昔々、真冬のこと。雪がちらちら鳥の羽のように空から降っていたとき、ひとりのお妃が黒檀の枠の窓の側に腰かけて縫いものをしていた。そして外を見上げた拍子に針で指を突いてしまい、血が三滴、雪の中へ落ちた。
その紅い色が、白い雪の中で大層きれいに見えたものだから、お妃はひとりごちた。
「雪のように白くて血のように紅く、黒檀のように黒い髪をした子がほしいわ」
それから間もなく、かわいらしいお姫様が生まれた。その姫は雪のように色白で、唇と頬は血のように紅く、黒檀のように黒い髪の毛をしていたので、白雪姫という名をつけられた。この子を生むとお妃は死んだ。
一年経つと王様は新しい奥方を迎えた。大層器量のよい人だったけれど、高慢で、いばっていて、美貌で他人に負けるなんてとても我慢できない性質だった。
お妃は不思議な鏡を持っていて、その前へ行ってじっと鏡の中を見つめて言った。
鏡よ 壁の鏡よ
この世で一番美しいのは誰?
すると鏡が返事をした。
お妃さま
あなたがこの世で一番美しい
お妃はこれを聞くと、鏡が嘘を言わないことを知っているので、安心するのだった。
さて、白雪姫は大きくなるにつれて だんだんきれいになり、七つのときには輝く太陽のように美しくなった。そんなある日、お妃が鏡に訊いた。
鏡よ 壁の鏡よ
この世で一番美しいのは誰?
すると鏡が返事をした。
お妃さま
あなたはとても美しい
けれど、白雪姫さまの方が何千倍も美しい
これを聞くとお妃はおどろいて、ねたましくてねたましくて、黄色くなったり青くなったりした。
このときからというもの、白雪姫を見ると胸の中で心臓がひっくりかえるくらい憎らしくてたまらなかった。ねたましさやら思い上がった気持ちやらが心の中で雑草のようにだんだん伸びて来て、夜も昼もじっとしていられなくなってきた。そこで猟師を呼んで言った。
「あの子を森の中へ連れてっておくれ。もうあの子を見るのもいやだ。殺してしまって、肺と肝を証拠に持っておいで」
猟師は言われた通りに姫をつれ出して、猟刀を抜いて、罪もない白雪姫の心蔵を一突きしようとすると、白雪姫は泣き出して言った。
「ねえ猟師さん、命を助けて下さい。あたし、森の中へ入って行って、二度と家へ帰らないから」
なにしろ大層きれいだったものだから、猟師もかわいそうに思って言った。
「それじゃあ、お行きなさい。かわいそうに」
「おそろしいけものが、すぐ食ってしまうだろう」とは思ったものの、自分が殺さずにすんだものだから、胸から石がころげ落ちたみたいな気がした。そこへちょうど猪の一歳子がとび出して来たので、そいつを突き殺して、肺と肝とをとり出して、証拠としてお妃のところへ持って行った。料理番はそれを塩漬にするように言いつかり、意地悪い女はそれをすっかり食べて、白雪姫の肺と肝を食べたつもりでいた。
さて、かわいそうな子供は、大きな森の中でひとりぼっちでいると何だか怖くなってきたので、木の葉を一枚一枚見ていたが、どうしたらよいのかわからなくなってしまった。そこで駆け出して、尖った石の上をとびこえ茨の間を駆け抜けていった。恐ろしい獣が白雪姫の側を通ったけれど、何もしなかった。足の続く限り歩いて、やがて日も暮れかけた頃、一軒の小さな家を見つけ、休もうと思って中へ入った。
小屋の中は何もかも小さかったけれど、素晴らしく綺麗でさっぱりしていた。白い布をかけた小さなテーブルの上にはお皿が七枚のっていて、どのお皿にも、かわいらしいスプーンがそえてある上に、七つのかわいらしいナイフと小さなフォークと、七枚の小皿がついていた。
壁ぎわには小さな寝台が七つ、ずらっと並んでいて、真白なシーツがかけてあった。
白雪姫は、おなかがぺこぺこで喉が乾いていたものだから、みんなの小皿から野菜とパンをちょっぴりずつ食べて、みんなの盃から葡萄酒をひとたらしずつ飲んだ。だって、一人の人のものだけから何もかも取ってしまいたくなかったからさ。さてそれから、とてもくたびれたものだから小さいベッドに寝てみたけれど、ちょうど身体にあうものは一つもなかった。どれも長すぎたり短すぎたりしたけれど、おしまいに試してみた七番目のがちょうど具合がよかった。その中にもぐりこんで、神さまにおまかせして、ぐっすり眠り込んでしまった。
日がとっぷり暮れた頃、小屋の主たちが帰って来た。それは山へ入って鉱石を細かにくだいて掘っている、七人の小人だった。小人たちは小さな灯りを七つつけた。小屋の中が明るくなると、いろいろな物の様子が出かけたときとは違っていたものだから、誰かが中に入っていたことに気がついた。
一番目のが言った。「誰がわしの椅子に腰かけたんだろう?」
二番目のが言った。「誰がわしの皿のものを食べたんだろう?」
三番目のが言った。「誰がわしのパンをとったのだろう?」
四番目のが言った。「誰がわたしの野菜を食べたのだろう?」
五番目のが言った。「誰が私のフォークで刺したんだろう?」
六番目のが言った。「誰があたしのナイフで切ったんだろう?」
七番目のが言った。「誰が僕の盃の中身を飲んだんだろう?」
それから、一番目があたりを見廻し、自分のベッドに小さなくぼみのあるのを見つけて言った。
「誰がわしのベッドに入ったんだろう」
他の者もかけよって来て騒いだ。
「僕の寝床に誰か寝ているぞ」
七番目のが、自分のベッドに白雪姫が眠っているのを見つけた。そこで みんなを呼ぶと、みんな大急ぎでやって来て、びっくりしてわいわい言って、めいめい小さな灯りを持って白雪姫を照らして見た。
「おや、まあ! おや、まあ!」
とみんなは言って騒いだ。
「なんてきれいな子なんだろう!」
嬉しくてたまらないものだから、起こさずに そのままベッドに寝かしておいた。ベッドを取られた七番目の小人は、一時間ずつ順々に仲間の横に寝ているうちに夜が明けた。
朝になって白雪姫は目を覚まし、七人の小人を見てびっくりした。けれど、みんなは優しくして訊いた。「何ていう名前なの?」
「あたし、白雪姫というの」と白雪姫は返事をした。
「どうしてわしらの家へ入ったんだい?」と小人たちが尋ねた。
そこで、継母が自分を殺させようとしたこと、けれど猟師が命を助けてくれたこと、それから一日中駆け廻って、やっとこの小屋を見つけたことを話してきかせた。
小人が言った。
「お前がわしたちの家の世話をして、煮炊きをしたり、床を敷いたり、洗濯やぬいものや編物をしてくれて、なんでもきちんと さっぱりしてくれれば、わしらと一緒にいてもいいよ。何も不自由はさせないよ」
「はい」と白雪姫は返事をした。「結構です」
そうして、みんなの所にいることにした。
白雪姫は家の中をきちんと片付けてやった。小人たち朝、山へ行って銅や金をさがし、夕方、帰って来るので、その間にご飯の支度をしておくことにきめた。
一日中、白雪姫は独りぽっちだったものだから、小人たちが用心するように言った。
「継母に気をつけるんだよ。お前がここにいることをすぐかぎつけるだろうから、決して誰も入れちゃあいけないよ」
お妃は、白雪姫の肺と肝を食べたものと思いこんでからは、自分こそ誰よりも器量よしとばかり思って、鏡の前へ行って言った。
鏡よ 壁の鏡よ
この世で一番美しいのは誰?
すると鏡が返事をした。
お妃さま
あなたがこの世で一番美しい
けれど、山の向うで七人の小人と暮らす白雪姫さまの方が
何千倍も美しい
お妃はこれを聞くと、鏡は決して嘘をいわないことを知っているものだから、びっくりして、猟師が自分をだましたこと、白雪姫が生きていることに感づいた。そして何とかして白雪姫を殺したいものと、いろいろ思案した。なにしろ自分がこの世で一番の美人にならないうちは、くやしくてくやしくてたまらなかったのさ。そのううちに何か考えだして、髪をそめて、物売り婆さんみたいななりをして、すっかり見分けのつかないようになった。そのかっこうで、七つの山を越えて七人の小人の小屋に行って、戸をたたいて呼んだ。
「きれいな小物はいかかですか! いかがですか!」
白雪姫は窓からのぞいて言った。
「こんにちは、おばあさん。何を売ってらっしゃるの?」
「上等な品、みごとな品ですよ。ほら、このいろいろな色のひも」
そうして、色とりどりの絹糸で編んだものを一本出した。
「こんな正直なおばあさんなら家へ入れてもよかろう」と白雪姫は思って、かんぬきを抜いて開けて、きれいなひもを買った。
「おやまあ」と婆が言った。「かわいらしいお子さんだね。こっちへおいで、可愛くむすんであげよう」
白雪姫は疑いもしないで婆の前へ行って、新しいひもを結んでもらった。ところが、婆さんがいきなりきつく絞めたものだから、白雪姫は息が絶えて、死んだように倒れてしまった。
「さあこれで、一番の美人はいなくなったぞ」と婆は言って、急いで出て行ってしまった。
日が暮れて七人の小人が家へ帰って来て、大事な白雪姫が地面に倒れているのを見てびっくりした。白雪姫はびくりとも身動きもしないで、まるで死んだみたいだった。
みんなが白雪姫を抱き起こして見ると、ひもできつく結びすぎていることがわかったので、ひもをぶっつり切った。すると白雪姫は少し息をしはじめ、だんだんに生き生きとしてきた。
小人たちは一部始終聞くと言った。
「その物売り婆が悪者の妃に違いない。わしらが側にいないときは、誰も家に入れちゃあいけないよ」
一方、悪い女は家へ帰ってから、鏡に行って聞いた。
鏡よ 壁の鏡よ
この世で一番美しいのは誰?
すると鏡が返事をした、
お妃さま
あなたがこの世で一番美しい
けれど、山の向うで七人の小人と暮らす白雪姫さまの方が
何千倍も美しい
お妃はこれを聞くと、血がみんな心臓に流れこみ、ぎっとした。白雪姫がまた生き返ったことがよく判ったからさ。
「よし、今度こそ、何としてでもお前を殺してやる!」
そうして、習い覚えた魔法で毒の櫛をこしらえた。それから身なりを変えて、別の婆さんのなりをした。
こうして七つの山を越えて、七人の小人の小屋へ訪ねて行って、戸口で声をかけた。
「よい品はいらんかね! いらんかね!」
白雪姫はのぞいて言った。
「いりません。誰も入れませんよ」
「見るだけならよろしかろ」と婆は言って、毒のある櫛を出して高くさし上げた。
すると白雪姫の気に入ったものだから、ついうっかり戸を開けた。買物がきまると婆が言った。
「うまく梳いてあげよう」
かわいそうな白雪姫は何も疑わず、婆さんの言うなりになった。ところが、櫛が髪に触れるか触れないかのうちに、姫は気を失って倒れてしまった。
「随一の美人も、これでお陀仏さね」
悪い婆はそう言って、行ってしまった。
運良く、間もなく日が暮れて七人の小人が帰って来た。
みんなは白雪姫が死んだように地面に倒れているのを見ると、すぐに継母が怪しいと思った。探してみると毒の櫛が見つかったので、それを抜くとたちまち姫は正気に返って一部始終を話した。
そこでみんなは、もう一度、よく用心して誰にも扉を開けないように、と言いきかせた。
お妃は家へ帰ってから、鏡の前に行って言った。
鏡よ 壁の鏡よ
この世で一番美しいのは誰?
すると鏡が相変らず答えた。
お妃さま
あなたがこの世で一番美しい
けれど、山の向うで七人の小人と暮らす白雪姫さまの方が
何千倍も美しい
鏡がこう言うのを聞くと、妃はぶるぶる身をふるわせて怒った。
「どうしても白雪姫を殺してやるわ!」とわめいた。「たとえ自分の命をなくしてもかまわない」
それからお妃は、誰も来ない人里はなれた隠れ家で、とても毒の強いりんごをこしらえた。白くて頬が紅く、見かけはきれいで、一目みたら誰だって食べたくなるようなものだったけど、一口でも食べたらたちまち死んでしまうものだった。そのりんごが出来上がると、顔に色をぬり、百姓女のなりをして七つの山を越えて、七人の小人の所へ行った。戸をたたくと、白雪姫が窓から顔を出して言った。
「誰も家へ入れてはいけないの。七人の小人にいけないって言われたの」
「結構ですよ」と百姓女が言った。
「りんごをすっかり売り払ってしまいたいんだけどね。さあ一つあげよう」
「いいえ」と白雪姫は言った。「何ももらってはいけないの」
「毒が怖いのかね?」と百姓女が言った。
「まあごらんよ、この通りりんごを二つに切って、お前さんは熟れた紅い方をお食べ。あたしは白い方を食べるから」
ところがそのりんごはとてもうまくこしらえてあって、紅い方だけ毒が入っていた。
白雪姫はきれいなりんごが食べたくてたまらず、百姓女が半分食べたのを見ると、もうがまんが出来なくなって、窓から手をのばして毒のある方を取った。ところが、ひとくち口にいれたかと思うと、たちまち死んで地面に倒れてしまった。
お妃はものすごい目付でじっと見ていて、げらげら笑って言った。
「雪みたいに白くて、血みたいに紅くて、黒檀みたいに黒いか! 今度こそ、小人もお前を生き返らせることは出来ないよ」
そうして、家へ帰ってから鏡に聞いた。
鏡よ 壁の鏡よ
この世で一番美しいのは誰?
そうすると、とうとう鏡がこう返事した。
お妃さま
この世で一番美しいのはあなたです
それでお妃の嫉み深い心も、世間の嫉み深い心のように一安心した。
夕方家へ帰って来た小人たちは、白雪姫が地面に倒れていて、もう呼吸も止まって死んでいるのを見た。抱き上げて、何か毒のものはないかと探し、紐をほどいたり、髪の毛をすいたり、水や葡萄酒で体を洗ったりしてみたけれど、何もかも無駄だった。かわいい子供は死んでいた。死んだままだった。
みんなは姫を棺台に乗せ、七人がみんなそろって、その傍へ腰をかけて泣き悲しんで、三日の間泣き続けていた。
それから埋めようと思ったけど、いつになっても生きてる人みたいに生々としていて、頬も紅くきれいなままだった。
みんなは言った。「これは黒い土の中になんか埋められないや」
そうして、四方から見えるようにすきとおったガラスの棺をこしらえてその中へ入れ、その上へ金文字で名前と王様の娘だということを書いておいた。こうして、その棺を外へ持って行って、山の上へ置いて、いつも誰か一人ずつそばにいて番をした。
獣たちもやって来て、白雪姫のことを泣き悲しんだ。一番先に来たのがふくろうで、その次がカラス、一番おしまいが鳩だった。
さて白雪姫は長い長い間 棺の中に入っていたけれど、腐りもせず、相変らず雪のように白く、血のように紅く、黒檀のような黒髪で、まるで寝ているみたいだった。
ところがある王子が森へ入って、この小人の小屋へ来て、ここで夜を明かしたことがあった。王子は山の上にある棺と箱の中に入っているきれいな白雪姫を見つけ、金文字で棺に書いてあることを読んだ。それから小人たちに向って言った。
「この棺を私にゆずっておくれ。その代わりほしい物は何でもあげるから」
けれども小人たちは首を横に振った。
「世界中のお金をくれるといったって、この棺をあげるわけにはいきません」
すると王子が言った。
「それでは僕に譲ってくれ。白雪姫を見ずには生きていられないのだ。白雪姫を何よりの宝物として、大切に、大事にするから」
こう言うと、小人たちも気の毒になって、棺を王子にやってしまった。王子は棺を召使の者にかつがせて持って行った。
ところが、召使たちが藪につまずいてよろよろした拍子に、白雪姫がかじった毒りんごのかけらがころりと喉から飛び出した。白雪姫は眼を開けて、棺の蓋を持ち上げて立ち上がった。生き返ったのさ。
「まあ、ここは何処なの?」と声をたてた。
王子は大喜びで言った。
「僕の側ですよ」
そうして一部始終を話してきかせて言った。
「あなたを世界中の何より愛しています。僕と一緒に父上の城へ行きましょう。僕の妻になるのです」
こう言われて、白雪姫は王子が好きになり、一緒に行って、婚礼の支度が目もあざやかに見事に出来上がった。
婚礼には、白雪姫の罪深い継母まで呼ばれた。けれど、継母は花嫁が誰なのかは知らなかった。継母はきれいな着物を着て、鏡の前へ行って言った。
鏡よ 壁の鏡よ
この世で一番美しいのは誰?
すると鏡が変わらず返事をした。
お妃さま
あなたはこの世で一番美しい
けれど、若い女王さまは
その何千倍も美しい
これを聞くと、悪い女はひどい悪態をついて、気になって気になって、じっとしていられなくなってしまった。
とても婚礼になんか行きたくなかったけれど、やはり気が落着かないので出かけて行って、若いお妃を見ずにはいられなかった。入ってみると、すぐ白雪姫とわかったので、心配やらおそろしいやらで突立ったまま、身動きも出来なかった。けれど、もうその時には鉄の上靴が石炭の燃える火にかけてあり、それをやっとこで挟んで持って来て、悪いお妃の前に差し出された。それで彼女は真っ赤に灼けた靴をはいて、死んで倒れるまで踊り続けなければならなかった。
参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.
『完訳グリム童話(全三巻)』 グリム兄弟著、関 敬吾・川端 豊彦訳 角川文庫
昔、親のいない三人の姉妹がいました。
ある日のこと、娘達は誰が一番器量良しか知りたいと思いました。そこで太陽が姿を見せようとする夜明け、太陽の家の戸口を訪れて尋ねました。
「お日様、戸口にお出ましのお日様、私達のうちで一番の器量良しは誰でしょう?」
すると太陽は答えました。
こなたもそなたも、同じように美しい
だが三番目の一番若いあなたは、それにも増して美しい
姉二人はこれを聞いて唇を噛み、苦々しく思いながら家に帰りました。
あくる朝、姉達はよそ行きの服を着て宝石を着け、きらびやかに飾りたてました。けれど末の妹のミルシーナには汚れたみっともない服を着せました。そして太陽のところへ行きました。
「お日様、戸口にお出ましのお日様、私達のうちで一番の器量良しは誰でしょう?」
太陽は、また答えました。
こなたもそなたも、同じように美しい
だが三番目の一番若いあなたは、それにも増して美しい
これを聞いた姉達は恥ずかしさでいっぱいになり、大層惨めな思いで家に帰りました。
それでも、姉達はもう一度 太陽に聞きに行きました。
「お日様、戸口にお出ましのお日様、私達のうちで一番の器量良しは誰でしょう?」
けれども、太陽はやはりこう答えたのです。
こなたもそなたも、同じように美しい
だが三番目の一番若いあなたは、それにも増して美しい
姉達は妬ましさのあまり身の細る思いがし、ミルシーナを追い出そうと企みました。
「お母さんが死んでからもう何年にもなるね。今お母さんは遠い山の上に埋めたままになっているけど、早くちゃんとしたお墓に移さなくちゃ。今夜の内に仕度をしましょう。明日の朝早く出られるようにね」
姉達の企みなど知らぬミルシーナはすっかり真に受けて、翌朝、お供えの丸パンを持って姉達と一緒に山に行きました。森の奥のぶなの木の側で姉は立ち止まり、ここが母さんの墓だよ、と言いました。
「まあ、困ったわ。クワもツルハシも忘れて来てしまった。この中の誰かが取りに行かなくちゃならないけど……」
娘達は互いにしり込みしました。一人で山の中を歩いて取りに行くのは恐ろしいことだったからです。最後に姉達が言いました。
「よくお聞き。私達が二人でツルハシを取ってくるから、お前はここにいるのよ、ミルシーナ。だって誰も独りでは取りに行けないんだもの」
「わかったわ。でも、急いで戻って来てね。一人でいるのは怖いんですもの」
「ええ、じきに戻るからね」
そして姉達は小躍りしていってしまいました。勿論、帰ってくるつもりなどなかったのです。
ミルシーナはじっと待ち続け、ついに夜になってしまいました。泣いていると、一本のぶなの木が言いました。
「泣かないで、娘さん。手に持っている、その丸パンを転がしてごらん。どこであろうと、そのパンの止まったところで暮らすんだ。何事も恐れずにね」
そこでミルシーナはパンを転がしました。そしてその後を追ってとあるほら穴に入り込みました。そこには一軒の家があり、ミルシーナはその中へ入ると、奇麗に掃除をし、食事の仕度をして、自分の分を少し食べると屋根裏に隠れました。
さて、この家に住んでいるのは十二の月を司る十二人の兄弟でした。彼らは、家に帰ると掃除と食事の仕度がされているのに驚きました。彼らは「隠れていないで出てきなさい、男なら弟に、女なら妹にしよう」と呼びかけましたが、ミルシーナは出て行きませんでした。翌日も同じことが起こり、三日目、兄弟達が出かけたのを見計らってミルシーナが降りてくると、さっと誰かが彼女のスカートを捕まえました。一番若い月がこっそり隠れていたのです。
「娘さん、僕らにいたれりつくせりのことをしてくれて、黙って隠れていたのはあなたですね! 怖がることはありません。僕達、これからあなたを本当の妹のように思いますよ。あなたのような人が僕達のところにやってくるなんて夢のようだ」
ミルシーナは今までのことを話し、そのままその家で本当の主婦のように暮らし始めました。十二人の兄弟達はミルシーナを大事にし、それぞれ贈り物をくれました。金の耳飾り、輝く星のドレス、稲穂の大地のドレス、魚の海原のドレス……などなど。ミルシーナと十二の月達の暮らしはこの上なく幸せなものでした。
さて、ミルシーナの姉達は、妹が何事もなく幸せに暮らしているのを知ると、激しい嫉妬の気持ちを抱きました。そこで毒入りのパイを焼き、十二の月達の留守の間にミルシーナのところにやってきました。姉達は戸を叩き、ミルシーナとの再会を喜ぶ振りをしました。
「私達がツルハシを持って戻ったのにあなたはいない。どこもかしこも探したのに見つからないから、こう思ったのよ。あなたはきっと好きな人を見つけてそこに行ってしまったんだってね。後になってあなたがここに居ると聞いてやってきたのよ。お前、とても幸せみたいね、ミルシーナ」
「ええ、ほんとに幸せなの。これ以上の幸せってないと思うわ」
「それを聞いて安心したわ。じゃ、私達はこれでおいとまするわよ、急いでるからね。……そうそう、このパイをお取り。母さんの供養の為に焼いたパイよ。母さんの為にあなたも食べてちょうだいね」
ミルシーナはパイを受け取って、姉達が帰った後で、一切れ犬にやりました。すると犬はその場で死んでしまい、毒が入っていたと悟りました。
その後、ミルシーナが死ななかったことを知った姉達は、再び家にやってきました。今度は、ミルシーナは戸を開けませんでした。すると二人は言いました。
「戸を開けてよ、ミルシーナ。お前に話があるのよ。ほら、お母さんの指輪を持ってきたの。お前はまだ小さくて分からなかっただろうけど、お母さんが死んだ時に言ったのよ。「ミルシーナが大きくなったら、この指輪を渡しておくれ。でないと私の呪いがお前たちにかかるよ」って。私達だって地獄に落ちるのはゴメンだからね。もうお前も大きくなったし、この指輪を受け取ってちょうだい」
そこでミルシーナは窓を開け、指輪を受け取りました。けれど、指輪をはめた途端、ミルシーナは死んだように床に倒れました。指輪には毒が塗ってあったのです。
夕方になって帰ってきた十二の月は、生きた気配もなく倒れているミルシーナを見て大声で泣きました。三日経つと、十二の月はミルシーナに金の服を着せ、金の棺に納めて家に安置しました。
さて、それから暫く経った日のこと。ある国の若い王が通りかかり、あの金の箱を見て大層気に入りました。売って欲しいという申し入れを十二の月達は当然断わりましたが、あんまり熱心に頼むのでとうとう承知しました。ただし、決して箱のふたを開けてはいけない、と約束させて。
こうしてミルシーナの棺は王の城に運ばれました。
そのうちに王は病気になり、明日をも知れぬ命になりました。こうなってはあの箱の中身を見ねば心残りだ、と、王は病室に箱を運び入れさせて人払いし、そっとふたを開けたのです。そして王が見たものは……そう、ミルシーナでした。金の衣装に包まれたミルシーナは、たとえ命が通っていなくても天使のようでした。王は呆然と立ちすくみました。
やがて我に返った王は、彼女の指輪に目を留めました。もしかしたら名前なりとも書いてあるかもしれない……そう思って指輪を外したのです。
すると、ミルシーナは目を開きました。そして棺から跳ね起き、驚いて声を上げたのです。
「ここはどこ? 誰がここへ連れてきたの? ああ、兄さん達、どこにいるの?」
「今は私がそなたの兄だ。そなたは私の城にいるのだ」
こうして王とミルシーナはそれぞれこれまでのことを説明しあいました。王の病気は快方に向かい、やがて治って、ミルシーナと結婚しました。
ミルシーナの姉達は、これを知るとまたも激しい妬みの心に囚われました。それでミルシーナを殺そうと、城を訪ねてきました。
この報告を聞いた王は、姉達を捕らえるように命じました。彼は、妻から毒の指輪の話などを全て聞いていたのです。
捕らえられた姉達がどうなったのかは、誰も知りません。ただ、彼女達が再び現れることがなかったのは確かです。
一方、ミルシーナと王は楽しく幸せに暮らしました。人々は誰も妃を慕いました。彼女が美しく、また働き者だったからです。
参考文献
『世界むかし話(全十七巻)』 ほるぷ出版
※この話を読めば、[白雪姫]がシンデレラの環で紹介した話群と同系統の話であることがよくわかると思う。
この話では魔法の鏡の代わりに"太陽"が現われているが、類話によっては"月"になっている場合もあるようだ。月は空の鏡に喩えられることが多いので、しっくりする感じである。
ある山村に、一人の母親と二人の娘が暮らしていました。下の娘のセラフィヌはブルーネットの髪に生き生きした赤い頬を持っていて、まるで春の花のように可憐でしたが、誰も彼女にそれを言いませんでしたので、自分ではそれを知りませんでした。ただ、器量自慢の母親だけが娘が日増しに美しくなっていくのを苦々しい気持ちで見ていましたが、まだまだセラフィヌは私ほどは美しくないよ、と思って気持ちを なだめていました。
そんなある日、鼻が曲がって赤い目をした年寄りの魔女が通りかかって、母親に言いました。
「ふんふん、あんたは自分がこの谷で一番の美人だと思ってるだろうが、あんたよりずっと綺麗な娘が一人いるよ。他でもない、あんたの下の娘さ!」
それを聞くと母親は嫉妬で青ざめましたが、認めないわけにはいきませんでした。母親は娘を追い出すことに決め、厳しい声で言いました。
「お前はもう世間に出て一人でやって行けるほどに大きくなってるよ。いつまでも家にいて私たちのパンを食いつぶしてるものじゃない。さっさと出ておいき!」
セラフィヌは何か言おうとしましたが、母親は彼女を突き出して戸を閉めてしまいました。どうしてこんなに出し抜けに追い出されるのだろう。お母さんを怒らせるようなことをしたのかしら。訳が分かりませんでしたが、急に態度の変わってしまった母親が恐ろしく思えて、セラフィヌは着替えも食べ物も持たずに走って逃げました。森を抜け野原を抜けまた森を抜けして、自分がどこにいるのか分からなくなり、とうとう森から出られなくなってしまいました。野イチゴやポケットのパンくずで飢えをしのぎながらさまよううち、暗い森の向こうに小さな明かりがチラチラと揺れているのが見えました。そこに大きな家があったのです。
「よかった、人がいるわ」
セラフィヌは喜んで戸を叩こうとしましたが、悪い人たちの家かもしれないと思いなおして、そっと小窓から中を窺いました。すると、テーブルにはモジャモジャひげの荒くれ男たちが十二人も座っているではありませんか。セラフィヌはびっくりして家から離れて、その日は近くの洞窟の中で眠りました。
翌朝、用心深く家の様子を見ていると、十一人の男たちが槍や刀を持って出かけて行くのが見えました。昨夜は十二人いたのですから、あと一人残っているはずです。まもなく煙突から煙が上がるのが見えましたが、そのうちに最後の男も出て行って、家は空になりました。セラフィヌはこわごわ近づいていって、戸を開けてみました。戸には鍵がかかっておらず、家の中には焼きたてのパンの香ばしい匂いが立ち込めていました。途端に死ぬほどお腹がすいているのを思い出し、パン焼き釜を開けてパンを一つ取り出すと、洞窟に帰ってものも言わずに食べました。それから木の葉を集めて柔らかいベッドを作ると、またぐっすりと眠ったのです。
次の朝も、まず十一人の男たちが出て行き、その後に残りの一人が出かけて行くのを見ました。どうやら最後の一人はパン焼き係で、パンを釜に入れてから出かけていくようでした。セラフィヌは今日は大胆に家に入り、釜からパンを一つ取って洞窟に帰りました。こんな風にして四、五日が過ぎました。
その家に住んでいる十二人の男たちは、盗賊でした。毎日泥棒や人殺しをしては、奪ったものを持って帰ってきていました。ところが、毎日パンが一つ足りないので、みなはパン焼き係に文句を言いました。けれどもパン焼きは落ち着いて答えました。
「誓って言うが、俺は毎日、パンを十二個釜に入れている。誰かが近くに住んでいて、パンを一つ盗んでいるのに違いない」
「数も数えられないとは、間抜け野郎め。この辺りに獣の他に何が住んでる? 狼や熊がパン焼き釜からパンを盗むはずないじゃねぇか!」
「騒ぐなよ、サルども! 俺はもう作戦を考えてる。明日は出かけずに家に残ってるさ。それで泥棒を捕まえられなかったら、俺をハリツケにしたって構わねぇとも」
あくる朝、セラフィヌはいつものように家に入ってきて、パン焼き釜からパンを一つ取りました。そして帰ろうとしたとき、いきなり粉桶の陰からパン焼きが飛び出してきて、彼女の長いお下げをつかみました。セラフィヌは死ぬほどびっくりしてパンを落とし、逃げるどころか声も出せませんでした。パン焼きはこの泥棒を手荒く殴ってやるつもりでいましたが、綺麗で華奢な女の子が「許して!」というような目で必死に見つめているのを見ると、軽く笑っただけで髪を放してやりました。荒んだ暮らしを続けてきた男にとって、この美しい娘との出会いはちょっとした感動だったのです。
「ごめんよ娘さん、君を驚かすつもりはないんだ。ただ、君が逃げないように、ちょっとの間閉じ込めておくよ。夕方になって仲間が帰ってきたら、また自由にしてやるからね。なに、安心していたまえ。私の命にかけても、君には絶対に手を出させないから」
パン焼きは優しく娘の手を取って隣の部屋に連れて行き、ぶどう酒やチーズやパンを出して、好きなだけ飲み食いするように言いました。そして仲間が帰るまで待つようにと言って戸を閉めたのです。
夕方になって十一人の盗賊がテーブルにつくと、パン焼きは言いました。
「今日は、俺たちのパンを盗んでいた可愛い小鳥を捕まえたぜ。お前たちが絶対その小鳥に害を加えないと約束するなら、見せてやるがね」
みなが小鳥には決して手を触れないことを誓ったので、彼は娘を連れてきました。娘は怖がって、許しを請うような目でみなを見ました。盗賊たちは娘の美しさにびっくりして、どうか自分たちのところに主婦として残ってくれないか、そうしたらお前に害は与えず、あらゆる敵から守ってあげようと言いました。
「娘さん、俺たちのところにいりゃあ、食べ物はいくらでもあるし、仕事は楽だし、楽しく暮らせるよ。そこをお前の部屋にしたらいい!」
一番年上の、威厳のある顔をして長い真っ白いひげを生やしたジョゼという男が言いました。
セラフィヌは男たちが自分に親切なのを見て、勇気を出して答えました。
「皆さんがいつでも今のように優しくしてくださるのなら、私喜んでご厄介になります」
すると男たちは喜んで踊り狂ったので、家が震えたほどでした。パン焼きがぶどう酒を運んできて、セラフィヌを含めたみなは杯を打ち合わせては何本もぶどう酒を空にしました。
ところで、セラフィヌの母親は、娘はもう獣にでも食われたものと思って安心しきっていました。そこにまたいつかの魔女がやってきました。
「あんたは自分が一番の美人だと思っているのかい? いやいや、森の十二人の盗賊のところにいるあんたの娘の方が、あんたより何倍も綺麗さ」
「なんだって、あの子は死んだんじゃないの? 食べ物も持たずに裸足で飛び出してったきり帰らないから、死んだものと思っていたんだよ」
母親は驚いて言いました。再び醜い嫉妬心が頭をもたげてきて、魔女に頼みました。
「それを知ってるってことは、あんたはその盗賊のところへの道を知ってるんだろう。そこに行って、あの子を殺してきておくれ!」
魔女はお礼をどっさりくれるならそうしましょうと言って、小間物屋に姿を変えて出かけて行きました。森の家に着くと、戸は固く閉まっていました。何故なら、ジョゼ老人が「セラフィヌちゃん、戸はしっかり閉めて、俺たちが留守の間は誰も中に入れねぇことだよ」と言い含めて出かけていったからです。
魔女が扉を叩くと、娘が顔を出して「どなたですか」と訊きました。
「小間物屋ですよ。服やスカーフやリボンや、綺麗なものをどっさり持ってきたんだから、戸を開けて下さい」
「みんなに止められてるんだから、開けるわけにはいかないのよ」
セラフィヌはそう言いましたが、自分の服が汚れてよれよれになっているのを見ると、新しい服が欲しくなりました。魔女はそれを見て取って、上手く説き伏せて、とうとう戸を開けさせました。それから新しい服をとても安く売ってやって、おまけに下着までサービスしてやり、着るのを手伝ってやりました。セラフィヌが喜んで下着を身に着けた途端、床に倒れて動かなくなりました。これを見ると魔女はカラカラと笑い、戸を閉めて立ち去ったのです。
夕方になって帰ってきた盗賊たちは、セラフィヌが床に倒れているのを見つけました。みんなは長いこと呆然として立ちすくんでいましたが、やがて一人が言いました。
「まだ頬が赤いし、呼吸もしてる。死んでるわけじゃねぇ!」
よく見ると、着ているものが新しくなっています。みんなは言いました。
「こりゃおかしいぜ。ジョゼ、この子をベッドに寝かせて、服を脱がしてみろよ」
そこで老人が、娘を彼女の部屋に抱いて行って服を脱がせると、娘はパッチリと目を開けて起き上がり、急いで古い服を着て出てきました。盗賊たちは喜んで手を叩きました。もはや、彼らはこの娘なしでは生きていけないほどになっていました。娘の話を残らず聞くと、盗賊たちは新しい服と下着をかまどに投げ込んで燃やしてしまいました。
それから暫く経って、また魔女が母親のところに来て言いました。
「あんたは自分が一番の美人だと思っているのかい? いやいや、森の十二人の盗賊のところにいるあんたの娘の方が、あんたより何倍も綺麗さ」
「私はたっぷりお礼を払ったのに、あんたはまだあの子を殺してなかったのかい!?」
「なに、私は確かに殺したんだが、盗賊どもが下着を脱がしたんで、生き返ったのさ」
これを聞くと、母親はまたもやお金をどっさり払って、娘を殺させることにしたのです。魔女は前とはすっかり別の姿になって、再び森の家の戸を叩きました。
「だめよ、戸は開けられないの。みんなに固く止められているんだもの」
「じゃあ、せめて窓から覗いて、私の持ってきたものをご覧なさいよ」
魔女はそう言って、窓から顔を出したセラフィヌにピカピカ光る金の指輪を見せました。
「なにか買ってくれたら、この純金の指輪をおまけに付けますよ」
するとセラフィヌは我慢できなくなって、戸を開けて、お婆さんからほうき一つとお皿二枚を買って、その細い指を差し出したのです。お婆さんはその指に金の指輪をはめてやりました。たちまち、娘は戸口に仰向けに倒れました。魔女はカラカラと笑って言いました。「綺麗な小鳥さん、あんたはもう二度と起き上がれないよ!」
盗賊たちは帰って戸が開きっぱなしになっているのを見ると、嫌な予感で胸がざわめきました。床に倒れている娘を見ると、前以上に驚いて息が詰まりました、急いで着物を調べてみましたが、何もおかしいところはありません。それなのに娘はどうしても目を覚まさないのです。今度こそ本当に死んでしまったのだ、と盗賊たちは夜っぴて嘆き悲しみました。朝になるとガラスで棺を作り、セラフィヌを入れて家の側のモミの木陰に置きました。
「この娘が死んでしまったんじゃあ、俺はもう生きている甲斐がない」「ああ、俺だってそうだ。生きていく気がしねぇよ」
盗賊たちはセラフィヌをあまりに深く愛するようになっていました。彼らは棺の側に刀を立てると、それぞれその上に身を伏せて死んでしまったのです。
あくる日、その森で大掛かりな狩が行われました。家来を連れた伯爵が道に迷って盗賊の家の前を通りがかり、ガラスの棺を見つけて怪しみました。
「おや? この娘はまだ生きているぞ」
伯爵は持っていた拡大鏡でよくよく娘を調べてそう言って、指にはめている指輪がちょっと変わって見えたので、調べてみようと棺を開け、指輪を抜き取りました。とたんに娘は目を開け、知らない人が目の前にいるのを見て驚いて立ち上がりました。
「あなたは誰? ジョゼお爺さんたちはどこなの?」
やがて興奮が鎮まると、娘は伯爵にこれまでの身の上を物語りました。盗賊たちが倒れて死んでいるのを見、その中にジョゼ老人がいるのを見ると、泣きに泣いていつまでも悲しんでいました。
伯爵が言いました。
「ねぇ君、一緒に僕の城に行って、僕の妻にならないか」
「そんなに私がお気に召したのなら……私、参りますわ。でも、みんなをこのモミの木の下にちゃんと葬ってくださらなくては」
涙を拭きながらそう言ったセラフィヌに約束すると、伯爵は彼女を城に連れて行き、一方で家来たちを森にやって盗賊たちを葬らせました。婚礼が済むと、伯爵は盗賊団の莫大な財産を城に運ばせたのでした。
長い間、優しい伯爵夫人は母親と姉の消息を知りませんでした。ずっと後になって、二人が悪い病気にかかって死んだと聞いただけでした。
参考文献
『新編 世界むかし話集(全十巻)』 山室静編著 現代教養文庫
※伯爵……いいトコ取りだな。
あと、姉は何一つ物語に関わっていないのに、最後に悪い母と一まとめで「死んだ」と語られているのが気になるんですけど……。
たいそう腕利きの猟師がいた。猟師は森で、羊くらい大きな鳥が松の木の梢に止まっているのを見た。こんな鳥は見たことが無い。撃ち落して肩に担いで帰ると、途中で出会ったシャーマン(呪術師)が言った。
「おお、なんと! ……これは災いを呼ぶ不吉な鳥じゃ。このままでは、お前が不幸になるだけではなく、
猟師は驚いた。純朴で正直な彼は、心から村を愛していたから。
「しかし、わしの言うとおりにすれば災難は避けられるかもしれんぞ。いいか、災いの元はその鳥の心臓と肝臓にある。他の部分は食べても良いが、心臓と肝臓だけは食べてはいかん。煮る鍋も別にするのじゃ。わしが後から行って処置を決めるから、それまで待つんじゃぞ」
ショックのあまり、猟師は家に帰ると ぐったりして眠ってしまい、妻にも三人の子供たちにも このことを説明しなかった。妻はいつものように鳥肉を煮て、匂いを嗅ぎ付けて走ってきた長男には心臓を、次男には肝臓を、一切れずつ切って与えた。ところが、どうだ。兄弟は食べ終わってまた庭に出るなり、それぞれ銀と金とを吐き始めた。際限なく。
一方、家にはシャーマンがやってきた。妻は彼に心臓と肝臓の煮物を出した。客人には一番美味しいところを振舞うのが慣わしだったからだ。シャーマンは舌なめずりをして、袖をたくし上げてナイフを持った。だが、ふと「他のだれにもこれを食べさせなかったじゃろうな」と尋ねた。いきさつを知らない妻は、気楽に「ええ。けれど子供たちに一切れずつ味見させてやりました」と答えた。
すると、シャーマンは真っ青になってぶるぶる震え、怒鳴りつけた。
「な、なんということを! なんという馬鹿な女じゃ! お前は、子供に恐ろしい毒を食べさせたんじゃぞ!!」
「ええ!?」
妻は仰天して座り込んだ。あまりのショックで腰も立たず、耳も聞こえない。シャーマンも、ショックのためか一度に年をとったようだった。背中が曲がり、片足を引きずり始めた。
「おい女、耳があるならよく聞け。今すぐその子供らを殺すんじゃ。そして心臓と肝臓を取り出して、ここに持って来い。そうすれば、神かけて巧く収めてやる。その心臓と肝臓を使って祈れば、村に降りかかろうとしている災厄を祓えるのじゃからな」
この騒ぎで猟師が目を覚まし、何が起こったのかを悟った。夫婦は震えながらシャーマンの足元に身を投げ出し、
「シャーマンよ、なんとむごいことを言われます。罪の無いあの子たちを殺すことは出来ません、いっそ私たちを殺してください!」と乞うた。
「何度言ったら分かるんじゃ。今すぐに子供らをここに連れて来い、聞こえんのか!」
この会話を、猟師の娘が聞いていた。彼女はすぐに庭に飛び出して危急を告げた。兄たちは事態を飲み込むと、妹に言って納屋から桶を取ってこさせ、それが一杯になるまで金と銀を吐き出した。その桶を掘った土の中に埋めてから、妹に言った。
「可愛い妹よ、この場所を良く覚えておくんだ。いつか暮らしに困ることがあったなら、これを掘り出して使うんだよ。僕たちは逃げることにする。大きくなったら、あのシャーマンに復讐するつもりだ」
少年たちは妹をしっかり抱きしめると、後ろを振り返ることなく、裸足のまま逃げ去った。
シャーマンは業を煮やして、自分で子供たちを捕らえようと庭に出た。だが、どれほど探しても猟師の息子たちは見つからない。再び家に入ると、娘を指して言った。
「この娘が告げ口したな。だから逃げおった。この娘を殺せ」
娘はシャーマンの言葉を聞いて驚いた。恐ろしさのあまり、兄たちの後を追って森に逃げ込んだ。しかし森は深く、兄たちは見つからず、さまよううちに窪地に出た。そこには小屋があり、入ってみると誰もいない。それなのに、テーブルの上にはパーティーのように ご馳走が並んでいた。
娘は空腹だったので、このご馳走をお腹が一杯になるまで食べた。それから、地下室に入って眠った。
ところが、この小屋は盗賊たちの住処だったのだ。
日が暮れると七人の盗賊が帰ってきた。
「誰かがここに入ったようだな」と、一人目がテーブルを見ながら言った。
「そいつは、まだここに居るようだぜ」と、二人目が鼻をひくつかせた。
「入ったのに出て行かなかったのは、俺たちを恐れていないってことだな」と、三人目が言った。
「そいつが俺たちを恐れないというなら、歓迎してやろうじゃないか」と、四人目が申し出た。
盗賊たちは、皆それに賛成した。
「おい、誰だ、そこにいるのは。今の話を聞いただろう、出て来いよ」
盗賊たちが声をそろえて呼ぶと、猟師の娘は隠れ場所から出てきた。これまでの経緯を説明し、ここに住むことが決まった。彼女は盗賊たちのために食事を作ったり繕い物をしたりした。盗賊たちはこの子を可愛がった。危険から守ってやろうと、交代で護衛をしてやるほどになった。
森で七人の盗賊たちに守られて暮らしている娘の噂は、シャーマンの耳にも届くようになった。シャーマンは女に変装すると、イチゴ摘みをしているふりをしながら猟師の娘を探し回った。娘がちょうど小屋の窓辺に腰掛けていたとき、シャーマンはとうとう彼女を見つけた。
「お譲ちゃん、私に水をおくれでないかい」
娘は水を汲んでやった。シャーマンは飲み干してから言った。
「ありがとうよ。お礼に、このイチゴをあげよう。よく熟れて美味しいよ」
はじめ娘は遠慮していたが、気のよさそうなお婆さんをガッカリさせまいと思い、イチゴを一つ口に入れた。その途端、彼女は冷たくなって死んでしまった。
護衛役の盗賊は、運悪く眠り込んでいた。目を覚ますと、娘は亡骸になっている。護衛は嘆きながら森にいる仲間のもとへ走り、悲劇を伝えた。
盗賊の頭は言った。
「お前が嘆いても、あの子は戻らない。犯人を捜せ。捜し出して裁くんだ。そうすりゃ、あの子も浮かばれる」
盗賊たちは娘をガラスの
時は流れた。ある日、
けれども、汗は息子の異常に気がついた。息子は部屋にこもり、日に日に痩せていく。心配した汗は草原の競馬大会に出場するように命じた。息子はやむなく出かけたが、部屋には頑丈な鍵を取り付けておいた。留守中、誰も入らないように。
息子が出かけると、すぐに汗は鍛冶屋を呼んで鍵を壊させた。部屋に入った人々が目にしたのは、ガラスの柩に安置された美少女の亡骸だった。
「おお、神よ。私の息子にどんな運命を与えようというのか。――早くこの死体を捨てるのじゃ!」
家来たちが柩を窓辺まで運んだとき、柩が窓枠にぶつかった。その途端、娘の口が開いて大きなイチゴが転がり落ちた。娘は生き返った。なんとも美しい、一度見たらいつまでも見とれていたくなるような美少女だった。
汗は大いに驚いたが、転がり落ちたイチゴをちぎってネズミや犬に与えると すぐに死んだので、事の次第を悟り、国中に犯人を捜せとのお触れを出した。
帰ってきた息子は生き返った娘を見てますます強く恋に落ち、彼女を花嫁にした。
まもなく娘は男児を産んだ。祝宴が催されることになり、汗の息子はその宴のための獲物を得ようと、自ら狩に出かけて長いこと留守にした。
ところで、邪悪なシャーマンは再び姿を変えると、今度は乳母として妃の側に近づいた。シャーマンは妃に催眠術をかけて眠らせ、その隙に赤ん坊を殺して切り刻んで、血を妃の顔や手になすりつけ、ナイフは枕の下に隠しておいた。そうしてから、動転した様子で汗のもとに駆け込んだ。
「おお、慈悲深い汗よ、どうかご覧くださいまし! 汗家の嫁がお世継ぎに一体何をしたか、ご自分の目でお見届けを。お嫁御は我が子を切り刻んだばかりか、その血をすすったのでございますよ!」
まさか、と思いながら汗は嫁の寝室に駆けつけた。そこには乳母の言った通りの地獄の光景があった。
「なんという恐ろしい……我が家の嫁が孫を殺し、しかも人食いであったとは! ――その人食いの目をくり抜け、手をへし折れ。殺した子供を背中にくくりつけて、追放するのだ」
くり抜かれた目をぶら下げ、へし折られた手を垂らしたまま、猟師の娘は館から追い出された。死んだ我が子を背にくくられ、痛みにうめき、悔しさにあえぎ、屈辱に身をよじりながら彷徨った。
いつしか、彼女は山のふもとの小川に辿り着いていた。ここに腰を下ろして休んでいると、信じられない光景を見た。一匹のミミズが這い出してきて、死んだ別のミミズを流れに浸した。すると、死んだミミズは身動きして生き返ったのだ。二匹のミミズは元気に草に這い込んで行った。
娘はあっけにとられていたが、冷たい流れに折れた手を浸けてみた。手はすぐに元通りに治った。くり抜かれた目を洗ってみた。目も元通りに治った。最後に、死んだ子供をそっと流れに浸してみた。子供は息を吹き返し、母親を見て笑った。
母も子もすっかり元気になった。母は子を伴って当ても無くさすらい、国境近くの村に辿り着いた。この村に住む一人の気のいい男が母子を保護してくれ、彼女は男の家に居候しながら仕立て屋の仕事を始め、その腕は評判になった。
ある時、猟師の娘はこんな話を耳にした。「汗は、自分の息子の誕生祝いの晴れ着を縫わせるため、国中から最も優れた縫い子を探している」と。娘は男装すると、国一番の縫い子として汗の館に赴いた。汗の息子は、縫い子の正体には まだ気づかなかった。縫い子は服を縫いながら「私はあなたに、信じられないような お話をすることが出来ると思いますよ」と言った。このため、縫い子は"語り部"として祝宴に出ることが決まった。
さて、汗の館には、かつて生き別れた二人の兄も滞在していた。彼らは、祝宴に招かれるだけの名声を得ていたのだ。彼らも縫い子の正体には気がつかなかったが、「あの若者、本当は女なんじゃないか。手が女だ」と囁きあっていた。
祝宴が最高潮に達したとき、兄が「ここいらで語り部の話を聞きましょう」と、縫い子を名指しした。語り部は立ち上がり、汗夫妻に深々と頭を下げると、己の身の上を語り始めた。
ある猟師が不思議な鳥を撃ち落し、その息子たちが心臓と肝臓を味見して、金や銀を吐き出したこと。
逃げ出した猟師の娘は森で盗賊たちに匿われていたが、殺されてガラスの柩に入れられて安置されたこと。その柩を汗の息子が持ち帰ったこと。
シャーマンの悪意と悪事の全てを、貴賓客や貧しい一般客、居並ぶ全ての人々に物語った。皆は大いに驚いた。猟師の息子たちは憎しみを燃やし、汗と汗の息子は怒りに震え、汗の妃や人々は泣き崩れた。人々は口々に尋ねた。
「お前は、一体何者だ。私の知っている"彼女"の話に あまりに似た物語を語る、お前は!」
「私です。物語に出てきた女が、この私なのでございます」
ここまで言い終わると、娘は気を失って倒れてしまった。
汗は、ただちに国中にお触れを出した。シャーマンを捕らえてその場で罰するよう、もし女装していれば服を剥ぎ取り、獣に変身していれば皮を剥いでしまうようにと。
草の根を分けるような大捜索が始まった。ついに、腐った沼の中でアシの根元に身を隠していたシャーマンが発見された。発見したのは、かつて居眠りしている間にシャーマンに娘を殺された、あの盗賊の男だった。
シャーマンは猟師の息子たちに引き渡され、民意によって"死刑"と定められ、殺された。
参考文献
『バイカル湖の民話』 N.I.エシペノク編、佐藤利郎訳 恒文社
※この物語は継子譚ではない。よって、[白雪姫]を継子譚として括ろうとするなら、その範囲から外れてしまう。しかし、森に逃れた娘が複数人の異能者たちに保護されて暮らし、侵入者に殺されてガラスの柩に入れられ……というくだりは、間違いなく[白雪姫]の展開である。
とはいえ、「龍の心臓」のモチーフの混入、「険しい山の上で眠り続ける乙女」というシチュエーションから見て、どちらかというと[ニーベルンゲン伝説]に近い印象もある。ゲルマン民族系の眠り姫伝承がシベリア諸民族に伝わり、語り直されたものだろうか。
サラリと流されてしまっているが、冒頭で猟師が撃ち落す"松の木の梢に止まった羊くらい大きな鳥"は、龍や知恵の鮭に相当するような聖獣の類である。(松の木は"生命の木"を表す。)その血や心臓を食べれば、聖獣の霊力を我が身に取り込むことが出来る。それ故にシャーマンは自分一人だけで鳥の心臓を食べようとしたわけである。
また、後半、腕を折られた娘が水に手を浸して再生するくだりは[手無し娘]のモチーフ。ミミズが再生するのを見て自分も試すモチーフは、通常はミミズではなく蛇なのだが、バイカル湖近辺には蛇が少ないのだろうか。……しかし、目をえぐられていたのに よくミミズが見えたなぁ。眼球が外にぶら下がっていても、視神経が切れていない限り見えるということなのだろうか。
それにしても、息子が部屋にこもりがちになって日に日にやつれ、留守中に部屋に入ってみると女の子の死体が! 今でもありそうな感じで、シャレにならず恐ろしい。
参考--> [ニーベルンゲン伝説][手無し娘]
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※グリムの初版では継母が実母であったりするが、世間で騒がれているほどの問題ではないと思う。
継母が老婆に変装してやってきて毒入りの食べ物を渡すくだりは『幸せ鳥パイパンハソン』、ガラスの棺のくだりは同じく『金の履物』も参照していただきたい。
類話はかなり多くあるようで、色々な差異があるようである。『太陽と月とターリア』や[命の水]系の眠り姫のごとく、柩に入っている間に白雪姫が妊娠して子供を産むものもあるらしい。
(多分)イギリスの類話を岩波文庫の『グリム童話集』「雪白姫」の註から紹介。
妃は娘を三人持っているが、継子の白雪姫が一番美しいので憎む。森の中の洞穴に女の子を片端から殺す七人の小人がいると聞いて、白雪姫をそこに連れて行き「母様が迎えに来るまでここにいなさい」と洞穴に入らせる。七人の小人は姫があまりに美しいのを見て殺すのをやめ、生かして家事をやらせる。城に帰った妃は、しょんぼり残っていた白雪姫の愛犬"シピーゲル"(鏡の意)に尋ねる。
椅子の下のシピーゲル、この国覗いてあの国覗いて、エンゲルラント(イギリス)で誰が一番いい女?
犬は答える。
娘三人お持ちのお妃様より、七人の小人の家にいる白雪姫が美しい
白雪姫がまだ生きていることを知った妃は、最初は毒のベルト、次に毒の髪リボンを持って行くが失敗、最後に毒リンゴを食べさせて白雪姫を殺す。小人たちは銀の柩に白雪姫を入れて、洞穴の前の立ち木の上に安置する。そこに旅の王子が通りかかって柩を譲り受け、姫をベッドに寝かせて生きている人同様に化粧して大事にする。ある日、見張り役の家来が「死んだ娘を生きてるみたいに扱うなんて馬鹿にしてる」と腹を立てて背中を一つぶつと、ぐじゃぐじゃのリンゴの塊が口から転げ出て、生き返る。
イタリアの『ペンタメローネ』には、白雪姫と[いばら姫]と【シンデレラ】の中間のような『奴隷娘』という話が載っている。
ある男爵家の娘リッラがバラの木を飛び越えて花びらを食べたところ妊娠し、密かに女児リーザを産む。妖精たちに見せるとそれぞれ良い贈りものをしてくれたが、最後に駆けつけた妖精が転んで足をねじり、怒って「この子が七つになったら、母親がこの子の髪にさした櫛が元で死ぬだろう」と定める。
七年後に本当にリーザは死に(具体的に何が起こったのかは語られていない)、リッラは七重のガラスの箱に娘の亡骸を納めて、屋敷の端の部屋に隠す。悲嘆のあまりリッラはまもなく死に、兄の男爵に部屋の鍵を渡して「屋敷の一番端の部屋だけは開けないで」と言い残す。
男爵は妹の遺言を守り続けていたが、彼の留守中に妻が嫉妬と好奇心から部屋を開け、ガラスの箱に入ったまま美しく成長したリーザを発見する。妻はてっきり夫が愛人を隠していたのだと思い、リーザの髪を掴んで引きずり出すと、さされたままだった櫛が抜けて、リーザは目を覚ました。
妻はリーザの髪を切ってボロを着せ、毎日殴る蹴るした。リーザの目の周りは黒ずんだあざになり、口元は血まみれになった。戻った男爵が「これは誰か」と尋ねると、妻は「叔母にもらった奴隷です」と答えた。
市が立った日、男爵は屋敷中の者に土産は何がいいか尋ねる。リーザは「人形とナイフと軽石が欲しいのです。これをお忘れになったら最初の川をお渡りになれないでしょう」と答える。果たして、男爵がリーザへの土産を忘れて帰ろうとすると、川辺に石や流木が積み上げられて通れなかった。
男爵に土産をもらうと、リーザは台所に行って人形に語りかけた。人形は何も答えなかったが、リーザがナイフで脅すと喋り始めた。こうしてリーザは二日たっぷり人形を相手に自分語りをしたが、しまいに泣きながら「何か言ってお人形ちゃん、でないと私、このナイフで死んでしまう」と軽石でナイフを研いだ。そこに話を聞いていた男爵が飛び込んでナイフを取り上げた。
男爵はリーザを親戚の家に預けて養生させ、数ヵ月後、女神のように美しくなった彼女を呼び戻して、人々に自分の姪だと紹介した。そうして妻を実家に帰し、リーザには素敵な婿を選ばせてやった。
この話は、正統な立場にもかかわらず虐げられた主人公が、その胸のうちを非生物に向かって語って、横で聞いている父親的存在に知らせるという点で、グリムの『がちょう番の娘』にも似ている。