」

「あんまり急いで帰りたがるんじゃないよ。もう夜になる。途中で私の兄弟に会ったら殺されるよ。かくまってやるから、今夜はここに泊まるがいい」

 そしてプティを大箱の中に隠した。

 一晩中、プティは怯えて眠るどころではなかった。朝になると、おばあさんが箱を開けて言った。

「さぁ、お帰り。私の兄弟はまだ寝ているから。これがお前の探していたシャツで、このカボチャはお前が働いてくれたお礼だよ。でも、これは家に帰るまで割ってはいけないよ」

 バワング・プティは走って家に帰った。シャツとカボチャを継母に渡すと、継母はカボチャを割ってみた。何が出てきたかって? 金銀宝石の宝物だった。継母は一度に金持ちになったので大喜びしたが、まだ満足せず、実の娘のバワング・メラーに同じようにしろと命じた。彼女も羨ましくてたまらなかったので、さっそく川にシャツを投げ込んで、川を下って探しに行った。

 でも、結果はプティとはまるで違った。山姥の家へ行くと、怖くて煮炊きも掃除も出来なかった。山姥は怒って家に追い返したが、それでもカボチャは一つくれた。メラーは喜び、帰り道ですぐにカボチャを割ってしまった。ところが出てきたのは蛇やムカデばかりで、怖くなって逃げ帰った。



参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.

※「メラー」は確か「赤」の意味なので、「プティ」もそれに対応した色の名前なのだろう。
 日本でこの話に相当するのは「継子の栗拾い」という分類名を与えられているものだ。「米福・粟福」の簡易版という感じだが、こういうストーリーになる。
 継母が、自分の子には良い袋、継子には穴の開いた袋を与えて山に栗拾いに行かせる。おかげで継子はいつまで経っても袋いっぱいに栗を拾えない。いっぱい拾った実子は先に帰り、夜になる。取り残された継子は山姥の家に辿りついて、山姥は継子を人食いの夫からかくまって二階に隠し、お土産に箱をくれる。帰って開けると宝物が入っていた。継母と実子は羨んで真似をするが、帰って もらった箱を開けると、毒虫が飛び出して継母共々噛み殺される。(「地蔵浄土」「三枚の護符」型に展開するものも多い)



地の果ての井戸イギリス

 昔、王様とお妃様がありました。王様には娘が一人、お妃様にも一人ありました。王様の娘は気立てがよく、みんなから好かれていましたが、お妃の娘は気立てが悪く、みんなから嫌われておりました。お妃は王様の娘が妬ましく、どこかに追いやってしまいたいと考えていました。それで、ある日王様の娘に言いました。

「地の果てにある井戸に行って、ビンに水を汲んでおいで」

 そんなこと、できるはずがない。二度と帰ってこれまいと思って言ったのです。

 けれど、王様の娘は決心して、空のビンを持って出かけました。何日も経って、一本の高い木の下にやってきました。その木には小馬が繋がれていて、娘を見ると言いました。

お嬢さん

僕を自由にしておくれ

こうして、既に七年間、ここに繋がれているんだよ

 娘は小馬を放してあげました。小馬が言いました。

「僕の背に乗りなさい。この先の野原はトゲがいっぱいだ。乗せて行ってあげましょう」

 娘は小馬の背に乗ってトゲの野原を通りすぎ、別れて先へ進みました。それから、口では言い表せないほど遠くまで旅をして、ついに地の果ての井戸に辿りついたのです。

 けれど、井戸はとても深くて、到底ビンで水を汲むことはできそうにありません。娘が途方にくれて井戸を覗きこんでいると、暗い水の底から何かが浮かび上がってきました。

 それは、首でした。気味の悪い生首が、ひとつ、ふたつ、三つも。それらはゆらゆらと娘を見上げながら、口を開きました。

お嬢さん

わしらを洗っておくれ

そのエプロンで綺麗に拭いてくれ

 王様の娘は、その気味の悪い首を洗い、エプロンで綺麗に拭いてやりました。

 すると、三つの首は娘のビンを取って水を汲み、更に相談を始めたのです。

「なあ、贈り物をしてやろう。何にするか」

「けっこう綺麗な娘だが、今の十倍も綺麗にしてやろう」

「わしは、あの娘がものを言うたびに口からルビーとダイヤと真珠が出るようにしてやろう」

「では、わしはあの娘が髪をとかすたびに、金貨と銀貨がどっさり出るようにしてやろう」

 そして、王様の娘はお城に帰ってきました。以前の十倍も綺麗になり、口を開いて何か言うたびにルビーとダイヤと真珠が出てきます。また、髪をとかすたびに金貨と銀貨がどっさり出てきます。

 お妃は腹立ちのあまり口もきけません。そこで、自分の娘も地の果ての井戸に向かわせることにしました。同じような幸運が舞い込むと思ったのです。ビンを渡して、水を汲んでおいでと言いつけました。

 お妃の娘がしばらく歩いて行くと、木に繋がれた小馬のところへやってきました。

お嬢さん

僕を自由にしておくれ

こうして、既に七年間、ここに繋がれているんだよ

「いやよ。誰にものを命じているの。わたしはお妃の娘なんですからね」

「いいよ。じゃあ、トゲの野原を勝手に歩いてお行き」

 お妃の娘ははだしでトゲの野原を越えて行きましたが、トゲに引っかかれ、石につまづき、散々な目に遭いました。それでも歩きつづけ、口では言えないほどの長い長い旅をし、とうとう、地の果ての井戸につきました。ところが井戸は深すぎて、とてもビンが届きません。困ったなと思って井戸のふちに座っていますと、井戸の底から気味の悪い首が三つ浮かび上がってきました。

お嬢さん

わしらを洗っておくれ

そのエプロンで綺麗に拭いてくれ

「うわ、気持ち悪いわね。私はお妃の娘よ。何であんたたちを洗ってやらなきゃならないのよ」

 娘は首を洗ってやらず、ビンに水を汲めませんでした。三つの首は相談しました。

「なあ、バチを当ててやろう。何にするか」

「けっこう醜い娘だが、今の十倍も醜くしてやろう」

「わしは、あの娘がものを言うたびに口から青ガエルとヒキガエルが出るようにしてやろう」

「では、わしはあの娘が髪をとかすたびに、ノミとシラミがたっぷり出るようにしてやろう」

 そして、お妃の娘はお城に帰ってきました。以前の十倍も醜くなり、口を開いて何か言うたびに青ガエルとヒキガエルが出てきます。おまけに、髪をとかすたびにノミとシラミがたっぷりと出てくるのでした。

 こんな娘を置いておくわけにいかないと、とうとうお妃の娘はお城を追い出されてしまいました。

 やがて、王様の娘は立派な王子様と結婚しました。でも、お妃の娘は、自分と同じように醜くて性悪な男の妻になって、毎日なぐられながら生きていくことになったのでした。

※類話を幾つも見かけるし、かなり有名な話のようだ。簡単に類話のあらすじを書いてみよう。

 王女が継母に苛められ、家を出て独立する決意をする。しかし王妃はわずかな食料程度しか与えない。

 しばらく行くと老人に出会い、乏しい食料を振舞う。老人は「この先の茨の垣根を特定の方法で越え、泉の側で待っていると金色の頭が三つ出るから、頼まれたことを何でもしてやれ」と教える。はたして、金の頭が一つずつ、「洗ってくれ、とかしてくれ、寝かせてくれ」と歌いながら転がってきた。その通りにしてやると、三つの頭は相談して美・芳香・幸福な結婚の運命をくれる。娘は素晴らしい結婚をする。

 継母と実子が妬んで真似をするが、実子は老人に食料を振舞わなかったので茨の垣根を越える方法を教えてもらえず傷だらけになる。更に、三つの頭をワインのビンで殴りつけた。三つの頭は相談して病・悪臭・不幸な結婚の運命を与える。継母はこの有様を見て自殺する。(『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.)

 大筋がほぼ同じだ。別の類話では、井戸の中にいるのは「三匹のうに」だったり、「三匹の金の魚」である。
 この三つの頭は、運命と霊感(神託)の神である。北欧神話に登場する、知恵の泉の番人ミーミル(時に、生首とされる)と関連するのはほぼ間違いあるまい。また、首が三つなのは、運命の女神が三人なのと関わるだろう。首が「相談して」娘の運命を定めるくだりは、世界に広く伝わる「運命説話」を彷彿とさせる。また、首が三匹の魚として描かれている場合、ケルトの「知恵の木の下の泉」に住む知恵のサケを思い出さずにはいれない。

 ところで、グリムにもよく似た話がある。「森の三人の小人」がそれだ。継娘は「三人」の小人と出会い、三人は「相談して娘に富と幸運をくれる」。



十二の月チェコ

 自分の娘と継娘を持った母親がおり、自分の娘は可愛がったが継娘は苛めた。なぜなら自分の娘は醜いのに継娘は美しく気立てが良かったからだ。掃除も洗濯も炊事も、裁縫機織り糸つむぎ・草刈りや牝牛の世話まで継娘の仕事だった。継母は継娘のマルーシカがいれば実娘のホレナの縁談にさしつかえると考え、ますます苛めて、食事をろくに与えなかったりぶったりしたが、マルーシカはますます美しく、ホレナは醜くなるのだった。

 ある冬の日、ホレナがすみれの花束を欲しがって、森に探しに行くようにマルーシカに言った。マルーシカは雪の下にすみれが咲くなんて聞いたことがない、と断わるが、ホレナは私に逆らうな、持ってこなければひっぱたくよ、と怒り、継母がマルーシカを家から締め出してしまった。泣きながら森に入ってさ迷ううちに、マルーシカは山の頂上に火を見た。それは大きな焚火で、周囲に十二人の人が石に座っていた。三人は白髪の老人、三人は中年、三人はもっと若く、最後の三人は最も若く美しかった。何も言わず火を見つめている彼らは十二の月で、髪も髯も雪のように真っ白の氷の月(一月)が上座に座り、杖を持っていた。マルーシカはしばし驚いて立っていたが、やがて挨拶して火に当たらせてくれるよう頼んだ。頷いて、一月は何か探しているのかと尋ねた。マルーシカが訳を話すと、一月は席を立って三月に杖を渡して上座に着くように言った。三月が上座に着いて杖を降ると、焚火が燃え上がってたちまち春になった。マルーシカはすみれで大きな花束を作ってお礼を言って帰った。どこにあったか尋ねられたので高い山の上にどっさりあったと答えたが、受け取ったホレナは母親だけに匂いをかがせ、とうとうお礼を言わなかった。

 翌日、ホレナはいちごが食べたい、とマルーシカを森へやった。同じことになり、一月の向かいに座っていた六月が上座に立つとみるみる花が咲いてイチゴが生った。前掛けにつんで帰ったが、ホレナは継母だけに分け与えてマルーシカには「おあがり」とも言わなかった。

 三日目、ホレナはリンゴを取ってくるよう命じた。マルーシカは今度は迷わず山の頂上に行き、中年の九月が上座に着いた。杖を振ると葉が落ち、あらゆる秋の花が咲き、紅葉し、リンゴが生った。木をゆすぶると二つリンゴが落ち、九月はそれで止めて帰るように促した。マルーシカは礼を述べて家に帰った。ホレナは何故もっと取ってこなかった、途中で食べたんだろう、と責め、母親とだけリンゴを食べた。それがあんまりおいしかったので自分で取りに行くことにし、毛皮のマントを着込んで、母親の制止を振り切って出かけた。道に迷って長くさ迷った後、火を見つけた。そこに行って火に当たったが、当たらしてくれともなんとも言わなかった。一月が不愉快そうに何か探しているのか、と尋ねたが、それにもよけいなお世話だ、と突っぱね、リンゴの木を探して立ち去っていった。一月は杖を振りたて、途端に大吹雪になって、ホレナは凍え死んでしまった。母親はホレナが帰らないので、美味しすぎてリンゴの木から離れられないのだろう、と捜しに行き、やはりそのまま帰らなかった。

 マルーシカはずっと家の仕事をしながら二人を待ち続けたが、二人はとうとう戻らず、やがて下男と結婚して、女主人として幸せに暮らした。



参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.
『世界むかし話集〈上、下〉』 山室静編著 社会思想社

※ロシアの童話「森は生きている」で有名だろう。しかし、中国、朝鮮、日本にも同様の話が伝わっている。中国では花、朝鮮では青菜やイチゴ、たけのこ、日本ではイチゴを採りに行かされる。

参考--> 「ヨニと楊の葉



 水車小屋の亡霊ポーランド

 それぞれ娘を一人持ったやもめ男とやもめ女が結婚する。男の娘はマリューシャ、女の娘はアグニシアといった。

 継母はアグニシアをひどく甘やかしていたが、マリューシャは扱き使われ、虐待されていた。継母はマリューシャが美しく気立てが良く、村の男達に好かれているのに、自分の娘がそうではないことを憎んでおり、マリューシャを片付けて財産を奪い、それでアグニシアにいい夫を見付けようと考えていた。

 村の外れの小川の側に荒れ果てた水車小屋があり、ここにはお化けが出るという噂があった。昔、ここで首吊りした男がいて、以来勝手に明かりが点いたり、音楽や怪しい物音が聞こえるのだという。継母はマリューシャに糸繰り竿と亜麻を渡し、その小屋で夜明けまでにどっさり糸を紡いでくるように命令する。

 泣き通してから、マリューシャは小屋に行った。真夜中になると風が吹き、車の近付いてくるような音がして、ドアも開かないまま、突然、燕尾服に色の付いた袖、黒い房付き帽子といった出で立ちの二人の紳士が現われた。目は石炭のように燃え、地獄のロンドに合わせて踊り出した。

みどりの袖に

赤い袖

踊ろうよ、兄弟、踊ろうよ。

 しばらく踊ってから、紳士達は娘に言った。

みどりの袖に

赤い袖

踊ろうよ、兄弟、踊ろうよ

かわいい素直な娘さん

おいらにあんたの手をおかし。

 マリューシャは、踊るには靴がないといけないと言い、赤くて軽い靴を持ってこさせた。次に長靴下、刺繍の付いたブラウス、下着五枚とスカートを一回ずつ別々に、ケープ、別のケープ、珊瑚の首飾り、扇、手袋、絹のハンカチ、鏡、金貨を詰めた財布など。紳士達はそれらを取ってくる行き帰りにも絶えず例の歌を歌い、娘は何か持ってこさせるものを考えた。ついに紳士達は「もうこれで終わりだ、立っておいら達と踊るんだ」と言うが、娘は顔も洗わずに踊れない、と言い、ふるいを渡して水を汲んでくるよう命じる。何度やっても水が汲めないうちに朝になり、紳士達は呪いの言葉を吐きながら消えていく。溶けたタールのような嫌な匂いが残る。

 継母がほくほくしながら糸繰り竿と紡いだ糸を取りに来てみると、マリューシャは死ぬどころか美しく着飾って眠っていた。継母は話を聞いて妬み、アグニシアに同じことをするよう命じる。

 同じように事が起こるが、アグニシアは全ての品物を一度に頼み、穴の開いた牛乳桶で水を汲ませようとした。紳士達は指で穴を塞いで水を汲み、アグニシアは支度をして立ち上がった。紳士達はアグニシアの懇願も構わず一晩中くるくる回って踊り続け、最後に一人が首をねじ切って窓の穴にはめ、一人が胴体を川に投げ込んだ。持ってきた品物は彼女の魂と共に彼らの国へ持ち去った。

 朝、やってきた継母は遠くからアグニシアの首を見て、「娘や、娘や、お前は窓辺で私が来るのを待っているのかい。赤い珊瑚が首から垂れてるし、お前の顔は喜びで輝いてるよ」と言う。そのとき小屋の上に枝を垂れた木にとまっていた小鳥が言った。

頭は窓の中だし

足は川の中だよ。

 継母は自分の言いつけが娘にどんな結果をもたらしたかを知った。



参考-->「金の履物



金のカラスビルマ

 昔、貧しい寡婦がいて、美しく気立ての良い娘を持っていた。

 ある日、娘は母親に言いつけられて、日向に干した米櫃の番をしていたが、米が乾いた頃、一羽の金のカラスが来て、米をみんな食べてしまった。娘が泣くと、償いをするから、日が沈んだら村外れの大きなタマリンドの木の所においで、と言う。 行くと、タマリンドの木の梢に小さい金の家があって、金のカラスが顔を出して尋ねた。

「金の梯子にするか、銀の梯子にするか、それともブリキの梯子にするか」

「私は貧しい娘ですもの、ブリキの梯子で結構ですわ」

 すると金の梯子が下ろされた。

 カラスは夕食を勧めて、

「金の皿を使うか、銀の皿を使うか、それともブリキの皿がいいか」

と尋ねた。娘がブリキの皿を選ぶと、金の皿が出された。食事はたっぷりで美味しかった。

 カラスは君は本当にいい子だから、こうしていつまでも一緒に暮らしていたいけれど、お母さんが悲しむだろうから帰してやろう、と言い、寝室から大中小の箱を出して、好きなものを取らせた。娘は「家にお米はあまりないから」と一番小さい箱を取った。帰って開けてみると、ルビーが百個入っていて、お金持ちになった。

 村には、もう一組貧乏でない寡婦母子が住んでいて、最初の母子を快く思っていなかった。この母子が噂を聞き、その真似をした。この娘はものぐさだったので、最後に金のカラスが来たときには米櫃にほとんど米は残っていなかったが、娘はカラスに「代わりにいい宝物をよこせ」と叫んだ。カラスはむっとしたが、丁寧に最初と同じことを言った。娘はタマリンドの木の下に行くと、カラスが顔を出さないうちから「約束を忘れやしまいな」と叫んだ。カラスは尋ねた。

「金の梯子を使うか、銀の梯子を使うか、ブリキの梯子か」

「もちろん金の梯子さ」

だが下ろされたのはブリキの梯子だった。食事のときも、娘は金の皿を望むが、ブリキの皿にちょっぴり盛ってあった。

 最後に、大中小の箱から一番大きい物を選び、娘はお礼も言わずに帰った。家で開けてみると、一匹の大蛇が出、しゅーしゅー言ってどこかへ去っていった。

※精霊の元に行くと、「○○がいいか××がいいか」とどんどん質問され、慎み深い答えを返した継子は気に入られて歓迎されるが、厚かましい答えを返した実子はひどい扱いのうえ呪われる、というパターンも西欧、アフリカ、東南アジアとよく見かける。
 この話では、金の道具を望んだ娘は罰され、慎ましくブリキの道具を望んだ娘が祝福される。しかし、[命の水]の話群では、逆に、慎ましく鉄の橋を望んだ男は罰され、気にせずに金の橋を選んだ男が祝福される。男と女の望まれる像の差、ということなのだろうか?



可愛いヘンナイエメン

 女がヴライカ・アル・ハナ(可愛いヘンナの葉)という美少女を生んで死に、後妻がジャッラム(もじゃもじゃ)とみんなから呼ばれる醜い少女を生む。継母はヴライカを憎み、夫にあることないことを吹きこむ。ついに父はヴライカを乗せて馬を駆り、無人の荒野に行って、トイレに行くと言って置き去りにし、逃げ帰った。娘は長い間待ち、待ちながら歌った。

父さん、ああ、父さん

どれくらいおしっこしなければならないの

涸れ谷を、平地を全部いっぱいにしたのに!

 アル・ハドル・ビン・アバースが来て歌を聞きつけ、わけを聞いて、一緒にいてやろうと言う。

「馬はどこに繋いだらいいだろう」

「私の足に繋げばいいわ」

「どこで寝たらいいだろう」

「私を膝枕にして寝ればいいわ」

 アル・ハドル・ビン・アバースは、「明朝、日の出の最初の赤い縁取りが出たら私を起こせ」と言って寝た。娘は言う通りにした。

おじさん、ああ、おじさん

光の筋が空に赤く射してきたのが見えるわ

起きてよ、後生だから起きて!

 目覚めたアル・ハドル・ビン・アバースに導かれて、少し行ったところで川に出た。

「川で好きなだけ泳いでおいで。私は待っていてあげるから」

 泳いで岸に上がると、全身に金のアクセサリーがついている。

「お前は帰り道がわかるかね?」「わかりません」

 アル・ハドル・ビン・アバースは方向を示し、

「目を閉じて、家の屋根に着いたと思ったら開けなさい」と言う。その通りにし、屋根の上で叫ぶ。

父さん、ああ、父さん

どれくらいおしっこしなければならないの

涸れ谷を、平地を全部いっぱいにしたのに!

 声と共に金が落ち、継母が夫に屋根を調べさせると娘がいる。

 継母は妬み、我が子を同じように荒野に捨てさせた。娘が泣いているとまたアル・ハドル・ビン・アバースが来る。娘は、馬は向こうの木に繋ぎ、寝るのは向こうの平野にすればいいと言う。アル・ハドル・ビン・アバースは「明朝、黒い雲が見えたら私を起こせ」と言う。

 翌朝 起こすと、彼は娘を川に連れて行った。川で泳ぐと、体中に蛇やノミや、あらゆる嫌な虫がびっしりついた。アル・ハドル・ビン・アバースは娘に目をつぶらせて後ろから押した。すると家の屋根の上に着いた。

 虫が降ってきて、継母が屋根の上を探させると、娘が虫だらけになっている。みんなで虫を取ってやった。

 

 やがてヴライカが結婚することになったが、婚礼の日、継母はヴライカとジャッラムを入れ替えて、ヴライカを台所に押し込んだ。しかしヴライカは賢い娘でもあり、継母が忙しくなったのを見計らってジャッラムのところへ行き、言った。

「シーディル(ヴェール)を私に被せて台所へ行きなさい。ご馳走が沢山あるわよ」

 ジャッラムは喜んで台所へ行き、ヴライカは無事嫁入りした。

 気付いた継母は一晩かけてヴライカの夫の家に行き、夜明けに家の門を揺すった。ヴライカと夫は屋根の上に逃げ、日が昇ると石を落として殺した。



参考文献
『世界の民話(全三十七巻)』 株式会社ぎょうせい

※アル・ハドル・ビン・アバースって何者なんだろう? 恐らく、荒野の魔神のようなものなのだろう。

 ジャッラムがそんな悪い子に見えない。「馬はどこに繋ごうか」とか「私はどこで寝よう」とか見知らぬおじさんに言われて、「私の足に繋いで、私の膝枕で寝て」と言うヴライカは、結構あばずれ女じゃないか? 美貌を鼻にかけて男あしらいが上手いというか。少なくとも普通じゃない。婚礼の夜に花婿よりご馳走を選んだジャッラムは、色気より食い気の、ちょっと子供っぽいだけの普通の子だという気がする。そんな彼女を家の人々はジャッラム(もじゃもじゃ)と呼んで蔑んでいるわけで、本当に苛められていたのは誰なのか、という気もする。頼りにしていた母が殺されて、この後ジャッラムはどうなったのかなぁ……。



継母ジプシー

 娘を一人持ったやもめのトルコ人がいる。娘が言う。

「どうして奥さんを貰わないの。そうしたら世話をしてもらえるのに」

「そうしたらお前が苛められないかね、わしはそれを防ぐことは出来ないんだよ」

 やがて父は再婚したが、三日目に、果たして妻は「娘を追い出さない限り、あなたの妻にならない」と言った。そしてパンを一つ焼き、父娘にそれを持って森へ行かせた。

 父は焚火をして娘にあたらせ、「薪を拾ってくる」と姿を消した。娘がパンを食べていると、熊がやってきて前足でちょっかいをかける。

「あっちへ行っておいで。私には悲しみがあるんだよ。父さんが薪を集めに行ったきりまだ帰らないんだもの」

 それでも来るので、燃えている薪を投げつけて胡桃のようにぱちんと割れさせてしまった。翌朝やってきた木こりたちはこれを見て喜び、娘を村へ連れていっていろいろお礼の品をくれた。

 

 娘が戻ると、継母は夫を責め、夜になると「二度と戻ってこないように娘を捨てなければ、お前のところにはいない」と言った。そしてパンを焼き、わざとある場所めがけて転がした。娘はそれを追って崩れかけた水車小屋に行き、泊まってパンを食べようとした。すると一羽のメンドリが現われ、娘に近付こうとする。しかしその度に娘は黙ってパン屑を投げ、メンドリは近付けない。やがてメンドリは急に消え、オンドリが現われたが、同じことになって夜が明けた。

 やがて村人たちが通りかかって水車小屋の前に座っていた娘を見つけ、中のジプシーの男が「ここにはお化けが出るからよそへお行き」と言った。娘は自分が継母に疎まれ、父親にここに連れてこられて一人で一夜を明かしたこと、家へ帰ればまた継母が父親に意地悪するだろうから、帰るに帰れないということを話した。そしてその晩も水車小屋に泊まったが、真っ白い衣の坊さんが入ってきてパイプに火を付け、娘を好き勝手にいじり回した。娘が黙ってじっとしているとまた近付き、手や足やパイプで触りまくる。それでも黙っていると、思っていた通り、出し抜けに消えてしまった。次にメンドリが出てしつこく娘に飛びかかったが、またパン屑を投げ続けた。すると最後にオンドリがコケコッコーと鳴き、後は静かになった。そこで娘はぐっすり眠った。

 翌朝、娘は家に帰った。「どこにいたんだ、もう死んでしまったかと思った」と愚痴を言う父に、娘は「あんたはあの女のために私を半殺しにしたのよ」と恐怖のために乾いた舌を見せた。継母が「何しにきた」と罵った。

「あんたにはお気の毒だけど、父さんのとこへ帰ってきたのよ」

「そんなことはわかってる。お前はそうやって、父さんを自分のものにして、ご機嫌をとろうっていうんだッ!」

 するととうとう

「お前は自分のためにわしと娘を引き裂こうとしたんだ。だが、そうしたけりゃ、自分の母親と暮らすがいい」

 と父は言い、娘と共に家を出て、幸運にも着物などがいっぱいの空家を見つけて暮らした。やがて継母が追ってきたが、父娘は相手にしない。腹に据えかねた父は短刀で継母を殺そうとするが、娘はそれを取って自ら継母の喉笛をかっ切って殺してしまった。



参考文献
『世界むかし話集〈上、下〉』 山室静編著 社会思想社

※なんというか、語り部の激しい気性がものすごくにじみ出ている。この語り部さんは、よほど悪役の継母が憎くてたまらなかったんだろう。
 最後に継子自身がナイフで継母の喉笛をかっ切って殺す辺り…(汗)。ジプシーの人たちは娘でもそのくらい気が荒いものなんだろうか。少なくとも、西欧や日本の、大人しくてしくしく泣いている継子たちとは全く違う。




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