昔、ナポリにある大公殿下がおられました。奥方を亡くしてからは、一人娘のゼゾッラに最大の愛情を注いで、編み物や針仕事など教える女家庭教師のカルモジーナをつけて立派なレディに育てようとしていました。
やがて大公は再婚しましたが、意地悪で怒りんぼうの奥方とゼゾッラの関係は上手くいっているとは言いがたいものでした。
「先生、今日も継母さんは私に辛く当たったの。あの人は私のことが嫌いなんだわ。あぁ、あの人じゃなくて先生が私のお母さんだったらよかったのに!」
ゼゾッラは毎日のようにカルモジーナにそう訴えていましたが、とうとう彼女も魔がさしてしまって、こう言いました。
「お聞きなさい、ゼゾッラ。今のお母さんが亡くなったなら、私があなたのお母さんになれるでしょう。あなたがお父さまに、私を新しい奥方にしてくれるよう頼むのならね」
「先生なら私のことを可愛がってくださるのは分かっています。だから、どうしたらよいのか教えて。言う通りにしますから」
「よーく聞くのよ。お父さまが留守のときに、お母さんに『今着ている服を汚したくないから、蔵の大きな衣装箱にしまってある古い服を出してください』と頼むのです。あの人はあなたがボロ服を着ているのが好きだから、喜んで箱を開けに行くでしょう。そしてあなたに『箱の蓋を持っていなさい』と言うでしょうが、お母さんが箱の中をかき回しているとき、急に手を離して蓋を落として、首を折ってやりなさい。後の始末は心配いらないわ。お父さまはあなたのためならニセ金だって作りかねないほどなんだから。それから、お父さまに甘えて『先生をお母さまにして』と頼みなさい。そうしたらあなたは幸せになるし、私もあなたが望むままに可愛がってあげますよ」
これを聞くとゼゾッラは一日千秋の思いで機会を待ち、とうとうカルモジーナの指示通りに事を運んでのけたのでした。
ゼゾッラは父親に家庭教師を新しい妻にするようにせがみました。大公は最初は冗談かと思い、あまり乗り気ではありませんでしたが、娘があまりにせがむので、とうとう彼女を奥方に迎えることに決めました。盛大な祝宴が開かれ、カルモジーナは大公妃になりました。
その夜、新婚の夫婦が奥で睦みあっている頃、ゼゾッラがバルコニーに佇んでいますと、壁のところに鳩が飛んできて言いました。
「何か願い事があったら、サルディーニァ島の妖精鳩に願ってごらん。何でも叶えてあげますよ」と。
ゼゾッラは新生活の期待に胸膨らませました。
しかし、可愛がってもらえたのは五日か六日の間だけでした。新しい継母はお城に自分の六人の娘たちを呼びよせて大公に取り入らせたので、大公は実の娘にはとんと構わなくなりました。ゼゾッラは女中同様の扱いを受けて、かまどの隅に追いやられ、いつも灰まみれになって縮こまっていました。そんな彼女を見て、継母や義姉妹たちは「灰まみれのメス猫」と呼んで嘲笑うのでした。
間もなく、大公は重大な政務のためにサルディーニァ島に行かねばならなくなりました。彼は娘たちにどんなお土産がいいか尋ねます。(ゼゾッラに対しては、まるでからかい半分で尋ねました。あれほど可愛がっていた娘なのに。)六人の娘たちはそれぞれ高価で女の子らしいものを望みましたが、ゼゾッラは
「どうか妖精鳩によろしく言って、私にお土産をくれるように伝えてください。これを忘れるとどうにもこうにも出来なくなりますよ」
と言うだけでした。
大公は出かけてサルディーニァ島での仕事を片付け、継娘たちに頼まれたお土産も買い揃えましたが、ゼゾッラに頼まれたことはすっかり忘れていました。そして帰りの船を出港させようとしましたが、どういうわけか全く動きません。まるで大海蛇が邪魔でもしているかのようです。船長がくたびれ果てて眠り込むと、夢枕に妖精が立って「この船にお乗りの大公殿下が実の娘との約束を忘れたから船は動かないのです」と言いました。船長にこれを伝えられた大公は動揺し、ようやく妖精が棲むという洞窟を訪ねて「娘からよろしく。何か土産の品を」と頼んだのでした。するとまあ、洞窟の中から裳裾をなびかせながら美しい乙女が現われ、
「娘さんに『言伝をありがとう、私にすがって元気をお出しなさい』と伝えてください」と言って、金のなつめの枝と、金のシャベルと、金の桶と、絹のハンカチをお土産にくれました。それからは何事もなく船は出港し、無事に帰ることができたのです。
帰宅した父親からお土産を受け取ったゼゾッラは大喜びし、金のシャベルで土を掘ってなつめの枝を植え、金の桶で水を汲んでかけてやり、絹のハンカチで拭きました。すると、なつめの枝はあっという間に根付いて、四日もすると女の人くらいの背丈になりました。そしてその枝の間から美しい妖精が現れたのです。
「ゼゾッラ。何が欲しいの?」
「義姉さんたちに知られないように、時々着替えて外に出かけられるようになりたいの」
ゼゾッラは願いました。綺麗な服は欲しいけれど、持っているのが知れたら、義姉妹たちに取り上げられてしまうのは判りきっていたのです。
妖精は承知して、服を着替えるための魔法の呪文を教えてくれました。
やがてお祭りの日が来ると、六人の義姉たちはゼゾッラを炉端に取り残して、ケバケバしく着飾って出かけていきました。ゼゾッラはなつめの木のところへ飛んでいって、教わった呪文を唱えました。
おお、私の金色のなつめの木
金のシャベルでお前を植え
金の桶でお前に水をやり
絹のハンカチでお前を拭いた
だから、お前の服を脱いで私に着せておくれ
あっという間にゼゾッラは女王様のように着飾って、綺麗な制服を着た十二人のお供を従えて白馬に乗っているのでした。
ゼゾッラがお祭りの会場に行きますと、義姉たちを含めて、彼女の姿を見た人々はみんなその美しさに恍惚となりましたが、それは居合わせたこの国の王も同じでした。王は腹心の者に彼女の住所と氏名を調べてくるように命じました。そこでこの従者はゼゾッラの後を尾けたのですが、気づいたゼゾッラは、予めなつめの木に出してもらっておいた金貨を一つかみ投げました。従者はキラキラした金貨に目がくらんで拾い集めるのに夢中になり、その間にゼゾッラは家に駆け込むと、
おお、私の金色のなつめの木
金のシャベルでお前を植え
金の桶でお前に水をやり
絹のハンカチでお前を拭いた
だから、私の服を脱がせてお前が着ておくれ
と唱えて急いで着替えてしまいました。
六人の義姉たちも間もなく帰ってきて、ゼゾッラを羨ましがらせようとお祭りで見た素晴らしいものの数々を詳しく喋って聞かせました。
一方、王は従者の報告を聞いてカンカンになり、次の祭りの日には必ず調べ上げろと命じていました。
次のお祭りの日も、やはり義姉たちは飾り立てて出かけて行き、ゼゾッラは留守番役でした。ゼゾッラがなつめの木のところに駆けつけて呪文を唱えますと、まあまあなんと、鏡、ヘチマ水のビン、カール用のこて、紅、櫛、ピンにドレス、首飾りに耳飾を持った幾人もの少女が列をなして出てきて、ゼゾッラを囲んでお日様のように美しく仕上げてから、衣装を着た従者と小姓付きの六頭立て馬車に乗せました。ゼゾッラは以前と同じ場所に乗り付けて、義姉たちの胸に羨望の、王の胸に恋の炎を燃え立たせたのでした。
ゼゾッラが帰途につくと、またもや王の従者が後を尾けてきました。ゼゾッラは一握りの真珠と宝石を投げました。すると、今度も従者はそれを拾わずにはいられないのでした。この報告を聞いて、王は烈火のごとく怒って「あの娘を見つけないと、お前のひげの数だけお前の尻を蹴ってやるぞ」と言いました。
また次のお祭りの日、大勢の制服のお供を従え金の馬車に納まったゼゾッラは、さながら名うての娼婦がお巡りさんに取り囲まれているようでした。今度は、王の従者は自分の馬車に縄で体を縛り付けていました。そうしてどこまでも付いて来るので、ゼゾッラは馬車をどんどん急がせました。馬車はガタガタ大揺れに揺れて、とうとう、ゼゾッラの履いていた美しい木靴(靴に重ねて履く、高さ三十センチもの厚底の上履きで、当時流行した)が片方脱げて、落っこちてしまいました。従者は羽が生えたように早いゼゾッラの馬車に追いつけず、その靴を拾って持ち帰り、王に報告しました。王は靴を手にとって、思わず口走りました。
「こんな土台に建つ館はさぞ美しかろう。おお、この身を焼き尽くす"可憐なロウソク"の燭台よ、おお、我が身を煮えたぎらす"愛らしき大鍋"の
それから王は大臣を召して、ラッパと角笛を吹き鳴らし、ナポリ中の女という女を一人残らず招待して、王の名において祭りを催すようにお触れを出させたのです。
その日になりますと、まあ、なんという食べ放題のご馳走だったでしょうか。山盛りのタルトにケーキ、一連隊分ものシチューにクロワッサン、マカロニとラビオリはどうでしょう。女という女、あらゆる身分、タイプ、上品なのも下品なのも、金持ちも貧乏人も、老いも若きも、美しいのも醜いのも、皆が一堂に集まりました。全員がたっぷり飲み食いした後、王は乾杯してから一人一人にあの木靴を履かせて回ったのです。上手くいけば、捜し求める女が足を頼りに見つかるはずでした。ところがただ一人としてピタリと合う足はなく、王は絶望寸前になりました。
王は皆を静まらせ、「明日は潔斎の日だ。もう一度ここに集まって、私と共に断食精進をつとめるのだぞ。王のために誰であろうと、ただ一人の女も残さずに ここに来るのだ」と命じました。そこへ大公が
「私どもに娘がもう一人おりますが、なにぶん、みじめったらしいロクでなしで、いつもかまどの側で留守番をしておりますゆえ、こちらで皆様と共にテーブルにつくことも出来かねます」と申し上げますと、王は「その者を第一に連れてくるのだ」と命じたのでした。
あくる日、女たちは再び揃って参上し、ゼゾッラも義姉たちと一緒にやってきました。王は一目で目当ての乙女だと分かりましたが、そこは黙っておいて、祝宴が済んでから靴合わせをしました。木靴がゼゾッラの前に置かれた途端、まるで鉄が磁石に吸い付くように、美しいゼゾッラの足に飛びつきました。王はゼゾッラを腕に引き寄せると、妃の玉座に導いて冠を載せてやり、女王として敬うように一同に命じたのでした。
六人の義姉たちは嫉妬のあまり土気色になり、心臓が破裂しそうになって、我慢できずにそっと家に這い戻りました。そして母親に、悔しいけれども
運命の星に逆らうことはできない
という教訓を伝えたのでした。
参考文献
『ペンタメローネ[五日物語]』 バジーレ著、杉山洋子・三宅忠明訳 大修館書店
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.
※ディズニーアニメのメイン原作となったペロー版の「サンドリヨン」の原型の一つとされる話。ペローより半世紀以上昔に書かれている。最後にちょっとずれた訓戒がつくのは、この時代の物語集のお約束? 主人公が最初の継母を殺害している辺りが驚きだが、中近東辺りのシンデレラ話でも同様のモチーフを見る事が出来るので、そちらから伝わってきた古い形の物語なのだろう。他の部分からしても、恐らくイスラム文化圏の物語の翻案ではないかと思う。潔斎日として断食してるし……。最後に教訓として「運命の星に逆らうことは出来ない」とあるが、次のイランの類話「月の顔」ではシンデレラの額と顎に運命の印が星のように輝いている。
ペローは流石にこの殺人のくだりはまずいと判断したと見え、まるまる採用していない。
正体を知ろうと後をつけてくる王子の家臣をまくために、宝石や金貨を撒き散らすと、家臣はこれを拾わずにはいられない。同様のモチーフは「灰娘」にも見えるが、これらの金貨や宝石はなつめの木からもらっておいたもので、生命の木から手に入れる生命の果実を俗的にアレンジしたものかと思う。これを撒くと、どういうわけなのか家臣は拾わずにいられない。拾いたくなるのを律するために、己を馬車に縛り付けなければならなかったくらいである。「一つ目、二つ目、三つ目」では、隠れさせられている二つ目が騎士に自分の存在を知らせるために黄金のリンゴを転がす。「カトリンが胡桃をぱちんと割った話」でも、カトリンが妖精の子の注意をそらすために胡桃を転がす。
ギリシア神話のアタランテーの物語で、走って逃げる俊足のアタランテに勝って妻にするため、メラニオーン(または、ヒッポメネース)が三個の黄金のリンゴを転がすと、アタランテーは立ち止まって拾わずにいられずに負けてしまうエピソードがあるが、生命の果実は、転がせば注目し拾わずにはいられないものであるらしい。
日本神話で、イザナギが冥界下りをして現界に逃げ帰るとき、追手を足止めするために髪飾りや櫛を投げつけて筍やぶどうを出すと、追手は立ち止まってそれを貪り食わずにいられない。このように、次々とアイテムを投げつけて追っ手を足止めして逃げるモチーフを"呪的逃走"というが、ゼゾッラがしたように、生命の果実を投げつけて注意を引いたり逃げ出したりするのは、その縮小版ということだろうか。
それにしても、父親の大公はヒドいヤツだ。
参考--> 「灰かぶり」「白雪姫」の註内、「奴隷娘」
ある商人の夫婦にファティマという一人娘がおり、
一方で、例の酢の入ったかめに不思議なことが起こっていた。中から、一頭の黄色い牝牛が出てきたのだ。これは死んだ母の化身した姿だった。
さて、再婚すると、継母はファティマに辛く当たるようになった。食事は腐ったパンで、黄色い牝牛の世話や綿の糸紡ぎは全て彼女に押し付けられ、しかも糸を紡ぐ道具は与えられない。それで上手く出来ないとぶたれるのだった。
ファティマが泣いていると、黄色い牝牛が口をきいて、私がやってあげよう、と言う。そして綿をみんな食べてしまった。けれど、夕方になると、牝牛は糞の代わりに綺麗に紡いだ糸を出した。(単に噛んで吐くと糸になっていたと語ることもある)
こんなことが次の日にも起こり、また次の日にも起こった。ところが、この三日目に、糸が風で飛んで井戸の底に落ちてしまった。
牝牛は言った。
「しかたないね、井戸の底まで糸を取りに行ってごらん。そこにバールザンギーという山姥がいるはずだから、「
それで、ファティマが井戸の底に行くと、本当にバールザンギーが出てきて、挨拶して説明をした彼女を部屋の中に入れてくれた。中は宝石で一杯だったが、ファティマは糸しか取らず、むしろ掃除までした。それから梯子を登って帰ろうとすると、バールザンギーが井戸の底から揺さぶってくる。ファティマがなにも盗んでいないか調べようとしたのだ。もちろん、彼女は何も盗ってはいなかったので、何も落ちてくることはなかった。バールザンギーは「この子の額に月がつくように!」と祈り、ファティマが地上に登りつくと、更に「この子のあごに星がつくように!」と祈った。ファティマの額には月、あごには星の輝きが宿って、それは美しくなったが、牝牛はそれを人に見られないほうがいいと言い、布を巻いて隠しておいた。
(別伝では井戸の底にいるのはディヴァ(魔神)で、「それに敬意を表し、命じられたことは全て反対にせよ」というのが牝牛の言いつけだ。(これは、死者は生者と何もかもが反対だという思想が根底にあるからだと思われる。ディヴァは冥界に属する存在であり、死者の霊なのだ。)ディヴァは皿を割れとか家を壊せと命令するが、ファティマは皿に水を満たし、家を掃除する。感心したディヴァが宝物庫を開けてくれるが、彼女は探していた木綿の糸だけとって宝石を盗まなかった。ディヴァはますます感心し、額に月をあごに星をつけてやる。ファティマはそれを隠して家に帰る)
さて、ファティマは顔についた月と星を隠していたが、そのうち、継母は暗い場所での彼女の輝きに気付いて、事情を白状させた。継母は継娘の幸福に嫉妬し、自分の娘にも同じ幸福を与えようと、牝牛に糸を紡がせ、糸を井戸に落として、底に入らせた。けれど、ファティマはこの義姉妹に正しい忠告を与えてやらず、むしろ嘘を教えたので、娘は色々と魔物を不快にさせた挙句、宝石を盗んで怒りを買った。「お前の額からロバのペニスが、あごからは蛇が生えるように!」魔物はそう唱え、娘はひどく醜くおぞましくなった。いくら切っても翌日にはまた生えてきて、取り返しがつかないのだった。(別伝では生えるのはサルの耳と尻尾)
継母は、これは牝牛のせいに違いない、と思った。自分の娘がこんなにも不幸になったのは。彼女は仮病を使い、夫に「あの牛を食べなければ私は死んでしまいます」と訴えた。
一方、ファティマはようやくこの牝牛が死んだお母さんだと気付いて、甘い豆やパンを食べさせていたが、牛は泣き出して「私は今日殺されるわ」と言い始めた。
「あの女が、夫を丸めこんで また私を殺そうとしている。ああファティマ、どうかお前だけは私の肉を食べないでおくれ。私の骨を集めて袋に入れ、埋めて隠しておきなさい」
ファティマは哀しんだが、どうにもならない。それで牝牛の遺言にしたがって、骨を埋めて隠した。
数日後、別の町で結婚式が行われることになり、家中の者がその宴会に出かけていった。留守番のファティマには混ざった粟とトグー(どちらも小さな種)をより分け、水溜を涙で満たしておけと言い置いた。
ファティマが泣いていると、ひよこをつれためんどりがやってきた。あの牝牛と同じように、めんどりはファティマを慰め、てきぱきと仕事の指示をした。
「水溜には塩水を入れておきなさい。どうせ本当に涙かなんてわかりはしない。種はひよこたちに選り分けさせておきます。さあ、お前は家畜小屋に行って、着替えて馬に乗って披露宴に出かけなさい。そうそう、どこかで靴が片方脱げたとしても、拾ってはいけないよ」
それでファティマが家畜小屋に行くと、そこには見たこともない綺麗な晴れ着と、金の靴と、魔法の馬が用意されてあった。
ファティマは披露宴に行き、額とあごの輝きを隠して踊った。
「あら、あれはファティマじゃないの?」
義姉妹が気付いて声をあげた。ファティマは動転して急いで帰ろうとして、靴を片方、池に落としてしまった。帰りつくと、魔法の馬はあのめんどりに変わった。
さて、さる王子が自分の馬に水を飲ませようと思って、池にやってきた。ところが、馬はこの水に近寄りたがらない。王子は水の中にかたっぽの金の靴が落ちているのに気付いて拾い上げた。
なんて綺麗な靴だろう。こんな靴が合う女性を妻にしたいものだ。
それで靴の合う女性を探し始めたが、なかなか合う人がいない。とうとうファティマの家にやってきたが、ファティマはかまどの中に隠れていた。
おんどりがかまどの上で鳴いた。
かまどに月がいる
そこに頭がある コケコッコー
足はどこだ ガラスのような
そこに頭がある コケコッコー
それでファティマは見つけられ、靴を合わせてみるとぴたりと合った。王子はファティマを妻に迎え、二人は幸せに暮らした。継母と娘はひどく悔しがり、悔しがりすぎてついには死んでしまった。
(別伝では、牝牛の死ははっきりと語られていない。家族が披露宴に出かけた後、牝牛の角の片方からおんどりとめんどりが出てきて豆の選り分けをやってくれ、同じ角から塩水が出てきて涙の代わりにこね鉢を満たす。そして別の角からは晴れ着が出る。ファティマはそれを着て披露宴に行き、列席していた王子がそれを見染めて追いかける。ファティマは小川を飛び越えて逃げ、靴の片方を水に落とす。そしてかまどの中に隠れるが、おんどりがかまどの上で鳴いて居場所を教え、みつかって靴を履き、王子と結婚する。)
参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.
※この話に入っている要素は色々と興味深い。
まず、ファティマの母が酢の満ちた かめまたは樽に落ちて死ぬところ。ギリシア神話にクレタ島の王子がはちみつの満ちたかめに落ちて死に、その後生命の草で甦る話があるが、古代、はちみつは防腐剤として用いられ、また再生の魔力があるとて、かめ棺におさめる死体に塗られたと言う。「はつみつの壺に落ちる」とは死の一般的な隠喩だったらしい。そして、酢は一般に食物保存の防腐剤として用いられているのだ。ファティマの母はこのかめの中で死に、牝牛に再生したわけで、象徴的なものを感じる。
また、ギリシア神話等を見ていても、古くから牝牛は月の化身として扱われていたようだが、顔に月を宿したファティマの母は黄色い牝牛で、これはどう見ても「月」を表している。月は欠けては満ちるので再生の魔力をもつとされており、殺されては復活するこの母に相応しい。
別伝で、ファティマは小川を飛び越える時に靴を片方落とすが、川は境界線の象徴なので、魔法の時間が終わった、変身が解けたという意味に取れるかもしれない。しかし本伝として扱った話のほうでは単に池に落としていく。この物語において、靴は必ず水に落ちねばならなかったらしい。何故だろう? 「ロドピスの靴」や「二人の兄弟の話」のように、このモチーフが本来は「女が水浴びしていたとき、髪や靴が失われて男の手に渡る」というものだったからなのだろうか。
最後、ファティマはかまどに隠れる。かまどは井戸と同じ象徴的意味があり、うつぼ、つまり女性の子宮(地獄)であって、そこに隠れてから出てきたというのは、一度母の胎内に入って生み直された(変身した)という意味を持つ。
また、おんどりが鳴くことでファティマが隠れ場所から出るのは、天の岩戸の神話、すなわち にわとりによる太陽の呼び出しを思い出させる。
参考--> 「灰娘」
ある日、多くの娘達が野原で輪になって糸を紡いでいた。と、一人の老人が来て、娘達の側の地の割れ目を指して言った。
「気をお付け。もしあんた方の誰かがここにつむを落とせば、その母親は牛になるよ」
好奇心から娘達は地の割れ目を覗き、中で一番美しい娘・マラのつむが中に落ちた。家に帰ると、はたして母は牝牛になって家の前で鳴いていた。
やがて父は再婚したが、継母はマラを虐待した。マラは着替えも洗顔も髪梳きも禁じられ、汚れて、
やがて継母は牝牛がマラを助けていることに気付き、夫に迫って屠殺を約束させた。泣くマラに牝牛は言った。
「私の肉を食べずに、骨を集めて ある石の下に埋めなさい。この先困ることがあったら、そこに来るんだよ」
マラはその通りにした。
それからしばらくして、継母は実娘と教会に行き、マラには家中にわざと撒いた穀粒拾いと正餐のしたくをいいつけ、出来ていなければ殺すと脅した。困り果てたマラは牝牛の墓へ行った。と、墓の前には開いたままの衣装櫃が置いてあり、それにとまった二羽の鳩が
「マラ、好きな晴着を着て教会にお行きなさい。穀粒は私たちが拾っておいてあげるから」
と言う。マラは最初に出した上等の絹の晴着で教会に出かけ、人々の歓心、特に王子の心を奪った。それから一足先に帰って晴着を櫃に戻すと蓋が閉じて見えなくなり、家人が戻った頃には穀粒は拾われ正餐のしたくは出来ていて、”ペペルーガ”はいつもの汚い格好をしていた。
次の日曜にはマラは銀の晴着で出かけ、同じ事が起こった。その次の日曜、金の晴着のマラが席を立つと、王子も立ってマラを追い、慌てたマラは右の上履きを落とした。王子はこの上履きを手がかりにマラを探し、ついにマラの家にやってきたが、継母はマラを洗い桶の下に隠して自分の娘に上履きを履かせようとした。しかしどうやっても履けないと判ると、他に娘はいないと言い張る。だが、その時オンドリが鳴いた。
コケコッコー、娘は洗い桶の下にいるよ
王子が見ると、金の装いで、ただ、右の上履きだけがない美しい娘――マラが出てきた。こうしてマラは王子に見出され、結婚した。
三人の娘を持った未亡人がいた。末娘はまだ幼く、モーリンという名だった。
さて、上の娘二人は母親を憎んでいた。それで鍋に湯を沸かし、その中に母親を突っ込んで殺して、煮溶かしてしまった。残ったのは骨だけだった。モーリンは骨を集め、エプロンに包んで庭の隅に置いた。彼女はヤギの番を言いつけられたが、毎日骨のところに行って泣いていた。
ところがある日、いつものように骨のところに行くと、小さな白い子猫がエプロンの中から出てきた。子猫は言った。
「いつまでもここにいても、姉さん達に苛められるばかりだよ。付いていってあげるから、家を出ていこう」
それで小さなモーリンは子猫と一緒に家を出た。
長い長いこと歩き、遠い町に辿りついた。モーリンはその町の分限者のお屋敷の女中にもぐりこむことが出来た。毎日、灰掃除やがちょう番をやって、金曜日になると出かけて子猫に会って、その週にあったことを色々話した。それが子猫と別れた時の約束だったから。
「職場は気に入ったようだね」と子猫は言った。「この町では毎週土曜日に市が立つよ。明日、多分お前は留守番になるだろう。若旦那が戻ってきて手袋のことを訊くだろうから、綺麗な白布に包んで渡しなさい。それが済んだら私のところにおいで」
翌日、そのとおりになった。モーリンが子猫のところに行くと、子猫は燈芯草で綺麗な服を作ってくれ、また、燈芯草から風より早い灰色の馬を出した。
「さあ、この服を着て、この馬に乗って市の立っている草原へお行き。若旦那にどちらから、と訊かれたら、手袋の町から、と言うんだよ」
モーリンは服を着て馬に乗って市に行った。彼女の美しさに人々は驚いた。若旦那は「お嬢さん、どちらから来ましたか」と訊いた。この娘がさっき自分に手袋を手渡した女中だとはまるで気付いていなかった。「手袋の国からですわ」そう答えてモーリンは駆け去った。若旦那は追いかけたが、彼女の乗った灰色の馬はあまりに早くて、追いつくことが出来なかった。
その日、市から帰ってきた同僚の人たちは口々に「素晴らしい美人が来ていたよ」と言い、「来週は行ってごらん」とモーリンに勧めてくれたが、モーリンは首を横に振った。
次の金曜日も、モーリンは白猫に会いに行った。そして先週と同じ事が起こった。今週 若旦那が忘れたのは拍車で、市に出かけたモーリンは、逃げる時に手綱を若旦那に取られた。けれど、何とか逃げ去った。子猫に予め聞いていたので慌てなかった。そしてまた次の週、若旦那の忘れたのは鞭で、モーリンは逃げる時に靴を取られた。でも、子猫が「取られるだろうけど、構わずに逃げておいで」と言っていたので、そのまま逃げて行った。
若旦那は、残された靴の合う女性を妻にすることにした。近隣の女性が集められ、五、六人ずつ呼ばれて靴を履いた。中にはつま先やかかとを切っている人もいた。
けれど、この女性たちの中にモーリンは入れてもらえていなかった。みっともないから、と長持の中に閉じ込められていたのだ。
すると、あの白い子猫がやってきて、長持の上で鳴いた。
にゃお にゃお
お櫃の中のモーリンは
靴がぴったり合いまする
「うるさい猫だ!」と、子猫は蹴飛ばされた。それでもまた長持の上にあがって鳴くのだった。
にゃお にゃお
お櫃の中のモーリンは
靴がぴったり合いまする
若旦那はついに長持を開けさせた。そしてモーリンに靴を履かせると、ぴったりと合った。
「靴が合った。私はこの娘と結婚する」
若旦那は言い、翌日が結婚式になった。
けれど、モーリンは生きた心地もしていなかった。彼女には婚礼衣装はおろか人前に出ていけるような服も何もなかったから。
「このままじゃ行かれません」
モーリンは子猫に会いに行かせてもらった。会うと、子猫はまず、例の靴の片方をくれた。そして燈芯草で作った、最後の土曜日に着たあの虹色の服と灰色の馬を出してくれた。
「うまくいくようにね。いいあんばいに幸せになってくれて嬉しいよ」
子猫は言った。
「ところで、ねえモーリン、私が本当は誰だか、分かるかい?」
モーリンは首を横に振った。
「私は、お前のおっかさんだよ。今日限りもう二度と会えないよ。だけど、お前には見えなくとも、きっとお前の側にいますよ。
お別れする前に、二つの力をあげよう。お前の指抜きは毎日蜜を流し、小鳥の群れが毎日歌を唄って聴かせてくれる。それから、ここにある灰色の馬とあの衣装をあげるよ」
目を細めて娘を見上げ、そうして、白い子猫は見えなくなった。
モーリンは衣装を着て、若旦那のところに帰った。若旦那はようやく、モーリンこそが捜し求めていたあの女性に他ならなかったことに気付いた。
こうしてモーリンは若旦那と結婚し、指抜きは蜜を流し、小鳥の群れは歌い、いつまでも幸せに暮らした。
参考文献
『世界の民話(全三十七巻)』 株式会社ぎょうせい
※…実はこの話とても好きなのです。涙腺が緩んじゃって…。母の愛って偉大だ。
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※冒頭の母殺しがぼかされているものの、内容的には殆ど先の「月の顔」と同じなのはお分かりかと思う。
地の底に糸のつむを落としてしまう冒頭は、「ホレおばさん」や「継子と井戸」と同じだ。ただ、あちらは主人公自身が地の底に行く―― 一度死ぬのに対し、この話では母が死んで牝牛の姿になっている。
もう一つ、ギリシアに伝わる類話を簡単に紹介しておこう。
一人の老女とその三人の娘たちが、「糸を切ったり紡ぎ棒を落としたりした者は、殺されて他の者に食べられなければならない」という取り決めをし、座って糸を紡いでいた。そして母親の紡ぎ棒が落ちた時、上の二人の娘たちは末娘が止めるのも聞かずに、本当に母親を殺して食べてしまった。末娘は母親の骨を集めて灰を入れる穴の中に埋葬した。四十日後、末娘が別の場所に埋め変えようと覆いを外すと中から光条が差し、骨の代わりに三着のすばらしい衣装「星のきらめく空」「花咲く春」「波立つ海」がそれぞれ輝きを放っていた……
以降は普通のシンデレラ型で、この衣装を着た娘は日曜ごとに教会に一大センセーションを巻き起こし、三回目に残した上履きが元で王子と結婚する。