天人女房日本 徳島

 狩人が水浴びしていた天女の着物を隠して女房にした。やがて子供も生まれたが、子供に着物の隠し場所を聞いた女房は、夫の留守に着物を着て、いごづるの木を伝って子供と一緒に天に帰ってしまった。

 狩人は二匹の犬を連れて天に登り、天女の父親に「婿にしてくれ」と申し込んだ。様々な無理難題を女房の助けで切りぬけ、最後に父親は「婿にしてやるから」と瓜の番人を申し付けた。

 女房は「天で瓜を食べてはならない」と警告したが、喉の乾きに耐えかねた狩人は一つ瓜を食べてしまった。すると瓜の中から大水が溢れだし、狩人を下に押し流した。これが七月六日のことで、だから七夕には瓜を供えない。



参考文献
『いまは昔むかしは今(全五巻)』 網野善彦ほか著 福音館書店


参考--> 「牛飼いと織姫」「天の水汲瓢



天女あもれの話日本 奄美

 薪拾いの男が、水浴びしていたあもれの着物を隠して女房にした。三人の子が生まれたが、長女の歌で着物の隠し場所を知ったあもれは、夫の留守に着物を着て、置手紙を残して、子供と共に天に帰ってしまった。

 男は置手紙の通りに天を七回招いて、降りてきた綱を伝って天に行った。それから様々な難題をあもれの父親に課せられたが、あもれの助けを借りて切りぬけていった。

 最後に、父親は「瓜を切れ」と命じた。あもれは「横に切ってはいけません。縦切りになさい」と警告したが、これまでずっとあもれの言うとおりに物事を行ってきた男は、いいかげんこれくらい好きに切りたいと思って横に割ってしまった。たちまち瓜の中から水がどんどん溢れ出してきて洪水になった。

 こうして天の川ができたのだという。あもれと男は川の向こうとこちらに押し流されてしまったが、一年に一度、七夕の日に雨が降らなければ、また遭うことができるのだといわれる。



参考文献
『いまは昔むかしは今(全五巻)』 網野善彦ほか著 福音館書店



天稚彦の草子日本

 昔、長者の家の前で女が洗濯していた。大きな蛇が現れて「我の言うことをきけ。きかなければ、巻きつくぞ」と言うので、女が「何でしょうか。できることならなんでもお聞きします」と言うと、蛇は口から手紙を吐き出して、「長者にこの手紙を渡せ」と言う。手紙を持って行き、長者が開けてみると、「お前の三人の娘を私に差し出さなければ、父も母も取り殺す。この話を受けるならば、どこそこの池の前に十七間の釣殿を作れ。我が身にはそれでも小さいが」と書いてある。これを長者夫婦は読んで、泣くこと限りなかった。

 長女を呼んでこのことを言うと、「そんなことごめんです」と言う。次女に言えば、同じ返事をする。末娘は一番可愛がっている子だったが、泣く泣く呼んで言うと、「お父様とお母様を取り殺させるくらいなら、私がどうにでもなったほうがいい。私が行きます」と言った。不憫でたまらず、泣きながら送り出した。

 蛇の言った池の前に家を作り、末の姫ただ一人を置いて人々は帰った。亥の刻(夜十時)頃になっただろうか、風がさぁっと吹いて、雨はしとしとと降り、雷鳴、稲妻が閃いて、池の中に波が高く立ったように見えた。姫が生きた心地も無く、気も遠くなっていると、十七間の家に入りきれないほど大きな蛇が現れて、言った。

「我を恐れるな。もし刀を持っているなら、我が頭を切れ」

 恐ろしかったが、爪切り刀(つめきり。化粧道具として持っていた)で簡単に切れた。

 切れた頭の中から直衣のうし(貴人の服)を着た、本当に美しい男が走り出てきて、蛇の皮をまとい、姫を小唐櫃からびつ(物を入れる大きな箱。今で言うなら収納ケース)の中に誘った。二人は一緒に寝て楽しく語らい、姫は恐ろしさも忘れ、夢のような一夜を過ごした。

 かくして、夫婦は仲良く暮らすようになった。家にはあらゆるものが沢山あり、足りないものは無く、楽しさは限りが無い。家来や召使も大勢いる。

 ある日、夫が言った。

「我は実は海龍王である。だが、天にも昇ることがある。このほど用事ができたので、明日あさって辺りに天に昇ることになった。七日過ぎたら帰る。もし思いがけず帰ってこれなければ、二の七日(二週間)待て。それより遅ければ三の七日(三週間)待て。そうなっても帰らなければ、帰らないと思ってくれ」

「そうなったら、どうしましょう」

「西の京に女がおり、一夜杓いちやひさごという物を持っている。それを手にいれてそなたも天に昇って来なさい。それはとても困難なことだが、もしも昇れたなら、道で出会った者に”天稚彦のいらっしゃる所はどこですか”と尋ねて来ればいい」

 夫はそう言って、また「この、物の入った唐櫃は、とても大切だ。如何なることがあろうとも開けてはならぬ。開ければ、我は二度と帰って来れないだろう」と言い残して天に昇って行った。

 さて、姉たちが、妹の幸せな様子を見ようと訪ねてきた。

「あなたはこんなに楽しい暮らしをしているのに、私たちときたら、怖がって損したわ」などと言いつつ、いろんなものを開けては見て回り、「これは開けてはなりません」と言う例の唐櫃を、「開けてよ、見たいわ見たいわ」と言い合う。「鍵がどこにあるか知らないもの」と言うと、「鍵を出しなさいよ、何故隠すの」と二人で妹をくすぐった。鍵は袴の腰に結わいつけてあったのだが、くすぐられた拍子に几帳きちょうに当たって音を立てたので、「ほら、あるじゃないの」と言って、その唐櫃をあっさりと開けてしまった。

 唐櫃の中には何も入っておらず、ただ、煙が空に立ち昇った。

 こうして、姉たちは帰って行った。

 三の七日待ったが、夫の姿は見えなかった。姫は夫に言われた通りに西の京に行き、女から一夜杓を譲り受けた。それは、地面に埋めればあっという間につるが伸びて天まで人を運ぶ、魔法のひょうたんなのである。姫は、(これに乗って天に昇ったら、もう帰って来れないでしょう。私が行方知れずになったと聞いたら、両親はどんなに悲しむことかしら)と思うと、とても悲しかったが、その心を振りきって天に向かった。

 天に昇って行くと、白い狩衣を着た見栄えのよい男に会ったので、「天稚彦のいらっしゃる所はどこですか」と尋ねると、「私は知りません。次に会った人にお訊きなさい」と言って去って行く。「あなた様はどなたでしょう」「夕づつ(宵の明星)です」

 次に、ほうきを持った人が現れた。さっきのように尋ねると、「私は知りません。後から来た人にお訊きなさい。私はほうき星(彗星)です」と言って通り過ぎて行った。

 次に、集団に会った。またさっきのように尋ねると、今度もさっきのように答えて、「私たちはすばる星です」と言って通り過ぎて行った。

(こんなことでは、尋ねあてることはできないのではないかしら)

 姫は不安になり、心細くなった。それでも行かねば、となおも進んで行くと、立派な玉の輿に乗った人に出会った。これまでと同じように尋ねると、「これより奥に行くと、瑠璃の大地に宝石の御殿が建っています。そこに行って、天稚彦を訪ねなさい」と教えてくれた。

 言われた通りに行って、姫は夫をたずねあてた。あてどなく探し回った心の内などを聞いて天稚彦も心打たれ、

「我も辛く、そなたがきっと来てくれるに違いないと心を慰めていたが、そなたも同じように感じていたのだな」

と、改めてお互いを確かめ合い、語らった。まことに浅からぬ縁である。

 そして、天稚彦は言った。

「さても困ったことだ、どうしたものか。我の父は鬼なのだ。そなたがここにいると聞けば、どうなることか」

「とても驚きましたが、あなたとはこんなにも心を尽くした仲なのです。ここが嫌でも帰る所も無い身ですし、あるがままに受け入れましょう」

 それから日にちが過ぎて、この親がやってきた。天稚彦は、姫を脇息きょうそく(肘掛け)に変えて寄りかかった。父鬼は本当に恐ろしい形相だ。「娑婆しゃば(現世)の人間の匂いがする。臭いぞ」と暫くうろうろしてから帰った。それからも度々来るようになったが、その度に天稚彦は姫を扇や枕にしつつ、ごまかしていた。

 父鬼はそれに感づいて、足音を忍ばせて、ふいにやってきた。この時は天稚彦は昼寝をしていたので、姫を隠す暇がなかった。「これは誰だ」と言うので、今となっては隠しても仕方がない。ありのままに説明すると、父鬼は言った。

「わしの嫁にしよう。家の世話をする者に事欠いていたところだ。もらっていくぞ」

 天稚彦は、(ああ、恐れていた通りだ)と思って悲しんだが、父に逆らうことはできないので、姫を父鬼にやった。

 父鬼が姫を連れて行って言うには、

「野に飼っている牛が千頭いる。それを朝夕世話しろ。昼には外へ出し、夜には牛小屋に入れるのだ」

 姫が天稚彦に「どうしましょう」と相談すると、自分の袖を解いて与えて、「”天稚彦の袖、天稚彦の袖”と言って振れ」と教えた。言われた通りに振ると、千頭の牛は勝手に朝には野に出て、夜には牛小屋に入る。「これは不思議だ」と父鬼は言った。

 次に、父鬼は「わしの蔵にある米千石を、すぐに別の蔵へ移せ。一粒も落とすな」と言った。また袖を振って唱えると、アリが沢山出てきて、すぐに運んでしまった。父鬼は算木で米を数え、「一粒足りない」と怖い顔をして、「絶対に探し出せ」と言う。「探してまいります」と見て回ると、腰の折れたアリがヨロヨロと運んでいるのを見つけて、喜んで持って行った。

 次に、「百足の倉に入れてやれ」と言って、中に鉄の張られた倉に閉じ込められた。百足といっても普通のものではない。一尺を超えるようなものが四、五千も群れ集って、口を開けて食い付こうとしてくる。目もくらむ心地ながら、また例の袖を振って「天稚彦の袖、天稚彦の袖」と唱えると、百足は倉の隅に寄って近付いてこなかった。父鬼が七日過ぎて蔵を開けてみると、姫はなんともない様子でいた。

 今度は、蛇の城に閉じ込められた。その時も前と同じようにすると、蛇は一匹も寄って来ない。父鬼がまた七日過ぎて開けてみると、前と同じように無事に生きている。どうしたものかと、姫を扱いかねてしまった。

「仕方がない。だが、天稚彦と元のように逢うのは、月に一度だけだぞ」と言ったのを、姫は聞き間違えて「年に一度と仰いますか」と言ったので、父鬼は「ならば年に一度だ」と、瓜を持って投げつけた。瓜が割れると、そこから水が溢れ出して天の川となり、夫婦を隔てた。それで、二人は七夕(織姫星)と彦星(牽牛星)となって、年に一度、七月七日に逢うのである。



参考文献
『いまは昔むかしは今(全五巻)』 網野善彦ほか著 福音館書店

※「あめわかみこ」「たなばた」といったタイトルで類似の絵巻が多数存在する。「蛇婿入り(異類婚姻譚)」+「失われた夫を探す妻」+「七夕説話」といった感じ。しかし全体の構成は、ギリシア神話の「アモールとプシュケ」にもとてもよく似ている。



七夕女たなばたつめ「為相古今集註」 日本

 昔、もろこしに乾陸魏という長者がいた。その下女が水辺で洗い物をしていると、大蛇が出て、口から結んだ手紙を出して、長者に渡せと言う。長者の三人の娘のうちどれか一人をよこせというのだ。さもなくば長者一家はおろかその一族眷属全てが破滅するだろう、と。もし娘をくれるならば、これより東の山中に七間四面の屋敷があるので、その中に姫を乗せた輿を置いて、他の者は帰せ、と。

 下女は恐ろしく思いながら報せに行き、長者が見に行くと、長さ二丈七、八尺ばかりの大蛇だ。見るからに、本当に恐ろしい。蛇が先に下女に語ったように言うので、「分かった。三人の娘に話してみよう」と言って屋敷に帰ると、蛇も帰った。

 さて、長者は家に帰ってから物も食べないで寝込み、嘆いた。娘たちは理由を知らないで、父の病気を何とかしようと部屋に見舞いに来た。長者が「一人も娘をやらないでいれば親子五人、親類縁者数万人が一度に滅んでしまう。それが嫌だから娘を一人やろうと思っても、どの子をやることもできない。みんな私の子供だ。そう思うと病気になり、物も食べられないのだ」と言うと、長女は「嫌だわ。相手がどんなでも人間ならお父様の言いつけに従いますが、そんな恐ろしいことには、たとえ一日でみんな死んでしまうことになっても、進んで従う気にはなりません」と言って帰った。その後 次女が来て病状を訊いてくるので、さっきのように答えた。この次女も、さっきの姉のように答えて帰った。もっともなことで恨むこともできず、思い煩った。

 末の娘はことに幼く、まだたったの十三歳である。どんなに怖がるだろうと思うと、父母もなかなか言い出せずにいたが、父が物も食べられないのを悲しんで、自分で父のところに理由を尋ねに来た。しょんぼりとかくかくしかじかと説明して、「お前の姉さん二人は嫌だと断ったが、もっともで恨めないことだ。ましてお前は幼いのだから、どんなに怖がるだろうと思うと、力も出なかった。わしらの子供がみんなが滅ぶ宿因になるのだ。約束の日も近い。それにしても、わしら一族、牛や馬にいたるまで失われることを思えば、心細くて悲しくてたまらない」と語った。

 末娘はじっと話を聞いて、涙を流して言った。

「私がこうして楽しい日々を送ったのも、お父様とお母様のおかげです。だから、たとえ火や水に入り、鬼に食べられ神に取られようとも、お父様とお母様のために言いつけに従うことを嫌がったりしません。ましてや、私が行かなければみんな死ぬと言うのでしょう。私一人が蛇に食べられて、家族から使用人のみんなまで助けることができるなら、それはとてもいいことです。死んだ後はきっと極楽に行けます。……さぁ、安心して、早くご飯を食べてください」

 これを聞いて、両親はもとより、使用人にいたるまでみんな袖をしぼって泣いた。

 すぐに、明日は約束の日、という日になった。娘は人に形見を渡したり別れの挨拶をしたりし、行水して身を清めて、守り仏の金銅の観音像をしっかり肌身につけた。観音経を持って輿に乗り、家族や使用人がお葬式のように泣きどよむ中、「早く連れて行ってください。約束に遅れたら、蛇が来てみんなに災いをなすかもしれません」とキッパリした様子である。輿は急いで出発し、父母は、せめて自分たちの命の代わりに、と珍しい宝を添えて送った。

 例の蛇が指定した山里に行ってみると、忌まわしい感じの御殿がある。その中に輿を置いて、送りの者たちは泣く泣く帰った。娘はたった一人残って観音経を唱えていると、長さ二丈ばかりの大蛇が這い出てきた。目は月日のごとく、口は獅子のそれのようである。輿の側まで這い寄って、舌をちろちろと出している。暫くそうしてから蛇が言うには、

「小刀を持っていますか。私の背を尾まで割ってください」

 嫌だと思ったが、硯の小刀を取り出して、言われた通りに割った。すると、蛇の中から、十七、八ばかりの、色が白く、辺りが照り輝くように麗しい男が出てきた。綺麗な服に宝石の冠をつけて、全てこの世の人とも思えない。例の蛇の皮を身に巻き、娘と夫婦になって、めでたいと言うばかりである。男の眷属もどこからともなく現れて、使用人として働き始めた。

 それから十七日経って、娘の家族は、もしや蛇の食い残した骨などあるかもしれない、拾って供養しようと思って、人を使いに出した。すると、死んだりしないで、立派に富み栄えているではないか。夫も蛇ではなく美男子だし、やってきた人々は思いがけなくて、嬉し涙を流した。

 さて、このことを長者夫婦に伝えると、喜んで大声を張り上げて、急いで見に行った。すると、後園の倉は数え切れないほど、庭の砂まで金や宝石を敷いてある。まるで生きながら仏の国に来たようで、嬉しくてたまらなかった。婿を見れば蛇どころか辺りが光り輝くような美男子。両親は手を合わせて拝んだ。

 これを見て、蛇のところに行くのを嫌がった二人の姉は口惜しくねたましく、私が行けばよかった、私が行けばよかったと、悔しがった。

 ある日、夫は娘に言った。

「私は四王天の梵天王の子で、彦星という者です。あなたと前世の縁があったので、あなたと夫婦になるために下界にこの三年間住みました。今度、天の父の用で天に帰り昇ります。決してあの朱の唐櫃からびつを開けないでください。来年三月には必ず戻ります。けれど、もし、この朱の唐櫃を開けたら、どんなに願おうとも帰る事はできないでしょう」

 そして、唐櫃の鍵を「身から放さないでください」と言って預けて、天へ昇った。

 娘の両親と姉たちが、夫の留守の寂しさを慰めようと訪ねてきた。後園の倉を開けて、見たことも無いような宝が沢山あるのを見ては誉めて騒いだ。例の朱の唐櫃の中身を知りたがったが、「これは開けてはいけないものです」と、どうしても開けようとしなかった。そうなると、あんな素晴らしい宝物の入った倉は開けたのにこの唐櫃は開けないなんて、きっともっと素晴らしい物が入っているに違いないと、そわそわして気になって、「鍵はどこにあるの」と末娘をくすぐって言わせようとしたが、「開けません」としっかりしている。ところが、姉は力が強く、なんと箱の錠をねじ切って唐櫃を開けてしまった。けれど、中からは細い煙が一筋立ち昇るばかり。「なんてことないわ、つまらない」と、唐櫃を投げ出して、また別のものを物色し始めた。末娘はとても悲しくなって泣いてしまったが、今となっては無駄なことだった。

 夫の約束した月が来たが、帰ってこなかった。悲しんでいると、実家にいた頃から可愛がって飼っていたつがいのカササギが、羽を並べてこの上に娘を乗せ、遥かに天を指して舞いあがった。四王天に至り、天人に「梵天王の御子、彦星はどちらにおいででしょうか」と尋ね、教えられて尋ね着いた。夫が言った。

「私が約束の日に降りようとしても、私が拠り所にした物を入れた唐櫃を、開けて人に見られてしまったので、中身は煙となって昇ってしまいました。こうなっては、何を拠り所にして降りたものか。そう思いながら三年を過ごしてきましたが、嬉しいことです。ただし、ここは人間の来ないところです。私の親にこのことを説明せねばなりません」

 しかじかと説明すると、梵天王は「とんでもないことだ」と叱った。

「ただし、その女がわしに天の羽衣を織って渡すなら、お前と逢うことは許そう。彦星よ、お前はわしの千頭の牛を七日の間引き連れて世話をするのだ。そうすれば、その女と逢うことを許そう」

 夫は娘にこのことを伝えた。

「織り方を習ったことはありませんが、仏に任せて一生懸命織ってみましょう」と言って、娘が羽衣を織ると、仏が哀れんで、簡単に織ることができた。よって、彼女を織女と書いて「たなばた」と言う。

 夫の彦星は、七日の間千頭の牛を引いて世話をした。よって、彼を牽牛と言う。

 梵天王は、こうなっては仕方が無い、と、二人が逢うことを許した。「ただし、月に一度逢え」と言って、瓜を持って投げ打った。瓜がつぶれて天の川となった。今、牽牛と織女が年に一度逢うのは、月に一度と言うのを年に一度と聞き違えたからだという。

 七月七日に梵天王の許しを得て、彦星と織女が逢うとき、天の川が深くて渡ることができないならば、あのカササギのつがいが羽を並べ、紅葉を食べて橋となし、渡らせるというので、天の川に紅葉の橋、カササギの橋と言う事がある。

 

天河あまのがわ 紅葉もみじを橋に渡せばや 七夕女たなばたつめの秋をしも待つ



参考文献
『いまは昔むかしは今(全五巻)』 網野善彦ほか著 福音館書店

※「天河 紅葉を橋に〜」の歌は、中国の唐代の「紅葉のなかだち」の故事による。干祐と宮女の韓夫人は、紅葉に詩を書いて御溝みかわに流し、それが縁で結ばれた。



脚布奪きゃふばい星日本 愛媛県

 昔、七夕はんが「七月七日の晩に雨が降らないようにしてください」と、天のおなご(女)星さんらにお願いした。その代わり、七月七日までに脚布(肌着)を織って一枚ずつ差し上げます、と。

 ところが、一生懸命機を織ったのに、どうしても一枚織り終えなかった。七日の晩、二人のおなご星さんが天の川で水を浴びていたが、川から上がってみると脚布は一枚しかあげられない、と言う。それで「うちにおくれや」「ううん、うちぃお貸しや」と脚布の奪い合いを始めた。

 このおなご星さんの一方が、雨を降らせる役目を持つ星である。それで、この雨降りのおなご星さんが脚布を取った年には、約束通り七日の晩に雨が降らないのだが、取れなかった年には雨がざんざん降る。そうして、脚布を取れなかったおなご星さんは、裸を雨雲に隠したまま、さっと山の向こうに沈んでしまうのだそうだ。



参考文献
『日本の星 星の方言集』 野尻抱影著 中公文庫 1976.

※天の川でおなご星さん――天女が水浴びしているところ、七夕はん(織女)が彼女達のための衣を織っているところなど、中国の古い七夕伝承を思わせる。また、おなご星さん――天女が、雨を降らせる神として登場している点にも注目である。

 脚布奪い星は、さそり座の鉤型の尾の根元側、μ1、μ2の二重星を指す。小さな星がちかちかと瞬いて二つに見えたり一つに見えたりするので、星が争っている、何かを奪いあっている、と見ていたらしい。同様に見える星は他にもあちこちにあるようで、それらの殆どは”相撲すも取り星”と呼ばれている。
 脚布とは湯巻もしくは女性の腰巻のことである。昔は、風呂には裸ではなく、専用の白い着物を着て入った。今の浴衣の原型だが、これを湯巻と言う。一方、腰巻は巻きスカートのように腰に巻きつけた女性の下着である。この物語で語られている脚布は、水から上がった後に奪いあっているところからして、腰巻のことだと思う。
 女性が下着を奪いあっている様は、まだなんとか絵になっている感じだが、香川県高松市ではこの星をふんどしい星と呼んでいて、まるで絵にならない。天神の投げた一本のふんどしを星たちが奪いあっているのだそうだ。



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