【炭焼長者】は、貧しく教養のない男が神意によって高貴な妻を得、彼女に教えられて自分が持っていた金銀の価値に初めて気付いて裕福になるという至富譚で、日本以外にも朝鮮半島、中国、ベトナム、ビルマなどに類話が広く分布している。
この話群は更に「初婚型」と「再婚型」に分けられ、「再婚型」は【産神問答〜男女の福分】や【竈神の由来】にとても近い。
一方、「初婚型」は家を出た娘が放浪の末に夫を見つけること、その際にしばしば牛に導かれること、醜い容姿が結婚の際に美しく変わるなど、シンデレラ系の話群に近い部分が多いが、決定的に異なるのが、シンデレラは元から金持ちの男をつかむ玉の輿婚をしているのに対し、炭焼長者のヒロインは貧しい男と結婚して、その後に男を裕福にしてやっている点である。
つまり、下世話な表現を使えば、炭焼長者系のヒロインは"あげまん"なのだ。再婚型の方を併せて見れば それはよりはっきりしている。ヒロインを捨てた最初の夫は、その後みるみる落ちぶれてしまうのだから。
昔、奈良の都に玉津姫という姫がいました。美しく、優しい姫の噂は都中で知らないものはいないほどでした。ところが、年ごろになったある日、突然顔や体に黒いあざができてしまいました。
あざのため結婚することもできず、姫や家族は嘆いていましたが、ある日出会った老翁に「大和の国三輪の明神に願をかけなさい」と言われ、藁にもすがる思いで祈ることにしました。すると満願の夜、明神様が枕元に現れ、「あなたの夫となる人は豊後の国の炭焼き小五郎です」とお告げをくださいました。
思いもよらないことでしたが、姫はお告げに従い旅にでました。長く辛い旅の途中、侍女達は病に倒れ、人にさらわれ、ついに姫は一人きりになってしまいました。途方にくれて山を越えてゆくと、くずれかかったわらぶき小屋の前にたどり着きました。小屋には顔も手も炭で汚れ、ぼろぼろの着物を着た男が住んでいました。この男こそ小五郎でした。
神様のお告げで嫁に来たという姫の言葉に始めは戸惑った小五郎でしたが、疲れ切った姫の様子を見て、嫁に迎えることにしました。
お腹を空かせた姫のため、小五郎は姫から預かった砂金を片手に、里へおりていきました。途中、小五郎はオシドリを見つけました。晩のおかずにしようと考え、砂金の入った袋を投げつけましたが、袋は淵の底に沈んでしまい、オシドリも逃がしてしまいました。
手ぶらで帰ったことに驚き泣く姫の様子を見て、小五郎は「あの光る石なら谷にゴロゴロしている」と姫を連れて谷へ行きました。なるほど、谷は砂金であふれかえっていました。そしてその淵の水で手や足を洗うと、不思議なことに姫のアザは消え、小五郎も美男子に生まれ変わりました。
ふたりはこの谷の黄金でみるみるうちに大金持ちになり、龍宮にお願いして可愛らしい女の子も授かり、幸せに暮らしました。
※この後二人の娘の般若姫の伝説等に続くが、ここでは割愛。
炭焼長者の伝承は日本の各地に存在する。物語はほぼ共通するが、中には男の職業が炭焼きではなく芋堀りになっている[芋堀長者]の話群もある。
だが、これらは実は全く共通した基盤の上にあるという。「炭焼長者」の重要なところは、炭焼きの男が大量の黄金を持つところにある。金属を作り出す冶金には大きな火力が必要で、つまり炭を使うし、また炭を作る作業そのものも金属を溶かす作業に似ているだろう。つまり、炭焼きの男が金を手に入れるというのは、冶金作業を行う男の富貴(あるいはその地方で冶金が行われていたということ)を意味している、と言われている。
古来、木炭は「いもじ」と呼ばれ、また鋳物師をも「いもじ」と呼んだ。また、「芋掘り」とは鉱山師が使う隠語であったという。良質な鉱脈を掘り当てることを「いもを掘る」とも言った。「いもヅル」とか「金ヅル」という言葉は鉱山師が使い始めたという。
ただ、[芋堀長者]の類話は朝鮮半島にもあるので、上記の説は否定される傾向にある。
昔、加賀国石川郡山科に藤五郎という男が住んでいた。加賀の介 藤原吉信公の子孫だと言うが、山芋を掘っては売る貧しいその日暮らしをしていた。
ある日のこと、大和国初瀬の長者、生玉の方信夫妻が、娘の和子を連れて訪ねてきた。なんでも、和子は長谷寺の初瀬観音の申し子で、観音の夢告があったから、和子は藤五郎と夫婦にならねばならないと言う。そして娘を押し付けて帰っていった。和子は財宝を沢山持参してきたが、藤五郎はそれをみな周りに配ってしまった。
二人が夫婦になった後のある日、方信が砂金一袋を贈ってきた。藤五郎はそれを持って買い物に出かけたが、途中で田の雁を見つけて砂金の袋を投げつけ、手ぶらで戻ってきた。それを知った和子が「あれは貴い黄金というものなのに」と呆れ嘆くと、藤五郎は「こんなものが尊いと言うなら、いつも掘る芋の根にいくらでも付いてくる」と言い、山から砂金混じりの土の付いた芋を掘ってきて沢で洗った。後に、この沢は金洗いの沢と呼ばれることになった。今の兼六公園の泉はその跡で、金沢の地名もここから起こったものである。
老夫婦と娘が住んでいた。娘は器量よしで目は泉のように澄み、肌は玉のように白く、なよなよとした姿は天女のようで牡丹の花よりも美しかった。それで娘には仲人がひっきりなしに来て、門の敷居が踏みならされ、平になるほどであった。
老夫婦も「娘三六 十八歳、結婚させる時が来た」と話していたが、やがて仲人が双方を往来して娘の婚約が決まった。婿の実家は誠実な王と言う家で、やはり一人っ子でいい若者であった。老夫婦はこの両家の縁を喜んだ。娘は婚約が決まり、昼も夜も嫁入り支度の準備をした。
ある日の晩、娘は油の灯火の下で縫い物をしていたが、誤って油の灯火が髪につき“アッ”という間に頭の髪がすっかり焼けただれ、頭にぽつぽつと黄色い水泡ができ、痒くなって掻くと手にも水泡が移ってしまった。婿の実家は娘の頭と手が水泡の傷だらけになると婚約を取り消した。
娘は嘆き悲しみ、運を天に任せてでも自分の夫を探す旅に出ることにした。老父も老母もそんな娘を止められず、金の鉢と銀の手袋を整え、馬を用意して娘を旅出たせた。娘は金の鉢をかぶり銀の手袋をして、馬の行くままに旅を続けた。
三日目の昼、馬は突然、小さな茅葺きの家の前で止まり、どうしても動かない。娘はここが運に任せた落ち着き先かもしれないと、高粱の茎がらで囲まれたこの小さな茅葺きの家に入ると、白い髪の老婆が縫い物をしていた。娘は丁寧に「お婆さん」と声をかけた。
老婆が頭を上げると、頭に金の鉢を被った綺麗な娘が立っているので、家の中へ入れた。娘は顔を赤らめ「お婆さん、おうちの人は」と聞いた。
「わしと息子で暮らしています」
「息子さんはどちらへ行ったのですか」
「わしの息子は地主の作男です」と老婆は答えた。娘は
「わたしはこちらに、わたしの夫になる人を探しに来たのです。これは天の定めた運で、わたしは息子さんの妻です」といった。
老婆はびっくりして
「わしの家は貧乏で、息子は妻を娶ることができないのです」と口では答えたが、心の中では“息子の嫁が自分から訪ねて来るなんて、これは御先祖さまの徳のおかげだ、息子に天の定めた嫁がいたとは大変な吉事だ”と喜んでいた。
ちょうどその時、息子が仕事を終えて帰って来た、息子は家の中で人の声がするので、誰かとのぞいて見ると綺麗な若い娘が静かに話している、息子は思わず「こんな娘が俺の妻だったらいいなあ」と呟いてしまった。老婆は息子が帰って来たのに気づき、戸を開けると、息子は顔を赤くして逃げ出そうとした。
「息子や、行かないでいいよ、入っておいで。お前がいつもわしを大事にしてくれるから、今日はお前にいいお嫁さんが来てくれたんだよ」
と言って、老婆は息子の手をひいて家の中へ入った。娘は立ち上がって若者を見た。中肉中背、濃い眉、大きな目、がっちりした体格であった。娘は頭を下げ
「わたしは馬に運命を任せて夫を求めて来ました。するとあなたの家の前で馬が止まりました。これは運命です」と言った。
息子は慌てながら、それでもうっとりして
「あなた、わたしは家も畑もありません。この茅葺きの小屋だって地主のものです。あなたそれでも……」
と言うと、娘は若者の言葉に逆らうように
「わたしたちが一生懸命働けば、きっと幸せな日々が送れます」ときっぱり言った。老婆は
「あんたたち二人は天が合わせた夫婦で前世からの因縁だ、わしが花嫁衣裳を作るから結婚しておくれ」と言った。
いく日か過ぎて、老婆は二人の結婚を簡単に済ませた。初夜の二人は互いに愛を誓い、息子は妻の被っていた金の鉢をとると黒い髪が現れ、手にはめた銀の手袋をはずすと白く優しい手が現れ、前よりいっそう美しくなった。夫婦は金の鉢と銀の手袋を売って、家と畑を買い、もう地主の作男としては働かず、若い夫婦と老母は一緒に幸福な日を送った。
参考文献
『ことばとかたちの部屋』 寺内重夫編訳
http://homepage1.nifty.com/kotobatokatachi/index.html
※この中国の話似は冶金や炭に関わるエピソードは全くない。しかし醜くなってしまった姫が神秘的な縁に導かれて貧しい男と結婚する、というくだりは「炭焼き小五郎」前半と全く同一のモチーフである。
ところで、姫は金の鉢と銀の手袋をはめて家を出る。何故だろうか? 勿論、醜くなった顔と手を隠すためだが、銀の手袋はともかく、顔を隠すのはヴェールや面が適当なはずだ。何故鉢なのか?
日本の「鉢かづき姫」を思い出してならない。あの話も、姫が鉢をかぶって顔を隠して放浪し、幸せな結婚をするものだった。そして、夫を得て鉢を取ると、美しい素顔と共に宝が溢れるのである。砂金が流れ出すことになっている話もあって、「炭焼き小五郎」の姫が砂金を持ってきたのをも思い出す。
鉢と金には何か関係があるのだろうか。
なお、イギリスの「常若の国へ行ったオシアン」は妖精の姫ニァブが人間の騎士オシアンを夫として異界に連れ去る話だが、その理由付けの部分がこの話にとてもよく似ている。ニァヴは美しい娘だったが、娘婿が自分の玉座を奪うという予言を知った父王が彼女を豚の顔に変えてしまった。つまり、醜い容姿に変わって結婚できなくなったのだった。しかし、その呪いはオシアンと結婚すれば解かれることになっていた。ニァブは白馬に乗ってオシアンの前に現れ、オシアンが結婚を承知すると元の美しい姿に戻ったという。
総じて、東アジアのこの系統の話では、出奔した女は貧しい男のもとへ嫁ぎ、結婚して後 富栄える。しかし西欧のものは最初から裕福で優れた男のもとへ嫁ぐ。
参考--> [運命説話]
昔、丹生川村に芋堀藤兵衛というハンサムな乞食がいた。山に小屋を建てて、毎日 山芋を掘ってはそれを売ってその日暮らしをしていた。
ある日、芋を掘ろうとすると土の中から
さて、船津町に大きな店があって、一人娘があった。ところが、この娘は何度婿を取っても七日もすると離婚されてしまう。どんなに大事にしてもだめなので、両親も心配し、易者に見てもらった。すると易者が言った。
「この家の婿になる人は、丹生川村の山の中の小屋に住んでおる。このハンサムな男を婿にすれば、必ず金持ちになるであろう」
それを聞くと娘は喜んで、さっそく支度をして出かけて行った。言われた場所に行くと本当にハンサムな乞食がいたので、娘は「私を嫁にしてください」と頼んだ。
藤兵衛は驚いて言った。
「なんと、不思議なこともあるものだ。オレみたいな乞食が、あんたみたいな綺麗な人と夫婦になれるものか」
「いいえ、これは定められたこと。私は船津町の大店の娘ですが、何度婿を取っても七日も続かず、出て行かれてしまいます。どんなに大事にしても無駄でした。何の悪縁によるものだろうかと易者に見てもらったところ、丹生川村の山の中の小屋に住んでいる男こそが婿になる定めだと告げられました。言われたとおりにあなたがここにいるのが何よりの証拠。どうか私を受け入れてください。私はあなたと夫婦になる定めを信じてここまで来たのですから」
「そこまで言うのなら仕方がないが……オレのところには布団も食べ物もないよ。それでもいいのかい?」
藤兵衛はそう言ったが、娘は藤兵衛の掘り出した小判を見つけて「これで買ってきてください」と町へ送り出した。
藤兵衛は町へ向かって出かけていったが、本当にこんなもので品物が買えるのか、どうにも信じることが出来ない。途中で小判を池に投げ込むと、亀が小判を吸い込んでしまった。
けれども、小判はまだまだ沢山あったので、布団やらお米やらを買いそろえて、山小屋で夫婦仲良く暮らすことが出来た。
その後、藤兵衛が芋堀に行くと、今度は千両箱を掘り当てた。それで夫婦は千両箱と甕七つを持って船津町の家に帰って、千万長者になって幸せに暮らしたということだ。
参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-
※厳密には、この妻は初婚ではないのだが、話の構造的に初婚型なので。何度婿を取り替えても上手くいかないのは、初夜に膣から蛇が出て夫を殺す、有歯膣系のモチーフだろう。
芋堀長者系の財宝発見は、芋を掘った土に砂金が混じっているもの、芋や蕪(かぶ)を掘った穴から酒が湧くものなど、いずれも「植物を抜いた跡の穴から宝が出る」というもの。
昔、あるところに たき子といういい娘がいた。ところが幾つになっても嫁の貰い手が無いので、どうしても結婚したいと思って一週間篭って神様に祈った。寝ないで祈っているうち とろとろと眠り込むと、夢の中でこう言われた。
『橋の下に住んでいる、足の不自由な人のところに嫁に行きなさい。この人はお金持ちになるから』
たき子は綺麗に着飾って、町の橋まで訪ねて行った。すると子供たちが集まって、橋の下の人に悪戯を仕掛けているではないか。たき子が「こらあ!」と叫んで橋の下に走っていくと、足の不自由な人は杖を振り回して応戦していた。
子供たちを散々叱ってから、たき子はここに来た理由を話した。結婚したくて神様に祈ったこと、夢のお告げで橋の下の足の不自由な人と結婚しろ、お金持ちになるからと言われたこと……。けれども、それを聞くと足の不自由な人は怒って、「あんたなんか嫁にいらないよ」と言う。もめていると騒ぎを聞きつけて役人がやってきた。たき子がもう一度 最初から説明すると、とうとう足の不自由な人はたき子を嫁に貰ってくれることになった。役人は「嫁さんを貰ったんだから、何か仕事を見つけてやらないとなぁ」などと考えてくれた。その間、たき子が川に水を汲みに行くと、川を酒樽が流れてきた。その酒で杯を交わした。不思議なことに、この酒樽からは酌んでも酌んでも酒が湧き出すのだった。
さて、夫をお風呂に入れて髭をそったら、とてもいい男だった。しかも、持っていた荷物の中には五百両もの大金が入っていた。この金を元手に家を建て、例の不思議な酒樽で酒屋を始めて、いつしか二人は大金持ちになった。たき子の故郷の人たちも物見高さからとはいえ みんな買いに来てくれたし、ついには話を聞きつけた夫の両親が舟に米だの金だのをぎっしり積んでやってきた。夫は大金持ちの息子で、家を出るときに五百両を持たされたのだった。
その後も不思議な酒樽の酒は尽きることがなく、家は富み栄えて夫婦は幸せに暮らしたということだ。
参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-
※大金を持っているのにあえて橋の下でホームレス生活をし、たき子のプロポーズに怒った彼。その心情や背景をかなり色々考えさせられる。どんな状況で実家を出、どうして橋の下に住むことになったのか……。子供たちが彼を襲っているシーンなど、現代のホームレス狩りにも通じる感じだし。
類話まで見ていくと、男女のどちらが障害を持っているか、どちらが金(富縁)を持っているかは入れ替え自由で定まっていない。
お告げに従って足の不自由な女を嫁にした男が、妻の持っていた不思議な株から湧いた酒で大金持ちになる話。ハンサムだが甲斐性なしの乞食男が足の不自由な金持ちの娘に見初められて出世する話。足を折って不自由になった芋堀の男が長者の娘と結婚する話。
いずれにせよ、神意によって男女が結婚し、持参金もしくは酒泉によって幸福になる話で、その意味では【炭焼長者・初婚型】系のカテゴリに入る。植物(木の樽、株)から酒が湧く辺りなどは【芋堀長者】に近い。
余談だが、世界的に金属工芸神は片目か足が不自由である場合が多いことを追記しておく。
昔、鍛冶屋に女房と三歳になる息子があった。この女房は面倒見がよく気前がよくて、弟子どもにまで何不自由ないように銭金を与えていたが、鍛冶屋は「こんな女房では金は貯まらない」と嫌って、とうとう息子ともども家を追い出してしまった。
女房は、今更 実家に帰っても居場所がないと思い、当てのない旅に出かけた。そのうち道に迷って深い山に迷い込み、日が暮れて、灯りを頼りに炭焼き小屋に辿り着いた。覗いてみると、鍋が火にかかっているが誰もいない。小屋の前の石に腰掛けて待っていると、汚らしい爺さんが帰ってきた。けれども、爺さんは女房を見ると踵を返して またどこかに行ってしまった。すっかり夜になって寒くなってきたのでどうしようかと思っていると、ようやく爺さんが帰ってきた。爺さんは
「この変化物が、まだ そこにいたか!」と怒鳴った。女房は驚いて「私は決して変化物などではありません、旅の女です。どうか一晩泊めてください」と言った。すると爺さんは
「お前は本当に人間か、なら家に入ってもよい。ただ、この鍋の飯が、俺一人だったら明日の朝の分まであると思っていたが、今夜お前と二人で食べれば朝には何もなくなる」と言って困った顔をした。
「明日のものは私がどうとでもいたしますから」女房はそう言って、二人で鍋の飯を食べた。
翌朝になると、女房は懐から金を出して、これで米を買ってきてくださいと爺さんに言った。ところが爺さんは馬鹿にして、
「そんな小石でどうして米が買える。炭ならともかく」と言う。
「いいえ、これは小石ではありません。小判という宝物です。これさえあれば米でも味噌でも着物でも、何でも買えるのですよ」
「はん、そんなものが宝物なら、俺が炭を焼く窯の辺りは一帯に小判だ」
そう言って爺さんは笑うのだった。
「とにかく、このお金で買い物をしてきてくださいね」
女房は「米と魚、古着二、三枚」と書いたメモを渡して、爺さんを買い物に出した。爺さんが出かけてから、さっき爺さんの言ったことを思い出して炭焼き窯の辺りを見に行くと、なんと、本当に黄金が積み重なっている。その金を小屋に運び込むと、入りきらずに外にあふれ出すほどだった。そうしているうちに暗くなったが、爺さんは帰ってこない。待っていると、何か独り言を言いながら帰ってきた。頼んだものを何一つ持っていない。
「一体どうしたのですか、こんなに遅くなって。それに、頼んだ米や魚は?」
「途中であんまり腹が減ってたまらんから、俵から米を取って食い食い帰ってくると、俺の後ろから付いてくる奴がいる。だから、そいつにも一掴みずつ投げてやりながら来たら、全部なくなってしまった」
「どこにそんな人がいるんですか」
「それ、そこにいる」
爺さんが指さすのを見ると、それは彼自身の影だった。
こんな抜けたところのある男であったが、女房はこの爺さんを嫌わなかった。二人はそのまま夫婦になって、炭焼き窯の黄金で人を雇って木を切ったり家を建てたり、ついには炭焼長者と呼ばれる身分になり、辺りは栄えて沢山の家が出来て町になった。
さて、女房を追い出した鍛冶屋はと言うと、それ以来 何を作ってもまともに出来なくなった。鎌を打とうと思えば鉈になり、鍬と思えば斧になる。仕事はなくなり、ついには乞食になって、廻り廻って炭焼長者の門前に立った。女房がこの乞食の姿を見ると、どうにも見覚えがある。よくよく見れば前の夫であったから、可哀想に思って米三升を渡し、これが無くなったらまた来なさい、と言った。
しばらくすると本当にまた来たので、女房が夫に相談すると、「そうか、それでは俺が出て話してもマズいだろうから、何気なくここにいるようにお前の口から言えばいい」と言うので、女房が乞食爺に「そうして世間をさすらうよりも、ウチの下男になって働いてはどうですか」と言うと、前夫は何も知らないものだから喜んで、炭焼長者のところで一生を送ったという。
参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-
※この話では、一緒に家を出された三歳の息子がどうなったのか、語り手が失念していたようで すっぽり語られていない。だが、類話を見ていくと、子供の存在は結末部への仕掛けになっている。再婚して幸せに暮らしている妻のところに、落ちぶれた前夫がやってくる。子供は前夫にまとわり付くが、前夫は何も気付かない。妻は「自分の子供も判らないとは」と嘆き、前夫は己を恥じる。【手無し娘】に近い結末である。(【手無し娘】の方は、夫が落ちぶれた姿をしているのは変装であり、妻も再婚していないため、よりが戻るハッピーエンドになる。)
参考 --> 「男女の福分」
老母と息子夫婦がいた。老母は倹約家、息子とその妻の丁香は働き者。真面目な生活のおかげで暮らしぶりもよく、丁香は姑に孝養を尽くし、一家は睦まじく暮らしていた。
ある時、丁香は長く里帰りした。その隙に、近所に住む海棠という遊び人の美女が、丁香の夫を誘惑した。夫は海棠の色香に惑い、それからというもの、丁香に対する態度がまるで変わってしまった。料理がまずいと言っては叩いたり罵ったり、どんどん態度が冷たくなって、ついには離縁状をたたきつけた。丁香が別れの挨拶に行くと、姑は大声で泣いて、喉に痰を詰まらせて死んでしまった。丁香は姑の葬式を済ませ、何度も何度も振り返りながら家を出て行った。
実家に帰っても面目を潰して迷惑をかける。そう思って行く当てなく彷徨う丁香は、荒れた廟にたどり着いた。この廟には老母とその息子が二人で住んでいたが、貧しい暮らしをしていた。優しい老母は話を聞くと丁香をそこに住まわせてくれた。丁香は三丈二尺もの長い黒髪の美人で、働き者で賢く、外のことも内のことも上手なので老母にたいそう気に入られた。そのうちに老母の勧めで丁香は老母の息子と結婚し、ますますよく働いたので、暮らしぶりもだんだんよくなっていった。
さて、丁香の前の夫は海棠と結婚してからは畑仕事もしなくなり、何年もしないうちに家財も何もかも食い潰してしまった。海棠は男がすっかり貧乏になると「仕方がない、私たちは別れましょう。私は私の道を行くから、あんたはあんたで一人の道を行きなさいよ」と振り払うように行ってしまった。こんな男は乞食になるよりしょうがない。
ある日、男は丁香の廟にたどり着き、「哀れみを……一椀のお恵みを……」と哀願した。丁香が「おや、あの声は聞き覚えが……」と出てみると、何と離婚した前の夫ではないか。丁香の胸の中は煮えたぎるようだったが、あんなボロを着ている姿を見るとやはり哀れで仕方がない。熱いうどんを作って出してやって、自分のことを覚えているか試そうと、長い黒髪一本と別れたときに身につけていた銀のかんざしを椀の中に入れておいた。ところが、男は髪の毛を見つけて捨て、かんざしも鶏の骨だと思って捨てして、まるで気が付かない。「ああ、あんたは私のことなどすっかり忘れているのね」と丁香は泣いた。
「あなたはどなたですか」
男は頭を上げて丁香を見たが、まだ気がつかない。
「私は、あんたに離縁された丁香よ。海棠はどうしたの、あんたによくしてくれなかったの」
ここまで言われて、やっと男は丁香の髪が三丈二尺あったことや、鶏の骨と思って捨てたのが、結婚した時に髪に挿してやったかんざしだったことに気が付いた。男は恥ずかしくなり、面目ないと廟の柱に頭をぶつけて自殺した。
丁香は大きな声で泣いて、「海棠、海棠、あんたは私の前の夫を騙して殺したも同然だわ。私はあんたとはもう決して会わない」と言った。それで人は丁香(ライラック)と海棠を一緒に植えないようになったという。
参考文献
『ことばとかたちの部屋』 寺内重夫編訳
http://homepage1.nifty.com/kotobatokatachi/index.html
※丁香、海棠という名前は中国のこの系統の類話に頻繁に出てくる。【竈神の由来】参照。
ところで、丁香は前の妻の顔さえ判らない愚かな前夫を試し、かつ自分を報せるために、自分で作った温かいうどんの中に髪の毛と装身具を入れておく。このモチーフはシンデレラ系の民話にもしばしば現れるものである。例えば、皮を被るシンデレラたちは自作のスープの中に金の装身具や金の髪を入れておく。皮を脱いで美しく変身した自分の正体に気付かない愚かな王子に気付かせるためである。殺されて摩り替えられた妻は、妻が入れ替わったことにも気付かない愚かな夫に報せるため、自分の得意料理を食べさせる。シンデレラたちの"王子様"がいかに愚鈍であれ、彼らはスープの中の金を発見したとき、すぐさま真相に思い至る。ところが、丁香の夫はまるで気が付かない。愚鈍の極みである。
参考--> 【竈神の由来】
「初婚型」と「再婚型」を混ぜた感じである。
中国や朝鮮半島の【炭焼長者】【芋堀長者】の類話では、ヒロインは三人姉妹の末で、彼女を追い出すのは実父であることが多い。父が娘たちに質問して、末娘だけが父の意に沿わぬ返答をする。娘は父の怒りを買って家を出て、貧しい男と結婚した後で裕福になり、父は己の行為を悔い、娘も孝養を尽くす。
結婚相手が元々裕福か後に裕福になるかの違いがあるが、西欧の『塩のように大事』などとも かなり近い感じである。これらの話はシンデレラ系の『千匹皮』や、【手無し娘】にも関連している。
【手無し娘】は基本的に父の怒りを買った娘が父に手を切られて家を追い出される話なのだが、イラクの類話には、王妃が王の怒りを買って手を切られて王宮を出され、後に再婚して幸せになる、まさに「再婚型」そのものの話がある。【炭焼長者・再婚型】で、日本の類話での「妻が離縁された理由」に、妻が貧しい・目下の者たちに気前よく金品を与えたから夫が怒った、というものがあるのだが、このイラクの『モハメッドの花』においても、王妃が貧しい男に装身具を与えたために王の怒りを買う。装身具を貰った貧しい男はそれを元手にして大金持ちになり、後に元王妃と結婚する。多少の順番の入れ替わりがあるが、「裕福な奥方が離縁される→貧しい男と再婚→貧しい男は妻のおかげで裕福に」という、【炭焼長者・再婚型】のパターンと同じ筋立てになっている。ただ、この話では前夫である王の零落というモチーフは入っておらず、何故か前夫・妻・今の夫の三人が仲良くなった、という結末になってしまっているが。
家を追い出された子供が結婚して裕福になり、そこに落ちぶれた親がやってきて、それに孝養を尽くすモチーフは、沖縄の『灰坊』などシンデレラ系継子譚でも見られる。
大理府城(雲南省)から南へ二十里のところに轆角荘という村がある。その名前に関する由来は、こうである。
南詔国時代、国王の閣邏鳳は娘のために婿探しをしようとしていた。それを知った娘はこう言った。
「私は天の決めた結婚をいたします。水牛の背に後ろ向きに乗り、その歩みに任せて、立ち止まったところの嫁になります。相手がどんなに貧しかろうが卑しかろうが、いっこうに構いませんわ」
父王は仕方なく娘の言うがままにした。娘は水牛に乗って城を後にし、やがてある村の狭い路地に入っていった。水牛がその大きな角を横にしながら進んでいくと、一軒の家に着いた。娘はそこに老女を見つけて訊ねた。
「この家に息子さんはいらっしゃいませんか?」
「一人おりますが、ただ今、木を伐りに出かけていておりません」
それを聞くと、娘はすぐに老女に丁寧なお辞儀をして、「お母様、私をこの家の嫁にしてください」と頼み込んだ。老女が承知したので、娘は人を使ってこのことを父王に報せたが、父王はそんな卑しい
さて、娘は樵夫と結婚したが、ある日、夫が「その首飾りは何で出来ているのか?」と訊ねた。
「黄金という高価なものです」
「わしが木を伐る森にはそれが山ほどあるよ」
夫はそう言って森へ行き、本当に黄金を沢山背負ってきた。おかげで、夫婦は大金持ちになった。
その後、娘に家に招待された父王は、婿が大金持ちになったのを知らなかったので、
「金の橋・銀の橋を架けて迎えるというなら、行かんでもない」と返事をした。娘は本当に金と銀の橋を架けて迎えた。事の次第を知った父王は
「これこそまさしく天の定めた結婚というものか」と感心した。
やがて樵夫夫婦の住んでいる村を、"
参考文献
『中国の神話伝説』 伊藤清司著 東方書店 1996.
『決定版世界の民話事典』 日本民話の会編 講談社+α文庫 2002.
※別説では、王に二人の娘と一人の息子があり、王が子供たちに「お前たちの幸せは誰に授かったのか」と訊いたところ、姉と兄は「父王からです」と答えたのに、末娘のペーワは「自分の幸せは自分で探します」と答えて、水牛に乗って出奔したことになっている。
水牛はチャン・バオチュンという貧しい炭焼きの青年と盲目の老母の家にたどり着き、ペーワ王女はそこの押しかけ女房になった。夫婦は父王に挨拶に行ったが、怒った父王は「お前たちの家から城まで、道に銀を敷き詰め、金の橋を架けるまでは来るな」と追い返した。
夫婦はせっせと働いたが、生活は苦しく、食うにも事欠く有様だった。ある日、ペーワ王女は手持ちの三枚の銀子を夫に渡し、米を買ってくるように言った。しかしチャンは、乞食を襲おうとしていた赤犬と、田の稲穂をついばんでいた雀と、畑のトウモロコシを盗み食いしていた馬を追い払うために三枚の銀子を投げつけてしまい、手ぶらで戻ってくる。ペーワ王女は何も言わなかったが、一家の暮らしはますます貧しくなった。
そんなある日、老母が病気で倒れる。ペーワ王女は持っていた最後の金子を出して薬を買ってくるようにとチャンに渡すが、チャンは金子を見て「こんなものは炭焼き場にいくらでもある」と言い、それ以降、山から毎日金を運んで裕福になる。
家の周りに金が山と積まれると、夫婦は道に銀を敷き詰め金で橋を架けて、父王を迎えに行く。父王は「ペーワは大変な幸せを授かっていたのだな」と感心する。
百済の武王は龍と母が交わって生まれた子で、幼少の頃から人より美しかった。薯蕷(山芋)を掘って売ることを生業としたので、薯童と呼ばれた。
薯童は新羅の真平王の三人娘の末・善化公主が美人の誉れが高いと聞き、山芋を振舞って辺りの童子たちを買収し、「善化公主が薯童と密通している」という童謡を作って都中に流行らせた。これが国王の耳に達し、公主は父の怒りを買って王宮を追われた。薯童は公主を道で待ち伏せし、まんまと本当の夫婦になってしまった。
二人は百済の地に着き、夫婦生活を始めることにした。公主は別れしなに母から貰った純金一斗を取り出し、それを生活費に当てようとしたが、それを見た薯童が言った。
「それが金という貴いものならば、私が山芋を掘る畑に沢山捨ててあるぞ」
そうして金を拾ってきて、二人は巨万の富を手に入れた。
その後、薯童は龍華山師子寺の知命法師の強力を得て黄金を新羅の真平王の元に贈り、気に入られて王位に就いた。その後、薯童夫婦が師子寺を訪れると、寺内の池に弥勒三尊が現れたので、真平王の協力を得てそこに伽藍を建てた。これが後の弥勒寺である。
参考文献
『昔話 伝説の系譜 東アジアの比較説話学』 伊藤清司著 第一書房
※日本では、この系統の話群の夫の職業が何故炭焼きであり芋掘りなのか、という点について、全てを金属産業に結びつけた説がある(柳田国男)。炭焼きとはすなわち冶金を示唆する。何故なら冶金には木炭が不可欠だからだ。何故芋掘りのバリエーションがあるかと言えば、鋳物師を「いもじ」と呼び、大分の方言で木炭を「いもし」と呼ぶことから、炭焼きが芋掘りに変わってしまったのだ、と。
しかし、[芋堀長者]の類話は厳然として朝鮮半島にも存在し、ここで紹介しているように『三国遺事』に武王の伝説としても現れている。朝鮮半島側の研究者によれば、武王の幼名「末子」、あるいは俗名「末通」の読みが「薯童」に似ているので、そこから芋掘りという職業が導き出されたのだろうと言うし(梁柱東)、そうではなく、民話の[芋堀長者]が先にあり、それが伝説に取り入れられたのだろうとも言われている(崔雲植)。
どちらが正解なのか、どちらも違うのかは判らない。
薯童自らの奸計という形になってしまっているが、『日本霊異記』にある「菴知の万の子」の話と同じく、運命の告示が流行り歌で行われている。その点から見ると【運命説話】系の要素も持っていると言える。
なお、薯童が姦計で妻を得るくだりは、[一寸法師]や[たにし息子]が、寝ている長者の娘の口に食物の屑を塗り、自分の食料を盗み食いされたと嘘の訴えをして長者を怒らせ、「こんな娘は出て行け」と縁を切らせて、追い出された娘をまんまと妻にするエピソードを思い出させる。
ある村に両親と三人の娘が住んでいた。ある日のこと、父親は娘たちに尋ねた。
「お前たちは誰のおかげで暮らしていけるのかね?」
長女は答えた。「もちろん、お父様のおかげですわ」
次女も答えた。「お父様です」
ところが、三女のカムンヂャンアギだけはそう答えなかった。
「この不孝者め!」
父親は怒って罵り、カムンヂャンアギを家から追い出してしまった。
家を出たカムンヂャンアギは、さまよううちに山奥の小屋にたどり着き、そこに泊まった。その小屋には三人兄弟が住んでいて、末の弟がカムンヂャンアギに色々と親切にしてくれたので、彼女は彼が気に入った。
やがて三人兄弟は山芋を掘りに出かけた。カムンヂャンアギが兄弟たちの掘った穴を覗いてみると、末の弟が掘った穴の中がキラキラと光っている。穴の中には沢山の砂金があった。カムンヂャンアギは末の弟にそれを知らせ、取って売りにやらせたので、たちまち金持ちになった。カムンヂャンアギと末の弟は結婚し、幸せに暮らした。
後に、カムンチャンアギの家に盲目の乞食が物乞いに来たが、それは変わり果てた両親であった。カムンチャンアギは両親を保護し、孝養を尽くしたという。
参考文献
『昔話 伝説の系譜 東アジアの比較説話学』 伊藤清司著 第一書房
※朝鮮半島の【芋堀長者】。同じく、朝鮮半島には【炭焼長者】もしっかり存在する。
父が三人の娘に「お前たちが育ったのは誰のおかげか」と尋ねると上の娘二人は「お父様のおかげです」と答えるが末娘だけは「自分のおかげです」と答え、怒った父に家を追い出される。さまよう末娘は炭焼きと出会い、彼の嫁になる。ある日、炭焼き窯に行くと窯が黄金で出来ている。彼女はそれを夫に知らせて売らせ、二人は大金持ちになる。一方、父は財産を二人の娘に分け与えたが、彼女たちは父を虐待し、ついに父は乞食になってさまよう。そうと知らずに末娘の家に物乞いに来て、末娘は厚くもてなす。
山奥の小屋に住む三人兄弟は、例えば【白雪姫】系の七人の小人や盗賊たちに相当する存在であろう。
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