その名は、本来は「部分、分け前、分配されたもの」を意味する。
通常、クロト(紡ぎ手)、ラケシス(分配者)、アトロポス(逃れえぬ者)の三姉妹とされ、長姉アトロポスが予言の決定権を持つ。アトロポスは姉妹のうちで最も体格が小さいともいうが、最も権力を持っている。また、彼女たちが運命を定める様子を「クロトが運命の糸を紡ぎ、ラケシスがその長さを決めて、アトロポスが断ち切る」と表現することもある。一番年少の女神が糸巻き棹、二番目のが”つむ”、最年長の女神がハサミを持っており、紡がれた糸をつむに巻いていく。一巻きは一年の寿命で、全部巻き上げられた糸は寿命の長さを現す。最年長の女神が糸を断ち切り、それにより人の寿命の長さが定められるという。
彼女たちは生後三日目の子供の揺りかごの傍らに急行し、その運命を定める。最年長のモイラは定めた運が成就されるように力を尽くす。民間で信じられているモイラは、人間一人一人に憑いて働きかける守護霊のような側面も持っている。
複数形はモイライ。ただし、モイラは必ずしも三人とは限らず、一人とされることもあれば二人や四人で現れることもある。
オルフェウス教徒によれば、モイラたちは天の洞窟に住んでいるという。その洞窟からは白い水がほとばしり、輝く池を作っている。――つまり、彼女たちは月に住んでいた。
オルフェウス教徒はモイラたちは白い衣を着ているというが、民話に登場するモイラたちは黒い衣を着たひどく醜い老婆である。
モイラの現代ギリシアでの呼び名。ミーレともいう。
運命の女神だが、観念的なもので人格神にはなっておらず、民話や神話には登場しない。一説には、テュケは姉妹のネメシスと共にモイラたちの助手役だったという。テュケはきまぐれで、無責任かつえり好みな仕事をした。自分の好きな人間には山のような幸運を与えたが、嫌いな人間にはどんなに勤勉でも徳があっても幸運を与えなかった。運とは不公平なものなのだ。
時に、テュケは盲目の女神として信仰された。
彼女は「たまたま出会う運」、つまりチャンスの女神だとも言われる。前髪しか無いのかどうかは分からない。
その名は「配給者」を意味すると思われる。一般には復讐の女神、または懲罰の女神として知られるが、彼女も運命に関わっている。彼女はテュケの姉妹で、テュケが幸運を与えた者がおごり高ぶればそれを不幸に突き落とし、テュケに見捨てられた不遇な有能者がいればそれに幸運を与えた。つまり、不当な運命に異を唱え、懲罰を与える女神である。
彼女は有為転変を示す りんごの木の車輪を持ち、傲慢な者を懲らしめるための鞭を腰帯に付けている。背に翼を持つとも考えられる。
運命の女神として民話に登場することは無い。
三人の老婆で、子供の誕生三日目に揺りかごの傍らに現れて子供の運を定め、子供の額に書き付ける。「それら三人の女たち」「それら三人の余所から来た女たち」とも呼ばれる。
ギリシアのミーラ(モイラ)が移入されたもの。「ミーレ」はアルバニア語で「良い、美しい、優しい」を意味するので、受け入れやすかったらしい。ミーリともいう。
これは本来、運命の女神とは無関係の守護女精霊だが、運命の女神と混交している。全ての人間には誕生時からオーラが一人憑いているという。
オーラたちは真夜中に山に集まり、岩の上のリーダーが集まったオーラたちに「今日誰が生まれたか、その運はどんなものか」を告げる。リーダーの顔が暗ければその子供には不運が、明るければ幸運が授けられている。
単数形も複数形も同じウルシトワーレ。
白い衣装を着た女性の姿をしている。古い文献に登場するのは「二人のウルビテレ」だが、現代の民間信仰では「三人のウルシトワーレ」になっている。ウルシテレ、ウルシトーレなど、方言によって呼び名が違う。子供の生後三日目に産室の窓の外に現れ、窓越しに子供を見て運命を定める。汚れの無い人生を歩んだ産婆だけがその姿や声を聞くことが出来る。産婆はウルシトワーレを称える歌を歌い、女神たちを呼び寄せる。
一説には、最年長のウルシトワーレアが糸巻き棹を持ち、二番目のソワールタ(運命を定める女神)が糸を紡ぎ、最年少のモワールテア(死の女神)がハサミで生命の糸を切るという。
出産の神。男性。産まれた子供の運を定めるらしい。
出産の女神たち。複数形はロジェニツィ。産まれた子供の揺りかごの傍らに現れ、運を定める。
運命を擬人化した女神。あらゆる人間には産まれた時からこの女神が憑いており、死ぬまで付きまとう。
運命の三女神。複数形はウリスニツィ。別名ウレシツィ、文語ではオリスニツィ。
この名はギリシア語の「ホリクセイン(定める)」に由来するらしい。
運命の三女神。複数形はナレチニツィ。
この名はスラヴ語の「narok(運命、運命の告知)」に由来する。
ウリスニツァとナレチニツァは、名前以外の部分は全て共通している。
この女神たちは子供が生まれて三日目の夜に揺りかごの傍らに現れ、その運を定める。三人の女神はみんな同じ年齢で、白い衣装を着ており、一人は燃えている
スディツァ、またはスドニツァ、スジェニツァ、スイェニツァ等の名(複数形はスディツェ、またはスドニツェ、スジェニツェ、スイェニツェ)は「suditi(判決する、裁く)」に由来し、「女裁判官、裁きの女神」を意味する。
この女神たちは白い衣装を着て、三人、または四人、五人、七人、九人で生後三日の赤ん坊の揺りかごの傍らに現れる。彼女たちは知られざる住処から疾風のように飛んでやってきて、軒下か窓や煙突を通って部屋に入る。年長の女神の発言が決定権を持ち、寿命の長さ、様々な禍福、特に結婚の運命を定める。
複数形はウスデ。「運命」を意味する名である。一般的に女神とされるが、しばしば男神とも考えられる。かなり新しく民間信仰に現れた神らしい。
複数形はロイェニツェ。「新生児と関わる女存在」というほどの意味らしい。他の呼び名にはソイェニツァがあるが、これはセルビア人とクロアチア人のスイェニツァと対応する。
彼女たちは三人の姉妹で、透明な体を持ち、ヴィーラ(スラヴの山の妖精)のように美しい。丸くて白い頬を持ち、純白の服に白い頭巾を被り、頭の頂には金銀ダイヤで出来た高価なアクセサリーをつけ、手には燃える明かりを持っている。夜に月が出ると、女神の透明な体はほのかに光り、その衣装は虹色に輝く。その姿は滅多に見ることは出来ないが、もしも見てしまうと体が硬直して動けなくなる。
彼女たちは神の命で人間の運命を定めている。夜、窓の前か産室にやってくるが、家族は誰もその姿を見ることが出来ない。見ることが出来るのはその家にいる第三者、子守女や行きずりの旅人や寝床を貸してもらった乞食くらいである。しかし産婦が常日頃から決して口笛を吹かないのであればロイェニツァたちの予言を聞くことが出来る。時々は、女神たちは知り合いの人の姿で入ってきてテーブルにつく。
ロイェニツァたちはヴィーラと混同されており、ヴィーラと特徴を共有しあっている。ヴィーラは日本で言うなら山女……美しい山姥といったところである。スロベニアではジァリク・ジューネ(ドイツ起源の山女らしい)なる存在がヴィーラと置き換えられて語られることが多いそうだが、このジァリク・ジューネもロイェニツァと関連付けられているそうである。
なおスロベニアでは、何故か十男(デセトニク)または十女(デセトニツァ)……同性の十番目に産まれた子供はロイェニツァと同一視される。
複数形はスディチキィ。三人姉妹であり、黄金の女(出産の女神?)がそれに先立って現れる。スディチカたちは白装束のすらりとした乙女か、あるいは愛らしいお婆ちゃんの姿をしている。深い森に住み、高貴な透き通るような姿で、青白い頬と燃えるような目を持っている。別の伝承によると、三人のうち二人は輝く絹の衣装と豪華な飾りを身に着けているが、三番目の女神は質素な衣装で、野の花の冠を被っているという。
チェコスロバキアには、運命の女神がやってくるのが生後三日目だとか、そういう日時の決まりはない。子供が生まれた真夜中にすぐに現れて、予言を聞かれないように産婦に眠りを贈る。その時、供え物が用意されていないと、女神たちは家の外に留まったまま子供に残酷な運命を与える。供え物があると手にロウソクを持って部屋に入ってきて、子供を抱き上げてテーブルの塩とパンの側に座らせ、運命を相談して定める。この相談を聞くことが出来たとしても口を挟んではならない。そんなことをすれば、女神たちは子供に悪い運を与えて立ち去るか、悪くすれば子供を絞め殺してしまう。話し合いが終わると、女神たちはロウソクを消して立ち去る。両親が敬虔な人物であれば、子供は特に守護される。なお、スディチカたちも黄金の糸を巻き取って人間の寿命の長さを決めるとされる。最年長のスディチカがその糸を断ち切る。
だが、新しい伝承になると、女神たちはその力を失わせていく。自分たちが子供の運を定めるのではなく、星占いや手相占いで、何か上位の存在が定めたその子の運命を「知る」ことになっている。
スディチカたちの姿は通常見ることが出来ないが、もしも姿が見たいなら、赤松か唐檜の枝の節の付いた薪を七日間、しだれ柳の下に埋めておいて、薪の節を聖ヨハネ祭(夏至)前夜のかがり火で焼いて穴を開けておく。この穴から覗けば、三人の女神たちが運命を定める様子を盗み見することができたという。
ウルメたちは目に見えない三人の女神(妖精)で、誕生の日か洗礼の日の真夜中にやってきて子供の運を定める。女魔術師は祈りや呪文で女神たちをおびき寄せる。
バルト民族の古くからの運命の女神で、幸運の女神、結婚や誕生の際に祝福を与える女神、助産の女神、独身女性の守護女神、農耕牧畜の守護女神でもある。その名はラトビア語の「lemti(運命を定める)」に由来するらしい。ライミナ、ライミン、ライメともいう。
ライマは他の民族の運命の女神たちと同じように三人で現れるが、時には単独で現れることもある。独りで現れる母神ライマは、どうやら三人のライマたちより古いものらしい。
リトアニアの妖精だが、ライマと名前が似ていたために混じり合ってしまったらしい。三人で窓辺に現れ、運命を授ける。女の子に対しては、特に結婚の運命を予言する。
ラトビアの運命の女神。キリスト教の聖女テクラから派生したものらしく、民話には登場しない。
ラトビアの運命の女神。その名は「宿命」に由来するらしい。民話には登場しない。
リトアニアの運命の女神。その人間が生まれたときに与えられた運命そのものであり、死ぬまで付きまとう。
ボグール人とオスチャーク人の間で信じられている出産の女神。子供に魂を与えるという。子供が生まれると、この女神は黄金の本か特別の杖にこの子の運命を書き付ける。
複数形はパルカエ。ローマの出産の女神だが、ギリシアのモイラと同一視された。パルカたち三女神はジュピターの書付に従い、人間の誕生に際して運命の糸を編む。
運命の定めが民間で擬人化されたもの。後に運命の三女神と考えられるようになった。子供の誕生の際に現れ、運命を定める。
ファータの名と概念はルーマニアを除く西欧中に蔓延した。イタリアのファーテまたはファーダ、アルバニアのファーティ、スペインとポルトガルのファーダまたはアーダ、フランスのフェ、イギリスのフェアリー、ドイツのフェーなど。出産の際に現れて運を定める要素は次第に忘れられ、ただ贈り物をするだけになったり、援助者になったりした。こうして「半神――妖精、仙女」に零落したわけだが、更に落ちて魔女や占い師とも解釈されるようになっていく。
複数形はノルニル。北欧の運命の三女神。長姉ウルズ、次姉ヴェルザンディ、末妹スクルドの三姉妹で、人間の運をあらかじめ定めるために子供の誕生の際に現れる。どうやら出産の女神でもあったらしく、ノルンは母親を子供から解放する、と言われる。
北欧の放浪する女巫女。子供の生まれた家に招かれて、子供の運を予言する。後には、この名は魔女を意味するようになった。
アイスランドの運命の三女神。
名前は語られていないが、アイスランドの民話には、公爵夫人の出産後に三人の青い衣装の女神が現れる話がある。近所の老婆が二人分の食器しか出さなかったため、三人目の女神が怒って、生まれた女の子に「結婚式の日にスズメになる」という呪いをかける。
単数形も複数形も同じシェプファーライン。文献の中にはシェプフェンという名も見える。
ドイツの出産と運命の女神。出産が行われているときにやって来て、屋根の上で「まだ駄目よ!」などと、誕生に相応しい時間を選ぶように叫ぶ。悪い時間に産まれた子は悪い運を得るからだ。子供が生まれるとその子の運を定めて予言する。
美しい女神。クムクム・インキ(赤い花粉。これで額に赤い点描き、魔除けまたは化粧とする。シンドゥールの粉、ティカ、ティッカとも言う)の入ったつぼと、真珠で飾られた柄の筆を持ち、赤ん坊の手のひらに運命の線(手相?)を描く。
天の北斗七星と南斗六星、それぞれの化身。二人で碁を打っている男。北斗が死を、南斗が生を司り、人間の寿命を定めて書き記した帳面を持っている。北斗は厳しく融通が利かないが南斗は優しく、時には帳面を書き直して寿命を延ばしてくれることがある。
人の結婚の運を定める仙人。結婚の運が書き記された帳面と、赤い縄の入った袋を持っている。子供が生まれると、この子の足とその将来の伴侶の足とを赤い縄で結びつける。
日本本土の産神は、複数の別々の神の集合であって、メンバーは特に決まっていない。その土地の産土神とか氏神とか、石神、臼神、しゃもじ神、あるいは漠然と「神」と呼ばれているだけである。だが、中でも山の神と便所神と箒神は産神としてよく知られているようなので、最後にそれを紹介して終わりにしたいと思う。
文字通り、山を司る神。山とは異界であり、また豊穣の湧き出る地でもあった。そこを司る神は女性である。豊穣は出産に通じる。
トイレに宿る神。昔、トイレは汚く汚れやすいものだったが、トイレを常に綺麗に掃除する女性は良い赤ん坊を授けられると言われていた。
箒の神。箒は物を掃き集める道具であり、魂をも集めると考えられた……らしい。子供を早く掃き出すとか子供に魂を掃き入れるといった解釈もある。産神の中では箒神が最も早く出発する。途中で他の神々を誘い集めてくるのであろう。
出産の際には家中の箒を川で洗い清めるとか、妊婦の腹を箒で撫でるとか、箒をまたぐと難産するとか、出産が始まったら箒を逆さに立てて安産を祈願するとかいう。逆さに立てるのは、そうすると祭器のオハケ(青竹の先に御幣や神符をつけて立てたもの)に似ているからだそうだ。つまり、神の依り代になるのであろう。
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