昔、妻を三人持った役人がいたが、子が無かった。仕事のため遠くへ出発しなければならない時、一番年上の夫人は黄金を、二番目の夫人は銀を、それぞれ帰ってきたとき夫に与えると言ったが、一番若い夫人は息子を一人差し上げますと言った。役人は喜んだが、上の二人の夫人は嫉妬した。
一番若い夫人が本当に男児を産んだとき、第一夫人は彼女の頭を赤い布で包んで目を塞ぎ、第二夫人はどらを叩いて気絶させた。そしてその間に、第一夫人が子供を蓮池の中に投げ込んでしまった。しかしなぜか沈まない。そこで第二夫人が子供を藁と草に包んで、水牛に食べさせてしまった。一番若い夫人本人には「生まれたのは肉塊だった」と教えた。
やがて役人が帰り、第一夫人は金を、第二夫人は銀を差し出したが、一番若い夫人は恥じて出てこなかった。役人は訳を尋ね、生んだのが肉塊だったと聞くと怒って、一番若い夫人に水車小屋で米を搗かせた。
間も無く、例の年取った水牛が子牛を生んだ。金色で絹のようにすべすべしていて、一日中主人に付き纏って甘えた。主人もかわいがって自分の食べ物を分けて与えていたが、ある日ふと思いついて「人の気持ちや言葉が分かるなら、これをお前の母親のところへ持っていってごらん」と小麦粉のお焼きを乗せた皿を与えた。すると子牛は前足で皿を押していき、水牛ではなく、水車小屋の一番若い夫人の許に持っていった。上の夫人達は子牛があの子供の姿を変えたものだと気付き、病気のふりをして、第一夫人はあの子牛の肝を、第二夫人は子牛の皮を得られなければ死んでしまう、と言った。役人はこっそり子牛を山に放し、二人の夫人には別の子牛を買って肝と皮を与えた。夫人達は気付かずに元気になったが、役人はいなくなった子牛を思って嘆いた。
その頃、ファンという大家で、ある日ある時刻に五色の鞠を窓から投げ下ろし、拾った者を誰でも娘の婿にする、と町中にお触れを出していた。ところが、鞠はあの子牛の角の上に落ちた。娘は「乞食だって人間なのに、私はこんな動物を夫にするのか」と嘆いたが、誓いを破ることもできず、子牛の角に晴れ着をかけて、付いて出ていった。子牛はたいへん早足で、娘の遅れた間に晴れ着を脱いで池に飛び込んだ。娘が追いつくと、水に子牛の皮が浮かび、代わりに美しい青年が立っていた。娘は、最初青年と共に行くことを拒み、私の子牛を捜さなければならない、と言うが、青年こそ子牛だったのだと知って喜んだ。
青年は娘を両親の家に連れていった。役人は自分に息子はいない、と言うが、訳を聞かされて喜び、上の夫人達を殺そうとした。しかし青年の執り成しで思い止まり、一番若い夫人を家に呼び戻して、幸せに暮らした。
参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.
※生まれた子供を摩り替えられたり殺されたりして、その罪を着せられる。通常は子供を奪われた女が主人公だが、この話では奪われ殺された子供自身が主人公である。
継母が仮病を使って肝や肉を所望し、哀れんだ父が別の肉で誤魔化してこっそり逃がすくだり、牛が姫と一緒に旅をするくだりは、牛とシンデレラ系や炭焼長者系で、娘が運命の夫と出会うために牛と旅するモチーフを彷彿とさせる。更に、ここでは五色のまりになっているが、西欧の男性型シンデレラに頻繁に現れる、「姫が金のリンゴ(まり)を投げて婿選びをする」モチーフがここでもしっかり現れているのは面白い。
なお、ここに挙げた例話では子牛は金色だが、普通は「まだらの子牛」らしい。
昔、七人の妃を持った王がいた。妃はみな美しかったが、中でも一番若い妃のスラタは美しく、また気立ても良かった。王はこの妃を最も愛し、他の妃たちは妬んでいた。
七人の妃の誰にも子が無く、みな悲しんで熱心に神に祈っていたが、急にスラタただ一人が懐妊した。王はますますこの妃を愛し、他の妃たちはいよいよ憎しみを燃やした。
いよいよ赤ん坊が生まれる段になると、第一妃は産婆を雇おうとする王をとめて、自分たちに任せるように言った。王もスラタも六人の妃たちを信じて任せたが、彼女達は生まれた八つ子――七人の王子と一人の姫――をタオルにくるんで裏庭のチャンパの木の下に埋め、籠にはネズミと子犬と子猫を入れておいた。王は絶望し、呪われた妃スラタを追放した。
それ以来、国は不幸に包まれた。王は押し黙ってどの妃にも逢おうとせず、都全体が死んだようで、木々に花さえつかなかった。こうして数年が過ぎた。
ある朝、庭師は古いチャンパの木に幾つか花がついているのを見つけた。彼はその美しい花を摘んで王に届けようとしたが、手を伸ばすと枝は跳ねあがり、梢から声が聞こえた。
「花は一つだってあげられない。王様を連れてくるのでなくては」
庭師の報せで王が来たが、やはり枝は跳ねあがり、「第一のお妃を連れてくるのでなくては」と言う。そうして妃が一人ずつ連れてこられ、最後に「一番若いスラタを呼んで来い」と言う。誰もスラタの行方を知らなかったが、王が都の隅々まで捜索させてみると、崩れかかった牛小屋で貧しい暮らしをしていて、見る影もなくやつれていた。しかし、彼女が手を伸ばすと枝がこちらへ垂れてくるのと同時に、花から七人の兄弟と一人の娘が飛びだし、お母さんと呼んでスラタに取りすがった。
娘のパルールが全てを話し、六人の妃たちは穴に埋められた。王はスラタと八人の子供たちを王宮に迎えて、それからはたいそう幸せに暮らした。
参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.
※チャンパとは木蓮の一種で、黄色い大きな花が咲くのだそうだ。花から子供たちが出てくる筋立ては、その花を人の赤ん坊に見たててのイメージらしい。…もしかすると、「西遊記」に出てくる人間の赤ん坊そっくりの果実の生る木”人参果樹”のイメージ元の一つなのだろうか?
埋められて殺された子供たちが、ある日突然立派に成長して現れるのが奇異な感じだが、下の話と併せて読めばより全体像がはっきりするかもしれない。
ずっと昔。ある王に賢い王子がおり、王子は城の側に住む羊飼いの娘、ダワ・ドルマと恋仲だった。しかし、結婚したいと言うと父王は怒った。
「
ダワ・ドルマは貧しい羊飼いの娘だが、天女か湖のほとりに咲くケサンの花のように美しい。対して、テンジン・ヌモは何万という牛や羊を持つ大金持ちの娘だが、悪魔のように醜い顔と心の持ち主で、誰にも恐れられていた。
王子が猛反発したので、王は妥協策として両方の娘と結婚することを認め、先に男児二人と女児一人を生んだほうを正妃にせよと言った。
そして王子は二人の妻を持った。ダワは働き者で優しく、召使にまで好かれた。王子の愛は勿論ダワの上にあり、テンジンは冷たく捨て置かれてダワを憎んだ。
一年後、ダワとテンジンは一緒に身ごもった。王子はどうかダワに男児二人と女児一人が生まれてくれと日夜祈ったが、いよいよ出産の時に、隣国の祭に遣わされて留守にせねばならなくなった。
王は、ダワとテンジンに命じた。
「男児二人、女児一人を生んだ者はホラ貝を吹け。そうでない者は羊飼いの笛を鳴らせ」
月のない夜、二人は子供を産んだ。ダワは男児二人と女児一人を生んだが、テンジンの生んだのは三匹の子犬だった。テンジンは侍女に命じて子供を入れ換え、ホラ貝を吹き鳴らした。王は喜んでテンジンに妃の冠を被せ、ダワを牢屋に入れた。貧乏人は最初から運に見放されているのだと決めこんで、彼女の言い分を聞こうともしなかった。
それから、王が子供の幸運を祈るために馬でラマ寺に出かけた隙に、テンジンは召使に言いつけ、ダワの目をくりぬかせて、地の滴る眼窩に煮えた油を注がせた。ダワの瞳は星のようでとても美しかったから、憎かったのだ。ダワはふためと見られぬ顔になり、一生出られぬ深い牢獄に繋がれた。
戻った王子は愛しい妻を見つけられず、以来、朝から晩まで
私の愛するケサンの花は枯れ
私の嫌う野イバラが 山の頂に咲き誇る
と悲しみの歌を唄った。ただ、三人の子供たちを見るときだけが幸せだった。王子はよく言った。「この子たちはなんてダワに似ているんだろう!」
これを聞いたテンジンは慌て、子供たちを
甕は川を流れ、九つの金の橋と九つの銀の橋と九つのトルコ石の橋を過ぎ、九つくねくね曲がり、ラケン山の下の河原に止まった。そこに貧しい水運びの老人が一人で住んでいたが、水汲みに来て甕を見つけた。貧しい自分では三人の赤ん坊の世話はできないので、三つの家に養育費を払って、一人ずつ預けて育ててもらった。
数年が経ち、子供たちは大きくなった。妹が言った。
「この先、まだよその家に世話になっていては、父さんがこれからもずっと水運びと芝刈りで稼がなくちゃならないわ。私たちもう大きくなったんですもの、働きましょうよ。父さんに少しは楽をさせてあげなくちゃ」
二人の兄も賛成し、水汲みの老人に言って一本ずつ
この話は城にも伝わった。その頃、王は死んで王子が後を継いでいたが、王妃となったテンジンは、噂話からその三兄妹がかつて自分が捨てたダワの子供たちだと気付いた。不安になった彼女は子供たちを殺そうと思い、貧しい老婆に変装して、大雪の晩に、水汲みの老人の家の前で倒れた。三兄妹と老人は老婆を家に運び入れて暖め、暖かいバター茶を振るまった。テンジンは子供たちの星の瞳を見ていよいよ恐ろしくなり、早く殺してしまいたいと思った。老人が夕ご飯を食べて行ってくださいと勧めたので、これ幸いと、お礼の菓子を差し出した。
二人の兄がその菓子を受け取ろうとしたが、突然、妹は昨夜見た夢を思い出した。小馬が「明日人からもらったものは、決して食べちゃダメだよ」と言う夢だった。それで菓子をひとかけ犬にやると、犬は鳴きながら転げまわって血を吐いて死んだ。テンジンはその隙に逃げてつかまらなかった。
子供たちは何故あの老婆は自分たちを殺そうとしたのか悩み、父に尋ねた。水汲みの老人は、彼らを河原で拾った話をした。子供たちは泣いて言った。
「美味しい草がいっぱいあっても、母さん羊がどこにいるのか判らなかったら、子羊はどんなに悲しむことだろう! 小鳥が自由に飛べても、母さん鳥がどこにいるのか判らなかったら、その胸に飛び込んでいけないじゃないか! 父さん、僕たちきっと本当の父さん母さんを探し出して、僕らを殺そうとしたあの婆さんが誰だか突き止めてやるよ」
子供たちが色んな人に話を聞いてまわるうち、こんな話を教えてもらった。
「ずっと遠くに神の山があって、そこに”パイパンハソン”という幸せの鳥がいる。その鳥を手に入れれば何でも判るようになると言うよ」
まず、長兄が出かけていった。三つの大きな川と三つの大きな山を越えて神の山に着いたが、あまりに広くて途方にくれた。すると、一人の老婆が羊の毛を紡ぎながらやってきた。訳を話すと老婆は言った。
「この毛糸玉をあげるから、これの後についてお行き。これが止まったら、側の白檀の木に向かって、三度大きな声で「パイパンハソン」って呼べばいい。ただし、どんなことがあっても絶対振り向いてはいけないよ」
「ありがとう!」
長兄は転がる毛糸玉に付いて山の頂上に着き、白檀に向かって「パイパンハソン!」と呼びかけた。すると後ろからとても綺麗な鳥の鳴き声がしたので、思わず振り向いた。途端に彼は白檀の木に変わった。
一ヶ月経っても長兄が帰らないので、次兄が出かけた。同じように老婆の教えで山の頂上に行き、「パイパンハソン!」と呼びかけると、後ろからとても綺麗な鳥の声がした。しかしじっと我慢して、もう一度「パイパンハソン!」と呼びかけた。すると更に綺麗な声が聞こえたので、我慢しきれずに振り向いてしまった。途端に白檀の木になった。
また一ヶ月経って次兄も長兄も帰らないので、老人がとめるのも聞かず、末の妹がでかけることにした。止める老婆をおしきって同じ手順でパイパンハソンを呼んだが、妹はじっと我慢して、三度目まで振り向かなかった。すると、肩に緑色の小鳥が一羽とまり、こう唄った。
貴い白檀の木は神の山にだけ繁るもの
この幸せ鳥は本当の勇気のある人のもの
妹がパイパンハソンに「私の兄さんたちを探して」と頼むと、小鳥は白檀の木に向かって三度鳴いた。途端に、兄二人の魔法が解けて元の姿に戻った。兄妹三人は、鳥を連れて喜び勇んで家に帰った。
家に帰ると、パイパンハソンは望むまま、これまでのことを全て教えてくれた。三兄妹は必ず母の仇をとろうと誓い合った。ちょうどそこに、三人を王宮へ招待したいという王妃の使いがやってきた。
テンジン王妃は、三兄妹が幸せ鳥を手に入れたという噂を聞いてますます恐ろしくなり、椅子にもご馳走にも全て毒をしこんで、三人を招いたのだった。しかし、予めパイパンハソンの助言を受けていた子供たちは、椅子にも座らなかったしご馳走も食べなかった。
そこへ王がやってきた。王は三人の子供の顔を見ると、とてもよく見知っている人のような気になった。
「みなさん、どこかで会ったことがありますね。特にこのお嬢さんには」
妹の肩にとまっていたパイパンハソンが王に向かって唄った。
サラサラ流れる小川の数々
みな雪山が源なのに
雪山よ、何故それがわからないの?
この年若い兄妹はあなたの実の子供なのに
王よ、何故それがわからないの?
「えっ、私の子供だって!?」
王は驚いて叫び、パイパンハソンはこれまでのことを全て話した。王はすぐにテンジンを捕らえ、牢屋からダワを救い出した。ダワは目を失い、骨と皮ばかりになって息も絶え絶えだったが、パイパンハソンが星空に飛んで一番輝く二つの星をくわえて戻ってダワの目に入れると、元よりもっと美しくなった。
親子は再会を喜び、水運びの老人も城に呼んで、みんなで仲良く幸せに暮らした。
参考文献
『世界むかし話(全十七巻)』 ほるぷ出版
※実に様々なシンデレラ〜善い娘と悪い娘系モチーフが入っている。
貧しい娘と王子の結婚、妬む女の手ですり替えられる子供、継子を憎んで殺そうとする継母(白雪姫風ではあるが)、もの言う小馬、山姥、糸のつむとおむすびころりん、鳴いて罪を暴く鳥。
一方で、また別の、しかし興味深い要素もある。川を流れる容器の中の子供を、貧しい芝刈り(水汲み)の老人が拾い、子供は老人に富をもたらすという小さ子譚のモチーフなど。畑を耕すと宝が出るくだりは、「花咲爺」をも思わせる。
羊飼いの娘ダワ・ドルマと王子の馴れ初めは語られていないが、シンデレラたちの多くががちょう番や羊・牛の番をしていたことと考え合わせると、シンデレラ的な物語がそこにあったのではないかと思わせる。
人語を喋って忠告するパイパンハソンは、妹の夢に現れて警告した喋る小馬と併せ、シンデレラ系の話に度々出てくる「もの言う動物」である。一方で、目を潰されてけして出られぬという深い牢獄に入れられていたダワは「死」の状態にあったといえるので(普通、眼窩に煮えた油を入れられたら死ぬだろう)、彼女に 目をはめこんで甦らすパイパンハソンは、ダワ自身の魂だったと見ることも出来る。子供たちが神の山(冥界)から母の魂を呼び戻したのだ。
この話の類話はグリム童話にも入っており(『三羽の小鳥』(KHM96))、マケドニアなど、西欧の他の国でもかなり見かけ、イタロ・カルヴィーノ再話のイタリア民話「みどりの小鳥」としても知られる。ただ、西欧系のものは冒頭が異なる。三人姉妹が「私が王様と結婚できたら○○してあげる」などと語り合っていて、それを聞いていた王が「金の髪に真珠の歯の男の子二人と女の子一人を産んであげる」などと言った末娘を妃にする。姉二人は妬み、妹の産んだ子を犬と摩り替えて川に流す。「かわいい子牛」と同系統の導入である。以下は大体同じ。子供たちは庭師など貧しい老人に拾われて健やかに成長するが、そこに姉(魔女)が来て「この素晴らしい場所に○○があれば完璧なのに」などと言って冥界の宝を取ってくるようにそそのかす。兄二人は冥界の幸福の鳥を取るのに失敗して石になり、末の妹が成功して兄たちを救う。鳥は王の前で真相を歌い、妃は牢から出されて命の水で息を吹き返す。
この原型は『千夜一夜物語』にある。メーテルリンクの創作『青い鳥』の原型の一つともされる。
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