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白鳥乙女

 天から降りてきた鳥が、羽衣を脱ぐと美しい乙女になる、というモチーフを持つ話。全世界的に見られるもので、日本では「天人女房」「羽衣」の題でも知られる。

  1. <変身と出会い>一群れの鳥が水場に舞い降り、羽衣を脱いで乙女になって水浴びする。その様子を覗き見た若者が、中で一番美しい娘の羽衣を盗んで隠す。他の乙女は飛び去るが、羽衣を奪われた娘は帰れず、男の妻になる
  2. <別離>a.羽衣の在り処を(子供/母)が教えた b.男が妻を大事にしなかった)ので妻は羽衣を着て異界に逃げ去る
    • 妻は子供たちを(a.連れて行く b.置いていく)
    ※ここで物語が終了する場合が多い
  3. <冥界への旅>男は(a.獣の助けを借りて b.妻が残していった助言に従って)異界へ妻を追っていく
    ※この条は無いか簡略化されている場合が多い。
    • <難題婿>天女の夫として相応しいかテストされ、(a.失敗して再び別離する b.成功して天で暮らす)
  4. <縁起>a.七夕などの行事の由来 b.一族の始祖の由来 c.自然現象や獣の生態の由来 d.特になし)

 

 これが基本的な話型だが、もっと崩れて断片的なモチーフとして現れることも多い。例えば、夜毎に一群れの鳩が飛んできて黄金の果実を食い尽くす。その鳥の後を追って男が異界へ行き、羽衣を脱いで美しい乙女に変わることを知って結婚する。

 あるいは、夜毎に墓場に白い鳩が飛んで来て乙女に変わり、死んだ王子を甦らせて愛を語る。中国の伝承では、羽衣を脱いで乙女に変じる魔物を姑獲鳥、鬼車、天帝少女、夜行遊女などとも言い、人間の男と結婚するほか、夜に飛んできて赤ん坊を病気にしたり連れ去ると言ったりもする。女神だったはずのものが、魔物に零落している。

 また、子供の無い夫婦や妻の無い善良な若者を救うために(天に命じられて)舞い降り、一定の期間仕えると飛び去った、と語られる話群もある。【かぐや姫】を思い出させる。

 その他、北欧からイギリスでは鳥ではなくアザラシや人魚が陸に上がってきたとき、脱いだ皮や帽子を若者が隠して……と語られることもある。獣が皮を脱いで乙女に変わり……という部分が忘れ去られ、単に(女神/天女/妖精)が水浴びしていたとき、若者が衣を盗んで……とされることもある。

 白鳥乙女がどこから来て何処に去るのかという解釈も様々である。天界、竜宮(海の底)、川の向こう。白鳥乙女を星になぞらえ、天の六つ星(昴)や織女星だとする説も根強い。

 

天女の児・田章『捜神記』 中国

 昔、田崑崙という貧しい若者がいた。穀物の実る頃のこと、彼が野良仕事の帰りに美しい池の傍を通りかかったところ、三人の乙女が水浴びをしている。少し近づくと二人は白い鶴に変わって飛び去ったが、一人は残っていたので、衣を盗んで穀物の根元に隠した。乙女は崑崙に切々と訴えた。

「私たち三姉妹は天女です。姉たちは素早く衣を着て飛び去りましたが、私はノロマなのであなたに捕まってしまいました。裸のままでは池から出ることも出来ません。どうか、衣を返してください。あなたの妻になりますから」

 崑崙は返せば飛び去るだろうと考え、自分の着物を脱いで与えた。天女はしばらく強情に池の中にいたが、とうとう諦めて彼に従った。天女を連れて帰ると母親は喜び、さっそく親戚一堂を招いて息子の嫁を披露した。

 月日が経つと、天女は田章という凛々しい男児を一人産んだ。

 ところが、崑崙は徴兵されて、西方に出征することになった。出かける時、彼は母親に天女の衣を渡し、決して妻に見せてはならないと頼んだ。母子は相談して、母親のベッドの下に穴を掘って隠していた。

 崑崙はそれから三年経っても戻らなかった。天女は黙って子供を育てていたが、ついに義母に「私の衣を見せてください」と言い始めた。義母は渋ったが、天女があまりに頼むので出して見せてやった。その時は見せても何事もなかったが、十日ほど経つと、もう一度見たいと言い出した。

「お前はそれを着ると、私を棄てて行ってしまうんじゃないのかい?」

「私は今はあなたの息子さんの妻であり、子供もいます。どうして棄てていかれるでしょうか」

 義母は部屋の戸を閉めさせてから衣を見せた。しかし、天女は窓から飛び去った。老母は大声を上げて呼んだが甲斐は無い。嘆き悲しんで食事も喉が通らなかった。

 天女が天に帰ると、地上では六年以上が過ぎていたが、天界では二日しか過ぎていなかった。二人の姉は人間なんかと夫婦になって両親を悲しませるとは、と罵ったが、妹が悲しむのを見て、明日もう一度地上に遊びに行って、あなたの息子に会おうと慰めた。

 その頃、五歳の田章は母を慕って家でも野でも泣いていた。通りがかった高名な大学者の董仲舒が、昼頃に池の傍に行くように教えた。そこに白い練絹のスカートを履いた三人の女が降りてくるが、そのうち顔を伏せてお前を見ないようにしているのがお母さんだよ、と。田章が池に行くと三人の白いスカートの女が水菜を採っていて、一人は顔を伏せている。「お母さん」と呼ぶと、こらえきれずにワーッと泣き出した。そして、三人の天女は田章を天に連れて行った。

 天女の父親はこの外孫を哀れに思い、様々な教育を施した。それは天界で四、五日のことだったが、地上では十五年以上に匹敵した。田章は祖父から八巻の文書を授かって地上に降り、その学識の深さで評判になった。それが天子の耳に入り、田章は僕射(宰相)に任じられて栄えたという。



参考文献
『中国の神話伝説』 伊藤清司著 東方書店 1996.

※個人的には、息子、嫁、孫、全てに去られた老母がどんな孤独な死を迎えたのか、それがとても気になる。元々、強引に嫁にされたのだから仕方ないのかもしれないが、天女はとても冷たい女だ。

 なお、この話に出てくる董仲舒も天女の児だと言われている。

『孝子図』や『清平山堂話本』などによると、董永という貧しいながらも真面目な男がいて、借金のかたに自ら貸主の奴隷になると申し出た。すると道で出会った見知らぬ女性が彼の押しかけ女房になり、十日と掛からずに千疋の絹を織って借金を全て返してしまった。そして「私は天宮の織女です、天帝に命じられてあなたを救うために参りました」と明かし、そのまま飛び去ってしまった。

 一説によれば、その時、天女は地上に一人の男児を残して行き、その後も天地を往来しては子供と夫の世話を焼いたという。この児こそが董仲舒であった。

 十二歳のとき、仲舒は高名な占術家・厳君平に教えられて、母を探して太白山に赴いた。ちょうど七月七日で、大勢の天女が天下って山中の泉で薬ビンを洗っていたが、七人目の黄色い服を着た女が母であった。母は仲舒に金のビンと銀のビンを渡し、金のビンは厳君平先生に渡し、銀のビンはあなたが取るようにと言った。

 厳君平が金のビンを手に取ると、中から火花が飛び散って寿命占いの本が丸焼けになり、彼自身も両目を焼いて失明した。一方、仲舒が銀のビンを開けると、中に米が七合入っていた。母は一日一粒食べよと言っていたが、仲舒は物足りない気がして全部一度に煮て食べた。すると見る見る背が伸びて異常なまでの巨漢になった。それを見た病身の父はショック死してしまった。

 仲舒は父の葬式を済ませると、玉帝に命じられたので天に昇って鶴神の官職に就く、と人々に告げて去ったという。


 多くの白鳥乙女系の話では、天女に羽衣の在り処を教えてしまうのは子供たちなのだが、この例話では老母が教えてしまう。同じように女が教えてしまうタイプの類話として、以下を参考に記す。

ペリの妻ヒンズー・ペルシア 『妖精の誕生 ――フェアリー神話学――』 トマス・カイトリー著、市場泰男訳 現代教養文庫 1989.

 ヒンドスタンのある町の商人の息子が、父親の意に背いて家を追い出され、修行僧の衣をまとって旅に出た。一日目、池のほとりの木の下に休んでいると、日が暮れてから四羽の鳩が飛んできて池の岸に舞い降り、自然にペリ(美しい妖精)になった。ペリたちは衣を脱いで水浴びを始めたので、男は全員の衣を盗んで木のうろの中に隠し、その前に座り込んだ。やがてペリたちが衣が無いのに気付き、男に返してくれと懇願した。男が、中の一人が自分の妻になるなら返すと言うと、ペリ達は自分達は火で出来ているが人間は土と水で出来ているので結婚は出来ないと言う。しかし男は承知せず、一番若くて美しいペリを妻に指名した。仕方なく、三人のペリは悲嘆にくれる妹を慰めて飛び去った。

 若い商人は美しい花嫁を家に連れ帰り、華やかな衣服を着せたが、ペリの服は秘密の場所に隠した。彼はペリの愛を得るように極力つとめ、ついに成功した。彼女は何人かの子を産み、親戚や隣人の女性たちとの交流を楽しむようになった。彼は妻の愛情を確信して疑わなかった。

 十年が過ぎたとき、商人は商用で長期出かけなければならなくなり、最も信頼する老いた家政婦に妻の秘密を明かし、世話を頼んでいった。彼が不在になってからというもの、ペリは常に愁いに沈んでいるように見えたので、家政婦は彼女の気が晴れるようにつとめた。そんなある日、風呂上りの彼女の髪を拭いていたとき、家政婦はあまりの美しさに思わず感嘆の声を上げた。するとペリは、私がペリの衣を着ればこの比ではないわ、神は最高の美を私達ペリにお与えになったのだから。あなたがそれを見たいなら、夫が隠した私の衣を持ってきてちょうだい、と言った。家政婦は単純な質で、素直に衣を持ってきた。衣を着たペリは小鳥のように翼を広げると、うろたえる家政婦に別れを告げて飛び去ってしまった。

 帰ってきた商人は、これを知ると精神に異常をきたし、腑抜けとなって生涯を終えたという。



金の担桶たご日本 広島

 昔、金剛山のふもとに一人の猟師が住んでいた。ある日山に猟に行くと、一頭の鹿が足を縛られて鳴いている。かわいそうに思って縄を解いて逃がしてやった。

 その夜遅く、猟師の家に白髪の爺がやってきて、自分はお前に助けられた鹿だ、お前さんは嫁さんが欲しいんじゃないか、と言った。猟師が欲しいと言うと、

「それじゃあ明日、川へ行ってみるとええ。空から天人が降りてきて川で体を洗うけん、その時、松の木にかけてある天人の羽衣を取って帰んなされ。そいたら、その羽衣を着ておった天人がお前さんの嫁になるんじゃ。……ああ、それから言うておくが、子供が二人以上できるまでは嫁さんにその羽衣を見せちゃいけんぞ」

 あくる朝、猟師は言われた通りに川に行った。すると沢山の天人が降りてきて川で水浴びを始めた。松の木にかけられた羽衣を、どれを取ろうかとあれこれ迷っていると、どこからか急かす声がするので、慌て一つ取って家に駆け帰った。

 その日の夜中、とんとんと戸を叩いて、美しい女が尋ねてきた。猟師は昼間の天人だと悟ったが黙っていると、女は自分から「嫁さんにしてください」と頼んできた。猟師は喜んで天人と夫婦になった。

 そのうち年月が過ぎ、子供が二人生まれた。ところが、その子供たちが「おっ母はどこから来た、どこから来た」とあんまりしつこく尋ねるので、とうとうある日、天人は猟師に羽衣を出してくれるように頼んだ。猟師はあの白髪の爺の忠告を思い出して渋ったが、毎日毎日あんまりせがむので、とうとう、たんすの奥から羽衣を取り出して見せた。

 途端に、天人は羽衣を着て、二人の子供を両脇に抱えて天に昇っていってしまった。

 あまりのことに天を仰いで嘆いていると、またあの白髪の爺が現れて、こう言った。

「明日の朝、あの川へ天から金の担桶たごが降りてくる。それは天人が水を汲むために下ろす担桶じゃけん、その中に入っておれば担桶が上るときに一緒に天に昇れる。嫁さんと子供のおるところへ行けるけぇのぅ」

 あくる朝、川へ行ってみると、なるほど天からすーっと金の担桶が下りてきた。言われた通りその中に入ってじっとしていると、やがて担桶はまたするすると天に上っていき、中の猟師も一緒に天に昇りついた。担桶から出てみると、目の前に嫁さんと二人の子供がおったので、四人は大喜び。それからみんな一生、安楽に暮らしたげな。めでたしめでたし。



参考文献
『いまは昔むかしは今(全五巻)』 網野善彦ほか著 福音館書店

※珍しくハッピーエンド。話者がそれを望んだのだろう。
 日本の民話だが、地名が「金剛山」だったりするので、多分朝鮮半島から伝わった話だろう。朝鮮の民話「天の水汲瓢」と細かい内容も大変よく似ている。
 ただ、天人が脱いだ羽衣を松にかける辺りはいかにも日本の「羽衣」的。

参考--> 「天の水汲瓢」「ベトナムの七夕伝説2



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