狼ばあさん中国

 昔、山の中の家に、母さんと三人の子供が住んでいました。子供の名前は、上から こますちゃん、おおますちゃん、みのくちちゃんといいました。

 ある日のこと、母さんは里のおばあちゃんのお誕生祝いに出かけることになりました。子供たちは留守番です。

「こますちゃん、おおますちゃん、みのくちちゃん、三人とも良い子でお留守番しておいで。お日様が沈んだら玄関の戸を閉めて、かんぬきをしっかり挿しておくんだよ。母さんは明日、戻るからね」

 母さんが出かけてしまった後、夜になって山の狼がやってきました。狼はおばあちゃんの格好をして戸を叩きました。トン、トン。こますちゃんが訊きました。

「戸を叩くのはだぁれ?」

「こますちゃん、おおますちゃん、みのくちちゃん。おばあちゃんですよ」

「まぁ、おばあちゃん? 母さんはおばあちゃんのお誕生祝いに出かけていったのよ」

「そう、そう、誕生祝いだけどさ。おばあちゃんはこっちの道、母さんはあっちの道を通ったもんで、行き違いになったのさ」

 こますちゃんが訊きました。

「ねぇ、おばあちゃん。朝や夕方でなしに、どうしてわざわざこんな夜中に来たの?」

「道は遠いし、日は短いしで、一生懸命歩いたものの、こんな夜中になったのさ」

 こますちゃんはおばあちゃんの声がいつもと違うので訊きました。

「ねぇ、おばあちゃん。その声一体どうしたの?」

「ああ、おばあちゃんは風邪をひいて鼻づまり。それでフガフガ声になってるのさ。

 良い子たちや、外は真っ暗、風は吹く。さあさ、早く戸を開けて、おばあちゃんを中に入れとくれ」

 こますちゃんは疑って、まだ様子をうかがうつもりでしたが、おおますちゃんとみのくちちゃんは待ちきれずに、閂を引き抜いてさっと戸を開けました。

「おばあちゃん、早く入っていらっしゃいよ!」

 狼は中に入るなり、フッと明かりを吹き消しました。こますちゃんが訊きました。

「ねぇ、おばあちゃん。せっかくの明かりを、どうして消しちゃうの?」

「おばあちゃんは目を病んでてね、明るいところはダメなのさ」

 こますちゃんは手探りで腰掛を出して、おばあちゃんに勧めました。狼は腰を下ろしましたが、尻尾が当たって痛かったので、ウーウーと唸り声を漏らしました。こますちゃんが訊きました。

「ねぇ、おばあちゃん。今、どうして唸っていたの?」

「おばあちゃんのお尻には座りダコがあるもんでね、硬い腰掛に座ると痛いのさ。籠の上に座らせとくれよ」

 そう言って狼は鶏籠の上に座りましたが、すると、籠の目から中に入った狼の尻尾が、籠の中でガサガサ音を立てました。こますちゃんが訊きました。

「ねぇ、おばあちゃん。籠の中の音はなぁに?」

「おばあちゃんの連れて来たメンドリだよ」

 こますちゃんは真っ暗な中で手を伸ばして、籠の中のメンドリに触ろうとしました。狼は慌てて

「だめだめ、メンドリは飛べるもの。飛んだら最後、大川越えて行っちまう」と言って止めました。

 おおますちゃんとみのくちちゃんは、その間も無邪気におばあちゃんにまとわりついていて、抱っこをせがみました。狼はおおますちゃんの体をまさぐって言いました。

「ほう、いい子だ。まるまるふっくら太ってる」

 それから、みのくちちゃんの体にも触って言いました。

「まぁ、いい子だ。ぽちゃぽちゃムチムチ、肉がしまってる」

 狼はみのくちちゃんを抱き上げると、ニセのアクビをして言いました。

「可愛い子や、おばあちゃんはお前が気に入ったよ。一緒にねんねしようね。

 ニワトリは巣に行くよ。眠りの虫が、ホラ来たよ。可愛い子たち、もうお休みよ」

 狼はみのくちちゃんを抱いてベッドに入りました。こますちゃんはおおますちゃんを連れてベッドに行き、四人は二人ずつ、ベッドの片側と片側に横になりました。

 こますちゃんがベッドの中で足を伸ばすと、足の先が毛むくじゃらの太い尻尾に触りました。こますちゃんは訊きました。

「ねぇ、おばあちゃん。おばあちゃんの体のどこが、こんなに毛むくじゃらなの?」

「おばあちゃんは麻糸をるために、麻を一束、身につけているのさ」

 こますちゃんが手を伸ばすと、尖った足の爪に手が当たりました。こますちゃんは訊きました。

「ねぇ、おばあちゃん。おばあちゃんの体のどこが、こんなに刺さりそうに尖っているの?」

「おばあちゃんは靴底を作るから、鉄のキリを持っているのさ」

 こますちゃんは明かりをつけました。狼は飛び上がって吹き消しましたが、一瞬、毛むくじゃらの狼の姿が見えました。

 こますちゃんは狼が明かりを吹き消している隙にみのくちちゃんを抱き上げると、

「あいやー、みのくちちゃん、まだおしっこに行っていなかったのねぇ」と言いました。

「ベッドの下でおし」

「ベッドの下には床神様がいらっしゃるもの。おしっこなんて出来ないわ」

「窓の下でおし」

「窓の下には窓神様がいらっしゃるもの。おしっこなんて出来ないわ」

「戸口の裏でおし」

「戸口の裏には門神様がいらっしゃるもの。おしっこなんて出来ないわ」

「かまど口でおし」

「かまど口にはかまど神様がいらっしゃるもの。おしっこなんて出来ないわ」

「そんなら、外でしておいで!」

 そこで、こますちゃんはおおますちゃんに命じました。

「おおますちゃん、すぐにみのくちちゃんを外におしっこに連れて行って!」

 おおますちゃんがみのくちちゃんの手を引いて外に出て行ってしまうと、こますちゃんは言いました。

「ねぇ、おばあちゃん。朝鮮人参って食べたくない?」

「朝鮮人参ってどんなものだい?」

「おいし〜いのよ。実は真っ白で柔らかで、赤ちゃんみたい。一口食べれば生き血の水気、一本食べれば不老長生、仙人になれる」

「人間より美味いかえ?」

「もちろんよ!」

「どこにあるんだえ? え、どこだえ?」

「木の上よ」

 それを聞くと、狼はため息混じりに言いました。

「おばあちゃんはトシで骨が硬くて、木には登れないよ」

「あら、おばあちゃん。私が木に登って取ってきてあげるわ」

「いい子だね。早く取っておいで、早く!」

 こますちゃんはさっと外に駆け出し、おおますちゃんとみのくちちゃんを見つけると、三人で相談して、スルスルと大きな木の上によじ登りました。

 その間ずっと狼はベッドで待っていましたが、待てど暮らせど誰も戻ってこないので、ジリジリしてきて、ベッドから飛び降りて声を張り上げて呼びました。

「こますちゃん、おおますちゃん、みのくちちゃんやーい! いったいどこまで行っちまったんだーい?」

 すると、木の上からこますちゃんが応えました。

「おばあちゃーん、私たち、木の上で朝鮮人参を食べてるのよ」

「いい子だから、早く私にも取っておくれよー!」

 こますちゃんは応えました。

「おばあちゃん、朝鮮人参は魔法の食べ物、木から取るとダメになってしまうのよ。登ってこなきゃ食べられないのよ!」

 おおますちゃんが言いました。

「おばあちゃん、朝鮮人参とっても美味しいわよ!」

 狼はじれったくなって木の下をぐるぐる回るばかりでした。しばらくして、こますちゃんが言いました。

「ねぇ、おばあちゃん。こうしたらどう?

 家の戸口に籠があって、戸の裏に麻縄があるから、麻縄を籠に縛り付けるのよ。そして籠の中に座って、縄の先を木の上に放ってよ。私が上で受け取って、あばあちゃんごと引っ張り上げてあげるから。そうすりゃ、おばあちゃんも朝鮮人参を食べられるわよ」

「それがいい、それがいい!」

 狼は素早く籠に麻縄を結びつけ、中に座って縄の先を放り上げました。こますちゃんはサッと縄の先をつかんで、よいしょ、よいしょと引き上げましたが、籠がちょうど宙吊りになったところで手を緩めました。籠はドサッと地面に落ち、叩きつけられた狼は頭がクラクラしてしまいました。

「あいやぁ、大変だ。私、チビで力がないから、手が痛くなって、おばあちゃんを落っことしちゃった」

 おおますちゃんが言いました。

「ねぇ、おばあちゃん。もう一度 籠に入ってごらんよ。今度は私が姉ちゃんと一緒に引っ張ってみるよ」

 狼は朝鮮人参が食べたくてたまらないので、また籠に入り直しました。こますちゃんとおおますちゃんは、よいしょ、よいしょと引っ張り、上へ上へと引き上げて、前より高く引っ張り上げたところで、二人とも手を緩めました。ドサッと音がして、狼は地面に叩きつけられました。足は折れ、頭には大怪我をして、唸ったり罵ったりしながら起き上がりました。

 こますちゃんが言いました。

「おばあちゃん、おばあちゃん、怒らないでね」

 おおますちゃんが言いました。

「朝鮮人参食べれば治っちゃうわよ」

 みのくちちゃんも言いました。

「私も姉ちゃんたちと引っ張るからね」

 もう一度こますちゃんが言いました。

「今度は絶対に落としっこないわ」

 狼は、プンプン怒りながらも また籠に入って言いました。

「ちっとは気をつけておくれよ。いずれ、お前たちの首根っこをガブリガブリと噛み切ってやるからね!」

 こますちゃん、おおますちゃん、みのくちちゃん、三人の手が一斉に力いっぱい引き始めました。よいしょ、よいしょ、よいしょ、よいしょ……。どんどん引っ張って、狼が手をちょっと伸ばせば木に触れそうなところまで引き上げました。そこで、こますちゃんが咳をしました。

 ゴホン!

 ――ドサドサ ドシン!

 三人が一度に手を緩めたので、狼は籠ごと地面に叩き潰されてしまいました。

 こますちゃんが呼びました。

「おばあちゃん!」

 返事はありません。

 おおますちゃんが呼びました。

「おばあちゃん!」

 なんの返事もありません。

 みのくちちゃんが呼びました。

「おばあちゃん!」

 やっぱり返事はありませんでした。

 よくよく確かめてみると、狼は伸びて硬くなったまま死んでいました。こますちゃん、おおますちゃん、みのくちちゃんは大喜びでスルスルッと木から下り、家に入って、戸を閉めて閂をしっかり挿して、安心してぐっすりと眠りました。

 次の日、母さんがおばあちゃんのところからご馳走をたんともらって帰ってきました。こますちゃん、おおますちゃん、みのくちちゃん、三人のご馳走も話もいっぱいで、いつまでも尽きることがありませんでした。



参考文献
『世界むかし話(全十七巻)』 ほるぷ出版

※原題は「狼外婆」。誰も狼の被害に遭わないハッピーエンド型。後半の狼の間抜けぶり、子供たちの騙しぶりが面白い。

 ところで、この話での朝鮮人参(韓国の人は、高麗人参と呼ばないと怒るんだろーけど…)の扱われぶりが気になる。木に実る、しかも人間の赤ん坊の味のする不老長生の果実とされているのだ。『西遊記』の人参果や、日本や朝鮮半島の白比丘尼伝説のニンカンに連なるイメージだろうか。

 訪ねて来る人食いは狼とは限らず、虎や熊の場合もある。以下、類話を記す。

熊ばあさん中国 『決定版世界の民話事典』 日本民話の会編 講談社+α文庫 2002.

 山里に、母親と幼い姉弟が暮らしていた。ある日のこと、母親が里に出かけて家を留守にしたが、それを知った熊が祖母に化けて尋ねてきた。

 熊は家に入ってくると、「おしりにおできが出来ているんだよ」と言って、穴の開いた鶏籠に座って尻尾を隠した。更に「結膜炎にかかっていて、明かりは毒なんだよ」と言って明かりを消させた。そして「綺麗に体を洗った子と寝よう」と言うので、怪しんだ姉は逆に体に炭を塗ったが、弟は体を洗って、熊と一緒に寝た。

 夜中になって、真っ暗な中からポリポリ物をかじる音が聞こえてきた。その音で目を覚ました姉は「おばあちゃん、何を食べてるの」と訊いた。
「煎りそら豆さ」と、暗闇から熊が答えた。
 姉がねだると熊は何かをよこしたが、よく見ればそれは弟の小指だった。

 ――ああ、寝床にいるのは本当のおばあちゃんじゃない、人食いだ! 

「おばあちゃん、私おしっこに行きたい」

 姉がさんざん駄々をこねたので、熊は弟の腸を姉の腕に結び付けてトイレに行かせた。トイレに入ると、姉はすぐさま腸の端を便壺に結び、庭に出てなつめの木の上に隠れた。いつまで経っても姉が戻らないので熊が腸を引っ張ると、便壺が倒れて熊は汚物で滑って転んでしまった。

 熊は庭に出て、木の上の姉を見つけた。けれども、木の幹に油を塗ったため、滑って登ることが出来ない。熊は姉に尋ねた。

「ねぇ、どうやったらそこに登れるんだい?」
「籠に綱を付けて、その籠に乗ってちょうだい。そうしたら、私が上から引っ張り上げてあげるから」

 姉がそう言ったので、熊はその通りにした。ところが、姉は途中まで引っ張り上げたところで綱を放してしまったので、熊はまっ逆さまに落っこちて死んでしまった。


参考 --> 「人食い女



イラクサとヨモギ中国 ペー

 昔、山里に母親と二人の子供が住んでいて、貧しい暮らしをしていました。上の子供は七つになる女の子で、まないた姉ちゃん。下の子供は五つになる男の子で、おさらちゃんといいました。

 母さんは毎日、朝から夕方まで野良仕事をしています。その間、子供たちは家の戸を閉めてじっと留守番していました。夕方に帰ってくると、母さんは決まってこう声をかけました。

「まないた姉ちゃん、おさらちゃん、早く母さんに戸を開けておくれ! トントンタン、トントンタン、お前たちのお母さんが帰ってきたよ」

 この声を聞くと、子供たちは喜んで戸を開け、母さんを迎え入れるのでした。

 

 さて、一家の住む家の裏山の崖に暗い洞穴があり、その中に年取った山姥が住んでいました。この山姥は狼や虎などの獣の精で、人食いでした。いつか一家を食ってやろうと考えていて、前々から様子を観察していました。

 

 ある年の旧暦六〜七月、トウモロコシの熟れる頃、母さんは収穫前のトウモロコシが獣に食べられてしまわないように、朝早くから畑の番に出かけて行きました。出かける前に、母さんはまないた姉ちゃんに言いました。

「お前は弟と一緒にしっかり留守番しなさい。夕方には帰ってきて、ちゃんと夕ご飯を作ってあげますからね」

 母さんは畑で一日働いて、日が暮れる頃、畑から出て家に帰り始めました。ところが、いくらも行かないうちにバッと山姥が飛び出してきて、行く手を塞ぎました。そうして、母さんに飛び掛って、一口で噛み殺してしまったのです。

 

 日が落ちて辺りは暗くなりましたが、母さんは家に帰ってきませんでした。子供たちは不安になって、家を出て、母さんを探しに行きました。

「母さーーん、どこにいるのーーー?」

 すると、遠くの方から誰かが応えました。

「母さんはここにいるよーーー。子供たち、すぐに帰るからねーーー」

 けれども、その声は荒々しくて、母さんのようではありません。怖くなって、まないた姉ちゃんは弟の手を引いて家に駆け戻り、戸をぴしゃりと閉めました。すると山姥がやって来て、戸の外から声をかけました。

「まないた姉ちゃん、おさらちゃん、早く母さんに戸を開けておくれ! トントンタン、トントンタン、お前たちのお母さんが帰ってきたよ」

 まないた姉ちゃんは戸を開けずに言いました。

「あんたの声は、母さんじゃないみたい。もし、あんたが私の母さんなら、戸の隙間から手を入れて、私たちに触らせてちょうだい」

 山姥はぬっと手を差し入れました。それに触ると、まないた姉ちゃんは言いました。

「あんたは私の母さんじゃない。母さんの手はすべすべしていて、毛なんか生えていないもの。それに、母さんは手に白い石の腕輪をはめているし、指には銀の指輪をしているのよ。あんたには一つもないじゃないの。

 じゃあ、今度はあんたの足を出して。私たちに触らせてよ」

 山姥の突き出した足に触ると、まないた姉ちゃんは言いました。

「あんたは私の母さんじゃない。母さんの足には毛なんか生えていないわ。それに、母さんは刺繍した靴に真っ白な木綿の靴下を履いてるわ。あんたは一つも履いていないわ」

 山姥は忌々しい思いでその場を離れると、術で風を起こして、それに乗ってトウモロコシ畑に戻りました。そこに倒れたままの母さんの亡骸から、白い石の腕輪と銀の指輪と刺繍した靴と真っ白い木綿の靴下を外すと、自分の手足に着けました。母さんの服を着て、すっかり母さんに成りすまして、またピューッと風に乗って戸口の前に立ったのです。山姥は声をかけました。

「まないた姉ちゃん、おさらちゃん、早く母さんに戸を開けておくれ! トントンタン、トントンタン、お前たちのお母さんが帰ってきたよ」

 まないた姉ちゃんは戸を開けずに言いました。

「あんたの声は、母さんじゃないみたい。もし、あんたが私の母さんなら、戸の隙間から手を入れて、私たちに触らせてちょうだい」

 山姥はぬっと手を差し入れました。それに触ると、今度は腕輪や指輪をちゃんとしています。

「お母ちゃんだ、お母ちゃんだ。早く戸を開けてあげようよ」

 おさらちゃんは喜んで言いましたが、まないた姉ちゃんは弟の襟を引っ張って黙らせて、また言いました。

「じゃあ、今度はあんたの足を出して。私たちに触らせてよ」

 足に触ると、ちゃんと靴も靴下もあったので、とうとうまないた姉ちゃんも本物の母さんだと思って、中に入れてしまいました。

 中に入ると、山姥は言いました。

「私のお利口ちゃんたち、もう時間も遅いから、お前たちにご飯を作ってやるのはやめにするよ。こんな時間にごはんを食べると、お腹が張るからね。そうなったら苦い薬を飲まなきゃならないよ」

 というのも、山姥には料理なんて出来なかったからです。それに明るいと正体が判ってしまうので、明かりをつけないまま もう寝てしまおうと言いました。子供たちは本当はごはんが食べたかったのですが、苦い薬を飲みたくなかったので、黙って言うことを聞きました。

 山姥はベッドの端に座って言いました。

「今夜は三人で一緒に寝ようじゃないか」

 けれども、まないた姉ちゃんは言いました。

「ヘンな母さん。私、いつも一人で寝てるじゃない。今日もそうするわ」

 それで、山姥は仕方なくおさらちゃんだけを抱いて寝ました。まないた姉ちゃんは足元の方に一人で寝ました。

 しばらくして、まないた姉ちゃんはヘンな音がひっきりなしに聞こえているのに気が付きました。まるで、山犬が骨でも齧っているような音です。その音は、母さんと弟が寝ている辺りから聞こえていました。

「母さん、母さん、何をコリコリ噛んでるの?」

「何も噛んでやしないよ。煎り豆を食べてるのさ」

「私にも少し食べさせて」

「だめ、だめ。あんたの歯は小さくて、とても食べられやしないよ」

 その時、まないた姉ちゃんは足がだるくなったので、寝床の中で曲げていた足を伸ばしました。すると、土踏まずが濡れてドロッとしたものに触りました。まないた姉ちゃんはハッとして足を引っ込めて、何が起こっているのかに気が付きました。

「母さん、母さん、私おしっこしたい!」

 まないた姉ちゃんは山姥に言いました。

「寝台の脚のところでおし」

「だめよ、だめよ、土間の神様を怒らせるわ」

「家の戸口の隅っこでおし」

「だめ、だめ、門の神様を怒らせたら大変だもの」

 山姥はムカムカと腹を立てながらも、仕方なくこう言いました。

「ここはダメ、あそこもダメと言うなら、庭の真ん中にでも行っておし!

 ――ああ、お待ち。こっちへおいで、お前の腕にヒモを結んでやろう。真っ暗な庭で怖くなったら、私がヒモを引っ張って連れ戻してやるからね」

 まないた姉ちゃんは門口から外に出るとき、かまどの縁から、こっそり小刀を取ってふところにしまっておきました。そして庭の真ん中まで来ると、すぐに腕のヒモを切って、家で飼っているブチの子犬に結びなおしました。それから急いで家の裏手の果樹園に駆け込んで、甘く熟れた実を鈴なりにつけた桃の木に登ったのです。

 一方、山姥はイライラしながら まないた姉ちゃんが帰ってくるのを待っていました。

「まないた姉ちゃん、まないた姉ちゃん! なんだってまだ用足しが終わらないんだい。早く戻っておいで!」

 言いながらヒモを引いたけれど、子犬がワンワン吠えるばかり。山姥は家から飛び出して、裏山まで行って隅から隅まで探し回ったけれど、いません。けれども、とうとう桃の木の上で明るい月と星の光に照らされているまないた姉ちゃんを見つけ出しました。

 まないた姉ちゃんは、見つかってしまうと落ち着き払って言いました。

「母さん、ここの桃は本当に甘くて美味しいのよ。二つばかり食べてみませんか」

「私はちょうど、甘い甘い大きな桃を食べたいと思っていたんだよ。だけど、私には手が届かない。お前、母さんの腹掛けにいっぱい投げ入れておくれ」

「この桃、よーく熟れてるの。腹掛けに投げ入れたら潰れてしまうわ。母さん、お口を大きく開けてくださいな。私がお口の中に桃を落としてあげますから」

 山姥は火鉢ほどもある大きな口を開けて待ち構えました。まないた姉ちゃんはキラキラ光る小刀を取り出すと、過たず、その大きな口の中に投げ入れたのです。小刀は山姥の喉に突き刺さり、山姥は倒れました。すると、倒れたところから一叢のイラクサが生え、桃の木の周りをすっかり取り囲んだので、まないた姉ちゃんは木から下りるに下りられなくなってしまいました。

 

 朝になると、まず赤い厚い毛布を背負った行商人が、次に白い厚い毛布を背負った行商人が通りかかりました。まないた姉ちゃんは喜んでその人たちに呼びかけました。

「おじさん、おじさん、どうか早く助けて! 桃の木の下にこんなチクチクする草がいっぱい生えちゃったの。どうしたら下りられるの?」

 商人たちはこんな小さな女の子を見捨てるのが忍びなかったので、それぞれイラクサの上に毛布を広げてくれました。まないた姉ちゃんは言いました。

「おじさん、おじさん、飛び降りるわ。赤い毛布の上に落ちたら私はおじさんたちの娘になります。白い毛布の上に落ちたら、一番年上の息子さんの嫁になります」

 そう言って飛び降りたところが、運の悪いことに、毛布のないところに落ちました。まないた姉ちゃんの足先が地面に触れた途端、その体はヨモギに変わり、日の光を受けて青々と伸びました。

 

 それ以来、丘や畑のあぜ道にはチクチクするイラクサが生い茂り、そのすぐ側には青々して人の目を楽しませるヨモギが何本か生えるようになりました。

 道を通る人がうっかりイラクサに刺されても、すぐにヨモギを揉んで傷口につければ、痛みは必ず止まるのです。



参考文献
『中国の民話〈上、下〉』 村松一弥編 毎日新聞社 1972.

※一家全滅のアンハッピーエンド型。惨いが、朝鮮半島や日本に伝わっている類話と近い感じである。
 「なぜなに型」の結末で、ここではイラクサとヨモギの由来話になっている。同じように、「山姥(天邪鬼)が殺され、その血によって蕎麦の根が赤くなった」などと語られる日本の民話は非常に数多い。山姥が殺されると植物に変わるのは、彼女が本来、大地――豊穣の女神であったことを意味している。



銀の南瓜バカヂの蔓、腐った南瓜の蔓朝鮮

 昔、あるところに三人の娘と一人の赤ん坊を持ったおかみさんがいた。ある日のこと、おかみさんが市場に出かけたが、とても手間がかかって、帰りには日が暮れてしまった。真夜中に山道を歩いていると、いきなり虎が飛び出してきて、おかみさんを食おうとした。するとおかみさんは言った。

「私を食うより、私の家に行って、私の四人の子供を食った方がいいじゃないか」

「その子供たちの名は」

日順ヘスンイ月順タルスンイ星順ピョルスンイ。あと一人は赤ん坊で名前はまだない」

 早速、虎はおかみさんの家に行き、戸を叩いてこう言った。

「日順や、月順や、星順や。おっかさんだよ、早く戸を開けておくれ」

 その声がおっかさんの声とは似ても似つかなかったので、子供たちは怪しんで、

「ホントにおっかさんなら、手を見せてよ」と言った。虎が戸の隙間から手を入れると、子供たちはそれを見て叫んだ。

「どうしてこんなに黄色い手なんだい!」

「本家に行って、壁塗りをしていたからさ」と、虎は答えた。

「それじゃ、足を見せて」と子供たちが言うと、虎は今度は足を差し入れた。

「どうしてこんなに黒い足なんだい!」と子供たちが言うと、

「本家でぶたれて、あざになったからさ」と虎は答えた。

 すると子供たちはそれがみんな本当のことだと思って戸を開けてしまった。虎は入るとすぐに「赤ん坊をくれ」と言って赤ん坊を台所に連れて行き、ピシャリと障子を閉めてしまった。

 やがて台所から、ポリポリ、ポリポリという乾いた音が聞こえてきた。子供たちはお腹がすいてたまらなかったので、

「おっかさん、一人で何食べてるの? 私たちにも少し分けておくれよ」と言ったけれど、何の返事もない。そこで障子の穴からそっと覗いてみると、一頭の虎が赤ん坊の指の骨をしゃぶっているところだった。子供たちは驚いて逃げようとしたが、もし、虎に知られて追いかけられたら大変だと思って、声をかけた。

「おっかさん、おっかさん。みんな便所に行きたくて仕方がないから、ちょっと行って来てもいいかい」

「いや、だめだね」と、虎は許さなかった。そこで子供たちが

「それじゃあ、裏の戸口の敷居のところでやっていいか」と訊くと、虎は今度は「やっていいよ」と言った。子供たちは裏の戸口からこっそり逃げ出し、庭に出て、井戸の側に立っている高い木の上に登って隠れていた。

 やがて虎が気付いて追いかけてきて、井戸のところまで来て中を覗きこむと、木の上の三人の娘の姿が映っている。こんなところにいたかと虎は喜んだが、なにしろ高い木なのでそう易々とは登れない。

「日順や、月順や、星順や、どうやってそんな高いところにまで登ったんだい」と虎が木を見上げて訊くと、子供たちは

「本家に行って、ごま油を借りてきて、それを幹に塗って登ったのよ」と答えた。早速虎はその通りにしてみたが、つるつる滑ってかえって登れない。虎はまた、

「日順や、月順や、星順や、一体どうやったら、そこまで登れるんだい」と訊いた。すると子供たちの一人が

「本家に行って、斧を借りてきて、木の幹に斧を打ち込んで刻み目を作って登ればいいのよ」と教えてしまった。

 虎は斧で刻み目を作ってずんずん登ってきた。追い詰められた子供たちは、もはやこれまで、とみんなで天の神様にお祈りをした。

「神様、神様、天の神様、銀の南瓜の蔓を下ろしてください」

 すると、天から銀の綱が三本、スルスルと下りてきた。子供たちがそれぞれ銀の綱にしっかりつかまると、綱はずんずん空の方に昇っていった。木の上の虎は慌てて空を見上げて言った。

「日順や、月順や、星順や、お前たちはどうして空に昇れるんだい」

「腐った南瓜の蔓を下ろしてくれと、天の神様に祈ったんだよ」と、子供たちは答えた。

 虎は教えられたとおりに祈った。すると天から腐った南瓜の蔓が下りてきた。虎はそれにつかまったが、昇る途中で綱はぷっつり切れて、井戸の中にまっ逆さまに落ちて、死んでしまった。

 三人の姉妹は天に昇って、それぞれ、日と月と星になったそうな。



参考文献
『いまは昔むかしは今(全五巻)』 網野善彦ほか著 福音館書店

※朝鮮族の民話として とても有名なものだ。以下、類話の概略を紹介。

月順と星順『撫順市』巻上/『ことばとかたちの部屋』(Web) 寺内重夫編訳

 八歳の姉・月順、六歳の弟・星順、名前のない乳飲み子の弟が山奥の家で母と暮らしている。父親はいない。
 ある日、母が富家の祝い事の手伝いに出かけた帰途の夕暮れ、虎に襲われる。母は貰ってきた餅を一つずつ投げて逃げるが、虎は全部食べてしまい、ついに母の腕を一本ずつ食べて、最後に全部食い尽くしてしまう。[牛方山姥]風。それから体を揺すって母に化け、子供たちの待つ家の戸を叩く。

「母さんの声はそんなにしわがれていない」
「一日働いて喉がかすれているんだよ」
「母さんの手はそんな毛だらけじゃない」
「米を搗いたから籾がついたんだよ」

の問答の後、星順が戸を開けて虎は家に入り、乳飲み子を抱いて「ご飯を作ってやるから」と台所に篭る。やがてポリポリ齧る音がして「煎り豆を食べているんだ」と言う。星順が待ちきれずに台所の戸を開けると、大きな虎が乳飲み子の骨を齧っている。
 月順は星順の手を引いて逃げ出し(トイレに行きたい云々のモチーフは無い)、刈り取られた高粱畑の柳の木に登る。追ってきた虎に月順は「小刀で木の皮をはいで油を塗る」と嘘を教え、星順は「斧で刻み目をつける」と真実を教える。
 虎が木に登ってきて、月順が母の言葉を思い出し太陽に祈ると縄梯子が下りてくる。姉弟は天に昇る。虎は真似するが、縄梯子が腐っていたので切れて落ち、高粱の切り株に尻から突き刺さって死ぬ。

 それ以来、高粱の根元は赤くなった。月順は月に、星順は星になったという。


参考--> 「太陽と月になった兄妹」「月の中の木犀の木



天道さんかねの鎖1日本 福岡県

 貧乏な後家さんが男の子三人と暮らしていた。後家さんは子供三人を留守させて隣村に臼磨りの加勢に行って、夜更けて帰っていると、森の側から山姥が出て食ってしまった。山姥は後家さんの着ていた着物を着て、後家さんに化けて帰ってきた。

「子供たちや、今帰ったよ」

 子供たちは喜んで戸を開けようとしたが、二番目の子が

「あれはおっかあの声と違う、おっかあはもっといい声だ」と言って、戸を開けなかった。すると山姥は、

「今夜は急いだので風呂にも入らず、喉に何か詰まって声が出らん」と言った。そこで男の子が、「そんなら戸の節穴から指を出してみなされ」と言ったので、山姥は毛の生えた指を出した。男の子が言った。

「違う違う、おっかあの指には毛なんか生えてなくてすべすべしてる」

 山姥はしまったと思って、

「毛ではない、イガが付いているのじゃ。どれ洗ってこよう」と言って、指にすべすべしたツワブキの葉を巻いて出すと、子供はようやく安心して、戸を開けて中に入れた。

 中に入ると、山姥は末の子を連れて納戸に入り、上の二人に早く寝ろと言った。上の二人が寝ていると、納戸からポキポキという音がしてくる。覗いてみると、山姥が末の子の骨を食っていた。二人はビックリして逃げ出す相談をした。しばらくして二番目の子が

「おっかあ、しっこがしたいけ、兄ちゃんに見てもらうよ」と言うと、山姥は「すぐに帰って来い」と言ったので、兄弟はそっと家を出て、池のほとりの大きな梨の木の上に登った。

 いつまで経っても子供たちが帰ってこないので、山姥が外に出ると、池の中に兄弟の姿が見える。

「いつまで池の中にいる、早く上がって来い!」

 山姥は怒鳴ったが、子供たちの姿は池から動かない。そこで、山姥はざんぶと池の中に入って子供たちを捕まえようとした。ところが、どうだろう。どうしても捕まえられない。

 その時、木の上から子供たちの笑い声がした。山姥は二人が本当は木の上にいるのだとようやく気付いて、「どうやってそこまで登ったのか」と訊いた。弟が答えた。

「足に油を塗って登ったんだよ」

 山姥は油徳利の油を足に塗って登ったが、滑って登れない。

「油を塗るなんてウソだろう。本当のことを言わぬと食うぞ!」

 すると、怯えた兄が「鉈で木に傷をつけて登ればよい」と教えてしまった。

 山姥はその通りにして登って兄弟に近づいて、もうすぐで手が届きそうになった。兄弟は声をそろえて天の神様に祈った。

「天の神様よーぃ、鉄の鎖を下ろしてくださいよーぃ」

 すると鉄の鎖が下りてきたので、兄弟はそれにつかまって天に昇っていった。山姥は悔しがって兄弟のように祈り、下りてきた鎖につかまった。ところが、それは腐れた縄だったので、途中で切れて蕎麦畑の中に落ちて死んでしまった。山姥の血で染まったので、蕎麦の茎は今でも赤い色をしている。

 兄弟は天に昇り、天帝に仕えて、兄弟星になって輝いているという。



参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-

※この話は日本全国に分布している。
 例に挙げた話にはないが、類話によっては
「人食いが末の子をポリポリ音を立てて食べて、残りの子が『何を食べているのか、私にもおくれ』と言うと、末の子の指または骨を投げてよこす」(中国では人食いは「煎り豆を食べているのさ」と言うが、日本では「漬物を食べている」と言うようだ)
「子供が逃げようと『トイレに行きたい』と言うと、人食いは「寝床でしろ」「庭でしろ」と言い、子供にヒモを結びつけて外に出すが、子供はヒモを別のものに結び直して逃げる」(フランスの話では足に、中国の話では腕にヒモを結んでいたが、日本の場合、ほぼ全て腰にヒモを結びつける。)
というモチーフが、ちゃんと入っている。
 また、広島県の類話では、やってくる人食いはである。

 ところで、この話群は一般に【天道さん金の鎖】の題で知られているが、ここで言う天道様は天帝・天の神の意味らしく、太陽が鎖を下ろしてくる話は、沖永良部島に伝わる話など、ごく僅かである。子供たちが人食いから逃げるのは夜なのだから、当然ではあるが。
 子供たちは漠然と「天の神」や「仏」に祈り、あるいは「天の星様」「お月様」に祈っている。香川県の話では、兄弟は「お月様鉄の鎖」と言って天に昇り、明けの明星と宵の明星になったという。
 天に昇った兄弟または姉妹は殆どの場合星になるが、時には「月になった」と語られることがある。その場合、兄または姉の年齢は十三歳、弟または妹の年齢は九歳だと語られる。何故なら、日本には『お月様いくつ、十三 九つまだ若い』という歌があるからである。また、沖永良部島に伝わる話では、知恵のない姉、または姉を先に登らせた妹は、逃げ遅れて片足を山姥に食いちぎられ、今でも片足で立つ姿が月の影となって見える、という。

 ところで、[天道さん金の鎖]に分類される話群には、[狼ばあさん]系とはまた少し違う系統のものが混じっている。前半部がいわゆる[牛方山姥]型になっているもので、徳之島や喜界島に伝わっている。
 山姥が男の持っていた食料や家畜を片端から食べ、次に男を食べようとする。男は逃げて木の上に登る。ウソの木登り法を教え、山姥は木に登れない。怒った山姥は木を齧り始める。男は神に祈って綱を下ろしてもらい、それで天に昇る。山姥は金の鎖を下ろしてもらうが、途中で切れて墜死する。あるいは、男は月の神に祈って絹の綱を下ろしてもらい、山姥は絹の綱より丈夫な金の鎖を下ろしてもらう。しかし途中で雷が鳴り、金の鎖に落雷して山姥は焼け死ぬ。
 冒頭部が[牛方山姥]型になっている[天道さん金の鎖]は、中国でも見ることが出来る。外出中に人食いに襲われた母親は、次々に持ち物を与えて逃れようとする。……しかし結局食われてしまい、人食いは家で待つ子供たちのところへ行く。



天道さんかねの鎖2日本 鹿児島県 喜界島

 昔、女の子二人とその母親が暮らしていました。ある日のこと、母親は田芋を取りに出かけましたが、そこで鬼に食われてしまいました。鬼は食った母親に化けて、女の子たちの待つ家に帰ってきました。そして夕飯の支度を始めましたが、どこに何が置いてあるのか分かりません。「味噌甕はどこにあるんだい?」と尋ねたので、女の子たちはなんだかヘンだ、と思いました。

 夜が更けると三人は一緒に寝ましたが、妹が触ってみると、母の背中にはあるはずのない瘤があります。妹は姉さんを起こして、「二人でおしっこに行くよ」と鬼に言いました。すると、鬼は女の子の帯に綱を結びつけて、その端を持ちました。

 綱は庭木にくくりつけて、姉妹は逃げ出しました。そして、高い高い松の木の上に登って隠れました。

 やがて鬼が気付いて追ってきました。木の下から鬼が尋ねました。

「お前たち、そんな高いところまでどうやって登ったんだい?」

 妹が答えました。

「手足に油をつけて、頭を下にして登ったのよ」

 鬼は言われた通りにしてみて、滑り落ちて頭を打ってしまいました。

「お前たち、本当はどうやって登ったんだい!」

 姉さんが教えました。

「頭を上にして、あの枝つかんでこの枝つかんで登るのよ」

 姉さんが教えてしまったので、鬼はぐんぐん木を登り始めました。もう逃げ場はありません。二人は白羽扇を取り出して、扇ぎながら

かなさらば絲縄いちゅんな ねたさらば灰縄あくんな 下ちたぼうれ

(愛しいなら丈夫な絹糸の縄を、憎いなら脆い灰の縄を下ろしてください)


と唱えました。すると天から縄が下りてきたので、それにつかまって天に昇りました。

 二人を逃した鬼は悔しくてたまりません。姉妹の真似をして唱えると、天から縄が下りて来たのでつかまりましたが、それは灰で出来た縄でした。縄はもろく崩れ、鬼は落ちて、竹の切り口に貫かれて死にました。

 鬼が死ぬと、姉妹は天から降りてきました。そして鬼の腹を割いて母を救い出し、それからは一生愛し合って、幸せに暮らしたということです。



参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-

※別説では、姉妹は天の神から「生鞭死鞭」を授かり、それを持って地上に降りて、死んだ母を生き返らせる。
 この話が特徴的なのは、天に昇った姉妹が昇りっぱなしになっていないこと。鬼が死ぬと二人は降りてきて、鬼の腹を割いて食われていた母を救い出す。ハッピーエンドだ。「狼と七匹の子ヤギ」やグリム版「赤ずきん」と同じモチーフである。

 「頭を下にして登る」というウソは、南島地方でのみ見られるモチーフである。



狼と七匹の子ヤギ1『グリム童話』 著:グリム兄弟 KHM5 ドイツ

 昔々、あるところにヤギのお母さんがいました。お母さんヤギは七匹の子持ちで、それを人間のお母さんがそうするのと同じように可愛がっていました。

 ある日、お母さんヤギは食べ物を取りに森に行こうと思って、七匹を残らず呼び寄せて言い聞かせました。

「みんな、いいかい。母さんは森へ行くからね。お前たちはよくよく狼に気をつけるんだよ。狼がお家に入って来ようものなら、お前たちみんな、頭から丸齧りにされてしまいますよ。狼は、よく、姿を変えて来るけれど、声はしゃがれているし、足は真っ黒だし、お前たちにもすぐ見分けがつきますよ」

 子ヤギたちは声をそろえて、

「お母さん、みんな、きっと気をつけます。心配しないで行ってらっしゃい」と言ったので、お母さんヤギはめーめーと鳴いて、安心して出かけました。

 お母さんヤギが出かけて幾らも経たないうちに、トントンと戸を叩く者があって、

「開けておくれ、ぼうや。母さんですよ、みんなに森のお土産を持ってきましたよ」と呼ぶ声がしました。けれどもその声はしゃがれていたので、「開けてやらないよ」と子ヤギたちが怒鳴りました。

「お前はお母さんじゃない。お母さんは綺麗な可愛い声だよ。お前の声はしゃがれ声だ。お前は、狼だい!」

 すると狼はどこかのお店に行って、大きな白墨チョークを一本買って、それを食べて声をよくしました。そしてヤギの家に戻って、戸をトントンと叩きながら

「開けておくれ、ぼうや。母さんですよ、みんなに森のお土産を持ってきましたよ」と呼び立てました。けれども、狼は真っ黒な前脚を窓枠にかけていたので、それを見た子供たちは

「開けてやらないよ。お母さんはお前のような真っ黒な足じゃない。お前は、狼だい!」と怒鳴りつけました。

 すると、狼はパン職人のところに駆けて行って、

「けつまづいて足を痛めた。こね粉を足になすり付けてくれ」と言いました。パン焼き職人がそうしてやると、今度は粉ひき男のところに駆けて行って、

「俺の足に白い粉を振りまいてくれ」と言いました。粉ひきは「狼のやつ、誰かをだますつもりだな」と考えて断りましたが、狼が「きさま、俺の言う通りにしなけりゃ食っちまうぞ」と言ったので、怖くなって、狼の足を白くしてやりました。まぁこんなものですね、人間というものは。

 それから、悪党はヤギの家の前に行って、戸をトントンと叩いて、

「開けておくれ、ぼうや。母さんですよ、みんなに森のお土産を持ってきましたよ」と言いました。これで三度目ですね。子ヤギたちは、

「お前がお母さんだかどうかはっきり分かるように、まずはお前の足を見せてよ」と言いました。狼は窓枠に前足をかけました。子ヤギたちはその足の白いのを見て、狼の言ったことはみんな本当だろうと思って、戸を開けたのです。

 ところが、のっそり入ってきたのは、狼でした。子ヤギたちは縮み上がって体を隠そうとしました。一匹は机の下へ、二匹目はベッドの中へ、三匹目は置きストーブの中へ、四匹目は台所へ、五匹目はクローゼットの中へ、六匹目は洗濯盥の下へ、七匹目は壁時計の振り子の箱の中へ飛び込みました。けれども、狼は子ヤギを残らず探し出して、無造作に、片端から大きな口の中に呑み込んでしまいました。ただ、時計の箱の中にいた一番小さいの、この子ヤギだけは、狼が見つけませんでした。狼は食べたいだけ食べてしまうと、よろよろと外の青々とした草原に出て、木の下に転がって眠り始めました。

 それから幾らも経たないうちに、お母さんヤギが森から帰ってきました。あらっ、まぁ! お母さんの目に入った家の中の様子といったら! 玄関の戸は開け放たれ、机や椅子はひっくり返って、洗濯盥はバラバラに壊れて、布団や枕はベッドの外に引きずり出されているのです。子供たちを捜してみましたが、どれ一匹見つかりません。子供たちの名を順番に呼んでみましたけれど、誰も返事をしません。おしまいに、一番末の子供の名前を呼んでみましたら、

「お母さん、ぼく、時計の中だよぅ」と、可愛い声がしました。

 お母さんは末っ子を外に出してやりました。その子の話によると、狼が来て、他の子はみんな食べてしまったということです。子供たちの可哀想な話を聞いてお母さんの泣いた様子は、みなさん、お分かりになりますね。

 やっとのことで、お母さんヤギは泣きながら外に出ました。子ヤギも、チョコチョコ一緒に行きました。草原に出てみると、狼が木の根元に寝転んで、太い枝まで震えるようないびきをかいていました。

 お母さんヤギが狼を周りから眺めているうちに、その膨れ上がったお腹の中で、なんだか、もぞもぞ、ぴくぴく、動いているのが目に付きました。

「おやおや! 可哀想に、狼が晩のご飯に食べた子供たちが、まだ生きているのかもしれない」

 お母さんはこう考えて、子ヤギに言いつけて、ハサミと針と麻糸を家から持ってこさせました。

 お母さんヤギは、この恐ろしい獣の太鼓腹をハサミで切り開きました。じょきり、と切ると、もう子ヤギが一匹頭を突き出して、じょきじょき、じょきじょき、切っていくうちに、後から後から、六匹とも残らず飛び出しました。狼ががっついて丸呑みしたおかげで、生きているのは勿論、怪我一つしていないのでした。子ヤギたちはお母さんに抱きついて、ぴょんぴょこ、ぴょんぴょこ、跳ね回りました。

「さ、もう踊るのはいい加減にして、そこいらからごろごろした石を探しておいで。この憎らしい獣のお腹に、石ころを詰め込んでやりましょう」

 お母さんに言われて、七匹の子ヤギたちは大急ぎで石ころを引きずってきて、それを狼のお腹へ入るだけ詰め込みました。それから、そのお腹をお母さんヤギが元通りに縫い合わせましたが、目にもとまらない早業でしたので、狼はてんで気付かず、目を覚ますどころか、身動きもしませんでした。

 寝たいだけ寝てしまってから、狼はやっと目を覚ましました。胃袋の中の石のせいで喉がひどく乾いて、泉に水を飲みに行きました。ところが、歩き出してみると、お腹の中の石ころがぶつかり合ってゴトリゴトリと音がしました。狼は言いました。

お腹の中で、ゴトゴトがらがら 転がるものは、なんだろな。

子ヤギ六つのつもりだが、こりゃ、ごろごろ石ばかりだぞ

 泉に着いて、狼は水の上に身を乗り出してがぶりと飲もうとしましたが、重たい石ころに水の中に引っ張り込まれて、むごたらしく溺れ死んでしまいました。

 七匹の子ヤギが、これを見つけて駆け出してきました。

「狼が死んだ、狼が死んだ」

 子ヤギは割れるような声を張り上げて、嬉しさのあまり、お母さんヤギと一緒に泉の周りを踊り回りました。



参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.
『完訳グリム童話(全三巻)』 グリム兄弟著、関 敬吾・川端 豊彦訳 角川文庫

※この話の類話は一応日本の福岡県でも採取されているそうだが、グリムの影響があるかどうかは分からない。その話では狼と四匹の子羊だそうで、戸棚の中に隠れた末の子羊だけが助かる。母羊は寝ている狼の腹を割いて子供たちを救い、狼は水を飲もうとして腹が裂けて死ぬ。



狼と七匹の子ヤギ2ロシア

 昔々、あるところに、お母さんヤギと七匹の子ヤギが住んでいました。

 ある日のこと、お母さんヤギは絹のような草と氷のような水を飲み食いするために、森へ出かけました。子ヤギたちは小屋に鍵をかけて、大人しく留守番をしていました。しばらくするとお母さんヤギは戻ってきて、こつこつと戸を叩いて歌いました。

可愛い子ヤギのぼうやたち

開けてちょうだい、母さんよ

お乳を飲ませてあげましょう

溢れたお乳が ひづめを濡らす

ひづめを伝って 地面を濡らす

 子ヤギたちは戸を開けて、お母さんを入れました。お母さんはみんなにたっぷりお乳を飲ませると、また、森へ草を食べに行きました。子ヤギたちは、また、鍵をしっかりかけました。

 一匹の狼が、お母さんヤギの歌をこっそり聞いていました。そして、お母さんヤギが行ってしまうと、小屋にやって来てガラガラ声で歌いました。

おい 子供たち やい 子供たち

鍵を開けろ 戸を開けろ

母さんヤギのお帰りだ

乳を飲ませてやるからな

たっぷり飲ませてやるからな

 子ヤギたちは応えました。

「ウソだい、ウソだい。うちのお母さんは優しい声で歌うんだ。そんな怒鳴り声なんか出すもんか!」

 仕方がありません。狼は鍛冶屋に出かけていって、優しい声で歌えるように、喉の打ち直しを頼みました。鍛冶屋は、とんてん、かんてん、と狼の喉を打ち直してくれました。そこで狼は、また小屋の側に忍び寄って、草むらの陰に隠れました。

 やがて、お母さんヤギが帰ってきて、こつこつと戸を叩きました。

可愛い子ヤギのぼうやたち

開けてちょうだい、母さんよ

お乳を飲ませてあげましょう

溢れたお乳が ひづめを濡らす

 子ヤギたちはお母さんを小屋の中へ入れると、「狼が来て、ぼくらを食べたがったよ」と話しました。

 お母さんヤギは、子ヤギたちにお乳をたっぷり飲ませました。それから、

「いいかい、ぼうやたち。また誰かがやって来て、ガラガラ声でおかしな歌を歌っても、決して決して、鍵を開けてはダメですよ。お家へ入れてはダメですよ」

と、繰り返し繰り返し言い聞かせました。

 お母さんヤギがまた森に出かけてしまうと、狼はさっそく小屋の前にやって来て、こつこつと戸を叩きました。そして、今度は優しい声で歌いました。

可愛い子ヤギのぼうやたち

開けてちょうだい、母さんよ

お乳を飲ませてあげましょう

溢れたお乳が ひづめを濡らす

ひづめを伝って 地面を濡らす

 子ヤギたちは戸を開けました。狼は、さっと小屋に躍り込んで、子ヤギたちをパクパクと呑み込んでしまいました。たった一匹、ペチカの中に隠れていた子ヤギだけが助かりました。

 やがて、お母さんヤギが何も知らずに森から帰ってきました。ところが、何度呼んでも歌っても、誰も返事をしてくれません。よく見れば、玄関の鍵が開いています。お母さんヤギは小屋の中に駆け込みましたが、子供たちは一匹もいませんでした。ペチカの中に隠れていた子ヤギを、やっと見つけただけでした。

 どんなに恐ろしいことが起こったのか分かると、お母さんヤギはへたへたと座り込んで泣きました。

おお おお 大事なぼうやたち

おお おお 私の子ヤギたち

どうして鍵を開けたりしたの

狼なんかに騙されたの

 お母さんヤギの歌を聞きつけて、狼がやってきて言いました。

「言いがかりはやめてもらえないかね。お前さんの子ヤギなんぞ、食うものか。

 さあさあ、泣くのはやめにして、森へ行ってみないか。少し、散歩でもしようじゃないか」

 お母さんヤギは、狼と一緒に森へ行きました。すると、森の中に穴が掘ってあって、中で焚き火が燃えていました。お母さんヤギはそれを見て、狼に言いました。

「ねえ、狼さん。この穴を上手く跳び越せるかどうか、跳び比べをしてみませんか」

 狼は承知しました。

 お母さんヤギは上手に穴を跳び越しました。ところがお腹の重い狼は、跳んだ途端に、焚き火の穴に落っこちてしまいました。狼のお腹は燃えて、ぱちんと弾けました。すると、まあ、お腹の中から子ヤギたちが元気いっぱいに飛び出してきて、お母さんヤギに飛びついてきたじゃありませんか。

 こうして、お母さんヤギと子ヤギたちは、元の通りに、楽しく暮らせるようになりました。



参考文献
『ロシアの昔話』 内田莉莎子編訳 福音館文庫

※あまり関係ないのだが、ハイチの民話を一つ、併せて紹介する。

 母とその娘四人が暮らしていた。四人の娘は全て実の娘だったが、どういうわけか母親は末娘のフィラマンドレをひどく疎んじ、のけものにして、粗末なものしか与えなかった。母親は仕事から帰ると、いつも戸口で歌って娘たちを呼んだ。

ひとりおいで かあさんのところへ
ふたりおいで かあさんのところへ
三人おいで かあさんのところへ
だめ、フィラマンドレは そのままそこに

 ところが、悪魔がこの歌を聴いていて、ある日、母親を真似てこの歌を歌った。けれども、ドラ声だったので騙されない。悪魔は鉛管工のところに行って声を細くしてもらったが、今度は声が高すぎる。再び声を直すと母親そっくりの声になったので、娘たちはとうとう騙されて呼び集められ、悪魔に抱かれてどこかに消えてしまった。
 やがて本物の母親が戻ってきていつものように娘たちを呼んだが、全く返事がない。二度呼ぶと、フィラマンドレがこう歌って返した。

ひとり行けない かあさんのところへ
ふたり行けない かあさんのところへ
三人行けない かあさんのところへ
はい、フィラマンドレは 今いるところ

 フィラマンドレだけは例によって呼ばれなかったため、助かったのだ。三人の娘を失った母親は気が狂い、この歌を口ずさみながら家を出て行った。
 フィラマンドレは一人で町に出、やがて幸福な結婚をした。ある日、彼女の屋敷にぼろぼろの女がやってきた。気が狂い、乞食になった母親だった。フィラマンドレは彼女を抱きしめて言った。
「お母さん、姉さんたちはいなくなったけれど、私がいるわ。私がずっとお母さんと一緒にいるわ」

 継子譚のモチーフの混入もあるが、ペローやグリムの『赤ずきんちゃん』と似た、少女の性への警告のニュアンスがある。インドネシアの「牝牛と三人の娘」にも近い。……それにしても、あくまで上の三人の娘しか眼中にない母親と、それでもなお母親を愛する末娘の噛み合わなさがもの悲しい。



シュパリーチェクチェコスロバキア

 子供のない老夫婦が、森から切り株を掘って来て揺りかごと赤ん坊の人形を作り、本物の赤ん坊にするように歌ってあやした。すると、切り株の人形が本物の赤ん坊に変わり、老夫婦は喜んだ。

 切り株坊やはイワンと名づけられ、日ごとに大きくなって、もう老父の手伝いも出来るようになった。

 イワンは老父に頼んで金の舟と銀のかいを作ってもらい、毎日、湖に魚獲りに行った。時には一日中湖にいたので、老母は弁当を湖まで持って行っては歌って息子を呼ぶのだった。

イワンや、イワン

金の小舟に銀の櫂

もう、戻っておいで

 ところが、一人の魔法使いの老婆がこれを聞いていて、老母の声真似をしてイワンを呼んだ。老婆は老夫婦の知り合いだったが、いつの頃からかイワンをひどく妬み、殺してやろうと考えていた。

 けれども、老婆の声はガラガラ声で老母とは似ても似つかなかったので、イワンは騙されなかった。老婆は鋳掛け屋に頼んで老母そっくりの声が出せるようにしてもらい、騙されて呼び寄せられたイワンを袋に詰めて家に担いで帰った。

 家に帰ると、老婆は娘のヘレナに「この子をよく洗い、かまどの中でよく炙って、焼けたら小さく切ってテーブルに並べておくんだよ」と命じて、友人を食事に招こうと出かけていった。ヘレナはパン焼き用のスコップを出して「この上に乗るのよ。あんたをこんがり焼いてあげるわ」と言うが、イワンがちゃんと乗っていないのでうまくいかない。ヘレナが苛立つと、イワンは「お手本を見せてよ」とヘレナをスコップの上に乗らせ、かまどの中に放り込んだ。そうしてこんがり焼けたヘレナを小さく切ってテーブルに出してから、庭の楓の木に登って隠れた。

 やがて老婆が友人と帰ってきて、それがヘレナの肉だとは全く気づかず、楽しく談笑して食べてしまった。娘はどこかに遊びに行ったものと思っていたのだ。食事が終わり、友人を送ってから戻ると、老婆は楓の木に吊るしたブランコに乗って

イワンを食ったら、ブランコ、ブランコ

と、でたらめの歌を歌いだした。イワンも釣られて歌った。

「ヘレナの肉もちょっぴりね!」

 老婆は驚いて木の上のイワンを見上げ、何もかもを悟った。家に飛んで帰ると、斧を持ち出して楓を切り始めた。しかし斧の柄が折れたので、鍛冶屋へすっ飛んでいくと、荷車二台いっぱいに斧を積んで引き返してきた。

 楓は硬くて斧はみんな駄目になったが、後一息で倒れそうになっていた。イワンは飛んできたガチョウの群れに、両親の所まで運んでいってくれと助けを求めた。しかし、ガチョウたちは「後ろの仲間がお前を運んでくれるよ」と飛び去った。次の群れも、その次の群れも同じことを言って去った。最後に一羽の雄のガチョウが飛んできた。楓は今にも倒れそうになっており、イワンは必死に頼み込んだ。危機一髪、ガチョウはイワンを乗せて飛び去った。老婆は悔しさのあまり泣きに泣き、泣きすぎて死んでしまった。

 雄ガチョウは家の屋根にイワンを下ろした。両親が何を話しているのか聞こうと、イワンは煙突に耳を押し当てた。すると、二人は昼食のテーブルを囲みながら、イワンの話をして泣いていた。たまらなくなって、イワンは「泣かないで、僕はここにいるよ!」と煙突の中へ叫んだ。老夫婦は外に飛び出して息子を見つけ、老父がイワンを屋根から下ろし、イワンは今までの出来事を話した。家族は再会を喜び、雄ガチョウには好きなだけ飲み食いさせた。

 再び平和な日々が戻ってきたが、やがて老父が病気でぽっくり死んでしまうと、老母もそれを追うように死んでしまった。イワンは一人ぼっちになってしまったが、近所の人たちも気にかけてくれたし、雄ガチョウもイワンの側から離れなかった。

 

 そんなある日、イワンの結婚式があり、私も招かれて行って来た。蜂蜜とワインがふんだんに用意され、私も客人も腹いっぱい食べてきたのだよ。



参考文献
『チェコスロバキアの民話』 大竹國弘訳編 恒文社 1980.

※細部まで殆ど同じ話がロシアにもある。(『ロシア民話集〈上〉』岩波文庫 「テリョーシェチカ」)

 シュパリーチェクとは、"丸太坊や"というほどの意味。
 この話には、人食いが母や祖母に化けて留守宅に尋ねてくるモチーフはなく、そういう意味では【赤ずきんちゃん】系統の話ではないのだが、「天道さん金の鎖」や「狼と七匹の子ヤギ」と共通するモチーフは多いので、ここに置いてみた。

 木の上に人間が逃げ、木の幹を人食いが切るか齧る、というシチュエーションは、日本の「天道さん金の鎖」の類話でも見られるが、シベリアやリトアニアでも見ることができる。これはどうも、樹木信仰に関わりがあるように私には思える。北欧の世界樹ユグドラシルの根は常に悪龍に齧られているというが、同様に、木の下の人食いは世界を壊そうとするモノであり、木の上の子供は枝に座る生命〜魂、即ち太陽や月なのだ、という太陽樹信仰が根底にあるのではないだろうか。

 日本にも、切り株から小さ子が生まれる伝承は存在する。ただし、切り株がそのまま人間の子供に変わるのではなく、川を流れてきた切り株の中から白犬が出て、老夫婦の子供代わりになって助けるのであるが。
 しかし、切り株から生まれた小さ子は、恐ろしい魔物として語られる話も少なくない。シベリアの話では、海を流れてきた切り株を拾ってあやしていると女の子に変わる。この娘はたちまち成長して、男以上の猟の腕と美しさを兼ね備えるが、魔性の女でもあって、家族に不幸をもたらして退治される。チェコの話では、子供のない夫婦が切り株で人形を作ると本物の赤ん坊になり、喜んで育てたが、この子は際限なく物を食べたがり、しまいに両親も村人も家畜も食べてしまう。しかし、一人の老婆が鍬でこの怪物の腹を叩いて殺し、食べられた者は全て腹から外に出た。これ以来、夫婦は二度と「子供が欲しい」とは言わなくなったという。

参考--> 「月の中の怪物」「麦粒小僧とテリエル



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