昔、あるところに仲のよい夫婦がありました。かわいいひとり娘がありましたが、娘が四つのとき母さまは死んでしまいました。そのあとに新しい母さまが来たけれど、母さまは継子が憎くてにくくてなりませんでした。どうにかして追い出そうと考えていましたが、もともとかしこい娘でしたから、その折もありませんでした。
そのうちに、娘は十五になりました。
継母は、憎い娘だ、なんとかしなければと毎日 考えていましたが、とうとう父さまに
「おらはどうしても、利口なあの子といっしょでは暮らしが出来ないすけに、暇ばくれてくんなせ」
と言いました。父さまは、いつも継母の言い分ばかり聞いていましたので、
「いやいや、心配することはない。いまに娘はなんとかしてやる」
と言って、何のとがめもない娘をすぐに追い出す気になりました。
あるとき、「娘、祭見さ行こう」と、父さまは娘に今まで着せたこともないきれいな着物を着せて、祭見に出かけました。その日はよい日和で、いつにない父さまが誘ってくださるので、娘はたいそう喜んで出かけました。
ところが、祭見に行くというのに山を越えて行くので、娘は不審に思って、
「父さま、父さま、祭はどこにあるのです」と聞くと、
「ひと山越えふた山越えた、大きな城下の祭さ」と言って、山の奥へ山の奥へと行きました。ふた山越えた谷間に行くと、
「娘、昼飯にするべえな」と言って、もって来た握り飯を食べ始めました。そのうちに、娘はあまり歩いてくたびれたので、いねむりを始めました。それを見ると、父さまはこの時だと思って、腰にさしていた木割りで、かわいそうに娘の両腕を切り落として、泣き叫ぶ娘をそこに残して、ひとりで山を降りてしまいました。
「父さま、待ってくなされ、父さま、いたいよう」と言って、娘は血まみれになって転げながら後を追いかけて行きましたが、父さまは後も見ないで行ってしまいました。
「ああ、悲しい。なんで、まことの父さまにまで、こんなひどい目にあわされるのか」
と思って、娘はもう帰る家もないので、谷川の水で切られた腕の傷口を洗って、草の実や木の実などを食べて、生きながらえておりました。
あるとき、立派な若者が馬に乗って、お供をつれてそこを通りかかりました。
「はて、人の顔かたちはしているけれども、両手がないが、そなたは何者だ」
と、藪の中でかさこそしている娘を見つけてたずねました。
「わたしは、まことの父さまからも見捨てられた、手なし娘です」
訳を聞いた若者は深く同情しました。
「なにはともあれ、わしの家にくるがよい」
若者は娘を馬に乗せて山を降りました。家に帰ると、母さまに
「母さま、今日は狩は不猟でしたが、山で手のない娘をひろって帰りました。まことにかわいそうな娘ですから、どうか家において下さい」と言って、娘の身の上をのこらず語って聞かせました。
母さまも心のやさしい人でしたから、娘の顔を洗ってやり、髪を結ってやりました。そうして化粧をしてやると、手なし娘はもとの美しい娘になりました。母さまもたいそうよろこんで、ほんとうの自分の娘のようにかわいがってやりました。
それからしばらくたってから、若者は母さまに、
「母さま、母さま。お願いでがんすから、どうかあの娘をわしの嫁にして下され」と頼みました。
「あの娘なら、お前の嫁によい。母さまも前からそう思っていたところです」
すぐに婚礼の祝がされて、そのうち、娘には子供が生れることになりました。
そんな頃、若者は江戸へ上ることになりました。
「母さま、生まれる子供のことは、お願い申します」
「心配することはありません。子供が生れたら、すぐ早飛脚を立てるんで」
若者は江戸へ旅立ちました。
それから間もなく、かわいい男の子が生まれました。母さまは、「娘や、ひと時も早く江戸へ知らせてあげましょう」と言って、子供が生まれたことを書いて、隣の使い走りの男に頼んで、早飛脚を立てました。早飛脚は、山を越え野を越えて行ったので、途中で喉が乾いてある家に立ち寄って、水を貰って飲みました。
ところが、その家は手なし娘が生まれた家だったのです。
継母は早飛脚に「そなたは、どこへ行くぞえ」と、たずねました。
「どこって、おらが隣の長者殿の手のない娘が子供を生んだので、江戸にいる若さまのところへ早報せを持って行くところだ」と、なに気なくしゃべりました。
継子がまだ生きていたと悟って、継母は急に早飛脚をいたわり始めました。
「この暑いのに、江戸までの道中はなんたら大変なことだ。ちょっとばかり休んでおいでれ」
といって、酒や肴を出してもてなしました。
飛脚はすぐに酔っぱらってしまいました。その間に、継母は文箱の手紙をとり出して見ると、
「玉とも何ともたとえようのない、かわいい男の子が生れた」と書いてありました。
継母はこれを見て「憎らしい」と言って、
「鬼とも蛇ともわけのわからない化け物が生れた」と書きなおして、そっと文箱の中へ入れておきました。
「ああ、とんだもてなしをしていただきあんした」
酒を飲んで寝過ごした飛脚は、目を覚まして もじもじしていました。継母はににこしながら、
「戻りにも必ず寄って、江戸の土産話を聞かせてくんなさい」と、親切そうに言いました。
若者は、早飛脚から来た手紙を見て、たいそう驚きました。
けれども「鬼でも蛇でもよいから、私が帰るまで大切に育てて下され」
という返事を書いて、早飛脚に持たせて帰しました。
飛脚は江戸に上るとき立ち寄った家の女房が、もてなしてくれたのを忘れかねて、ふるまい酒にありつこうと、また寄ってみました。すると継母は
「やあ、この暑いのに、今お戻りでがんすか。さあ、あがってござい」
と言って飛脚を座敷に上げ、「それ飲まんせ、それあがらんせ」と、また酒を飲ませて酔いつぶしてしまいました。そうして、飛脚が眠ったのを見て
「そんな児など見たくもない。手のない娘を見るのもいやになった。子供と一緒に追い出して下さい。それでなかったら、おらは一生家には戻らないで、江戸で暮らします」
と書きかえて、文箱に入れてしまいました。
飛脚は酔いが醒めると、継母にお礼を言って、野山を越えてやっとのことで長者の家へ帰りました。
若者の母さまが「息子からのことづけか」と手紙を見ると、思いがけないことばかり書いてありました。
「大変なことだ。途中でどこへも寄らなかったかえ」と母さまが訊くと、飛脚は
「なに、どこへも寄らねえだよ。馬みたいにまっすぐ行って、まっすぐ戻って来ましただよ」
と、嘘を言いました。
それでも、江戸の息子がもどって来てからのことにしようと、今日は帰って来るか、明日は帰って来るかと、手紙のことは娘に知らせないで待っていました。けれども、若者は帰って来るようすもありませんでした。
母さまは仕方なく、娘を呼んで、江戸の息子からこんな手紙が来たと語って聞かせました。娘は大そう悲しみました。そしてやっとのことで、
「母さま、この片輪者の私にかけて下さったご恩を一つも返せないで出て行きますのは悲しいことだけれども、若さまの心とあれば致し方ありません。出て行きます」
と言って、子供を負ぶわせてもらって、母さまに別れて泣く泣く家を出て行きました。
家は出たけれども、娘は行くあてもないので、足の向くまま行くが行くうちに、ひどく喉が乾いてきました。やがて水の流れのあるところに来ました。水でも飲むべと思って、屈んで飲もうとすると、背中の子供がずるずると背から抜け落ちそうになりました。
「やあ、誰か来て」と言いながら、必死に無い手で抑えようとすると、不思議なことに両手がちゃんと生えて、ずりおちる子供をしっかり抱きとめていました。
「やあ、うれしい、手がはえて来たよう」と言って、娘はたいそう喜びました。
それから間もなく、若者は子供や妻や母さまに早く会いたいと、急いで江戸から帰って来ました。けれども、娘も子供も旅に出たということを知りました。
いろいろ母さまの話を聞いてみると、早飛脚に立てた隣の使い走りの男が怪しいことがわかりました。そうして飛脚にいろいろ問いただしてみると、継母の家で酒を飲まされたことがわかりました。
「かわいそうに。それでは一刻も早く娘をさがして来てたもれ」と、母さまは若者をせき立てて娘を探しにやりました。
若者はあちこち探し歩いて、流れの側のお
うしろ姿を見ると、どうも妻によく似ているけれども、両手があるので、若者は不思議に思いながら声をかけてみました。そうして振り返るのを見ると、女乞食は間違いなく手なし娘でした。
ふたりはたいそう喜んで、共にうれし泣きに泣きました。どうしたことか、その涙のこぼれるところには、うつくしい花が咲きました。
それから三人はいっしょに帰りましたが、帰る道々、草にも木にも花が咲きました。
その後、継母と父さまは娘をいじめた
参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-
※手なし娘が喜びの涙を流すと美しい花が咲くが、イラクの「モハメッドの花」でも同様に花が咲く。
父が上方詣でに出た隙に、継母が継子の腕を引き抜き、梅の木に吊るす。亡母があの世でこれを知って、閻魔様の許しを得て、イタチの皮を着てこの世に戻り、縄を食い切って助ける。
継子は家に帰らずにさまよい、庄屋の敷地の梅の実を口で食べているところを、そこの家の息子に発見される。家に引き入れて親に隠して養っているうちに妊娠する。
息子が上方に行っている間に子が生まれたので、使い走りに「無事生まれた」と手紙を持たせて報せたが、途中で泊まった継母の家で「鰐口、猿目、団子鼻の子が生まれた」と書きかえられる。「それでも大事にしろ」と返事をするが、帰りにも書きかえられて「追い出せ」となる。
娘は家を追われ、子供に乳がやれずに困っていると、行き会った婆が乳を飲ませてくれた。婆に「井戸に行って右手を傾けると右手が、左手を傾けると左手がつく」と教えてもらい、その通りになって、一軒家で暮らしはじめる。
上方から帰った息子は事態を知り、妻子を探して旅に出る。例の一軒家に行って休んでいると、子供が「父ちゃん」と言って膝に乗り、元の夫婦だとわかる。共に帰って幸福になる。
参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-
大阪の大きな商家、日野屋に二人の娘があった。姉娘は死んだ前妻の子だった。
ある時、姉娘に京の日野屋の一人息子との縁談が持ち上がった。継母は自分の娘を嫁にやりたくて、夫にあれこれ吹き込み、たきつけて、とうとう山で殺してくるように命じた。しかし父親は殺すことが出来ず、ただ左腕だけ切り落として、証拠として持って帰った。継母は姉娘は死んだから妹娘を嫁に、と言ったが、断られた。
左腕を切られた娘を、亡母の化身である猿が手当てし、食事を運んで養った。三年後、猿は娘を寺の境内に連れて行った。そこで梅と桃の実を食べようとしているところを寺男に咎められ、娘は
花は咲くとも梅は生るな
花は咲くとも桃は生るな
と呪った。
さまよううち都に出て、大きな屋敷のかりんの実を取ろうとして庭男に発見された。継母のために京の日野屋の嫁になり損ねた、と身の上を語ると、庭男はその屋敷の息子にそれを伝えた。その屋敷こそ京の日野屋だったのだ。娘は迎え入れられ、嫁になった。
息子が西国に行っている間に子供が生まれた。それを報せる飛脚が立てられたが、娘の実家にも報せようと途中で立ち寄らせたので、継母は手紙を「猪猿の子が生まれた」と書き換えてしまった。「それでも俺の子だから大事にせよ」と返事を出したのを、帰りに継母がまた「追い出せ」と書き換えた。
娘は子供もろとも追い出され、手が無くて子供に乳がやれずに困っているのを和尚が助けてくれた。和尚に教えられて泉に行き、言われた通り片手で水をすくって飲もうとすると、おぶっていた子供が落ちそうになり、あっ、と手を差し伸べた時、手が元通りに生えた。それから、母子は寺の飯炊きになった。
帰った息子は事態を知って、六部(山伏)になって妻子を捜し歩いた。三年目に例の寺に辿りつくと、子供が「お父さん」と言って膝に上がった。
親子三人は家に帰り、父母と幸福に暮らしたが、継母の大阪の日野屋は潰れてしまった。
参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-
あるところにやもめの男がおりました。男には娘が一人あり、いつも隣の家の女のところへ行っては髪を梳いてもらい、そのお返しに家事の手伝いをしたりしていました。その隣の家の女もやはりやもめで、そのうち娘が父親と女の結婚を勧めたので、二人は結婚し、女は自分の一人娘を連れてきました。
何年か経って娘たちが年頃になると、男の娘は器量良しで引く手あまたなのに、女の娘はそうではありませんでした。女は日増しに継娘を憎むようになり、とうとうこの子を亡き者にしようと決めました。
女は森の盗賊に依頼して、継娘を殺してしまうように頼みました。いつものように娘が森で働く父親に弁当を持って行くと、盗賊が出てきて、必ず同じ道を戻るように言いました。娘は怖くて泣くほどでしたが、父親に打ち明けることさえ出来ず、また同じ道を戻って盗賊たちに捕らえられました。
盗賊たちは娘があまり泣くので哀れに思い、命だけは助けてやろうと決めました。けれど、彼女の体の一部を証拠として持ち帰らねばなりません。
「こいつの目をくりぬいていこう」と、一人が言いました。
「それより舌を引っこ抜いていこう」と、もう一人が言いました。
「それより、手をちょん切っていこう」と、三人目が言いました。
これで決まりました。盗賊たちは娘の両手を切り落として、命は取らずに逃がしてやりました。
娘は森の中を散々歩き、空腹と疲労で死にそうになったとき、果実のたわわに実った果樹園に辿りつきました。手がないので、枝から直接 果実をかじって食べました。
ところで、この果樹園は王さまのものでした。ある日、王さまが果樹園を散歩すると、果実という果実がみな下からかじられています。王さまは不思議に思いましたが、その日の夕方、娘が風が枝をしならせるのを狙って果実をかじるのを見てしまいました。
娘は見つかったことを知ってひどく怯えましたが、やがてこれまでのことを全て話しました。王さまは娘が美しいのを見て心動かされ、娘を連れ帰って、まもなくお妃にしました。
それからしばらくして、王様は戦争へ出なければならなくなりました。王様の留守の間にお妃は双子を生みましたが、王さまの母親は若いお妃が気に入らなかったので、戦場の王様へ宛てて「あなたのお妃はネコの子と犬の子を産みましたよ」と報せてやったのです。
王様はこれを本当だと思いこみ、すぐさま「妃を追い出せ!」と返事してよこしました。お妃は二人の赤ん坊をくくりつけられて城から追い出されました。
お妃はさ迷い歩き、飢えと乾きでへとへとになったとき、泉に辿りつきました。喜んで屈んで水を飲もうとすると、傍らに「この水飲む者 鹿になるべし」とあります。仕方なく別の泉を探して、飲もうと屈みこみました。
その時、背負っていた片方の子供が暴れて、すんでで水に落ちそうになりました。お妃は思わず、無い片腕を差し伸べて子供を救おうとしました。そして気がつくと、水に浸った腕には元通り、手が生えていたのです。お妃はもう片方の腕も水に浸してみました。するとそちらも元通り手が生えました。
お妃は大変 元気付いて、先へ進み、夜になったので木に登って辺りを見ると、遠くに明かりを見つけました。それは一軒の家で、戸は開いており、テーブルには食べ物や飲み物が並んで、牛小屋には牝牛が一頭、鳥小屋までありました。誰も帰ってこなかったので、お妃はそのままそこに住みつき、七年が経ちました。
さて、王様はお妃を追い出したことをずっと悔やんでいました。七年経ったある日、狩りの途中で再びお妃を見つけた夢を見て、王様は家来を一人連れて森の奥へ入りました。そしてお妃と子供たちの住む家を見つけ、ここに一晩泊めてもらうことになりました。
お妃はすぐさま王様だとわかりましたが、王様の方はわかりませんでした。というのも、今ではお妃にはちゃんと両手があったからです。一同は一緒に夕飯を済ませ、お客は床に就きました。子供たちと女主人は、まだ起きて鳥の羽をむしっていました。
王様の家来は目が冴えて眠れなくて、女と子供たちが話しているのを聞くともなしに聞いていました。
そのうち、眠っている王さまの片手が、だらんとベッドの外に垂れました。すると女が子供の一人に言いました。
「お前、行って、お父様のお手々をベッドに入れておあげ」
小さな坊やは、一人では王様の腕を持ち上げられませんでした。するともう一人の子も側へ行って、手伝ってやりました。
そのうち、王様が今度は足をベッドから垂らしました。するとまたしても女が言いました。
「お前、行って、お父様のあんよをベッドに入れておあげ」
今度も二人目が手伝ってやらなくてはなりませんでした。
しばらくすると、王様が頭をがっくり垂らしました。女はまた子供たちに言いつけましたが、頭は重くて子供たちの手では持ちあがりません。すると母親が自らやってきて、王さまの額にキスしてからベツドに乗せました。
あくる日、王様は家来と共に再び狩りを続けました。道みち、家来は昨夜聞いたことを王さまにお話しました。二人は夕暮れになるとまた同じ小屋に戻ってきて、もう一晩泊めて欲しいと頼みました。女主人は喜んで迎え入れて、お客のために美味しい夕飯を作ってもてなしました。
食事が済むと王様は横になりましたが、今夜は眠ったふりをしているだけで、わざとベッドから手を垂らしました。すると女がこう言うのがはっきり聞こえてきました。
「お前、行って、お父様のお手々をベッドに入れておあげ」
王様の腕は子供一人では持ち上げられず、もう一人が手伝って、やっと戻しました。
しばらくして王様は、再び足を垂らしてみました。するとやはり女が子供たちに言いつけて直させました。
最後に王様は、頭をがっくり垂らしました。すると女が自らやってきて、王様の額にキスして、ベッドに戻してくれました。
王様はそこで目を開け、どうして私が分かったのか、お前は本当に私の妃なのか、と尋ねました。お妃はそこで、手首に残る傷跡を王様に示しました。
王様はすぐに家来に言いつけて、城からお妃用の四頭立ての馬車を持ってこさせました。そしてお妃と子供たちをお城へ連れて帰り、それから後はみんなで末長く幸せに暮らしました。
参考文献
『世界むかし話(全十七巻)』 ほるぷ出版
貧乏な粉屋が薪拾いに行って、ひどい年寄りと行き会った。年寄りは、お前の水車小屋の裏に立っているものをくれるなら、莫大な金をやろうと言った。粉屋はてっきり水車小屋の裏に生えている大きなりんごの木のことだと思ったので承知したが、本当は水車小屋の裏で庭を掃いていた彼の娘のことだった。年寄りは悪魔だったのだ。
さて、約束の日になって悪魔が娘を迎えに来たが、清らかで信心深い娘は身を清めて周囲に白墨で線を書いたので、悪魔は近寄ることも出来なかった。それで、粉屋に「娘に水を使わせるな、体を清めさせるな」と命じた。そしてまた迎えに来たが、娘の涙が清らかだったので、それに触れた手が美しく、また近寄れなかった。悪魔は、粉屋に「娘の手を切ってしまえ、さもなければお前をさらって行く」と命じた。粉屋は悪魔が恐ろしくて、娘の両手を切ってしまった。しかし泣き抜いた娘の涙が傷口を清め、またしても悪魔は近寄れず、退散した。
粉屋は娘に言った。
「お前のおかげで、どっさりお宝が手に入ったよ。一生大事にしてあげるよ」
けれども、娘はこう返した。
「私はここにいるわけにはいきません。どこかへ行ってしまいたい。情深いお人が私の必要なだけの物は恵んで下さるでしょう」
そして、切り落とされた両腕を背中にしばりつけて、日の出と一緒に旅立った。
一日中歩きつづけて夜になり、王さまの庭へ来た。月の光で見ると、庭にはみごとな実が鈴なりに生った木があった。けれども、周りに水があって中へは入れなかった。
娘は一日中歩きつづけて一口も食べていなかったので、空腹でたまらずに思った。
「ああ、中へ入ってあの果物が食べたいな。さもないときっと死んでしまう」
そこで、膝をついて神さまの御名をとなえて、お祈りをした。すると、どこからともなく天使たちが現れて水門を閉めたので、堀が干上がって歩いて渡れるようになった。
娘が庭へ入ると、天使たちも一緒に入った。果物の生っている木を見ると、見事な梨だった。その数は数えられ記録されていたけれど、あまりお腹がすいているものだから、木から直接かじって一つだけ食べてしまった。
庭番は見ていたけれど、何しろ天使がついているものだから、怖くて何も言えなかった。
娘は梨を食べてしまうと藪の中へかくれた。
朝になって、庭の持ち主の王さまが庭へ出て、梨を数えてみて一つ足りないのに気がついた。
「梨はどこへ行ったのか。木の下にも見えないが、どうやらなくなっているようだ」
庭番に訊くと、庭番は答えた。
「昨夜 幽霊が入って参りました。その幽霊には両手がなくて、口で一つかじって食べてしまいました」
「その幽霊はどうやって堀を渡ったのだ。それに、梨を食べて どこへ行ってしまったのだ」
「雪のように白い衣を着た人が天から降りて来て、水門を閉めて堀を干上がらせたのです。あれは確かに天使でございますから、手前は恐ろしくて、咎めも致さず、人も呼べなかったのでございます。幽霊は梨を食べてしまいますと、また戻って行ってしまいました」
王さまは言った。
「お前の言う通りなら、今夜は一緒に番をしよう」
暗くなると、王さまは庭にやって来た。幽霊と話をするために、坊さんを一人つれて来た。
三人とも木の下に腰をおろして、気をつけていた。真夜中に娘が藪から這い出して来て、木の所へ行って、また口でもいで梨を一つ食べた。娘の側には白い着物を着た天使がいた。
そのとき、坊さんが出て行って言った。
「そなたは、神の御許から来たものか、それともこの世のものか。幽霊かそれとも人間なのか」
「私は幽霊ではありません。神さま以外には誰からも見捨てられた、あわれな人間でございます」
王さまが言った。
「たとえお前がこの世の一切のものから見捨てられていても、私は見捨てはしない」
王さまは娘を一緒にお城へ連れて行った。そしてこの娘がとても美しくて信心深いものだから、心底からこの娘をいとしく思い、銀の手をつくらせて与え、奥方になさった。
それから一年たった。王さまは戦に行かなければならなかったので、母上に若い妃のことをまかせて言った。
「妃が赤ん坊を産みましたら、どうか大事に育ててやって下さい。そうして、すぐに手紙で知らせて下さい」
やがてお妃はかわいらしい男の子を産んだ。そこで年老いたお母さんは、いそいで手紙を書いて、王さまに知らせてやった。ところが、使いの者が、途中、川の岸で一休みしているうちに、長い道中で疲れていたものだから、眠りこんでしまった。そこへ、日ごろから信心深いお妃を何とかして困らせてやろうと思っていた悪魔がやって来て、手紙を別のと取りかえてしまった。
それには、お妃が醜い赤ん坊を産んだと書いてあった。王さまはこの手紙を見ると、驚いて大そう悲しく思ったけれども、お母さんに、自分が帰るまでお妃を大事に世話してやって下さいと返事を書いた。
使いの者はこの手紙を持って帰ったけれども、同じ場所で一休みして、また眠り込んでしまった。そこへまた悪魔がやって来て、別の手紙を使いの者のポケットに入れた。
その手紙には、妃を子供と一緒に殺してしまうように書いてあった。年老いたお母さんは その手紙を受取るとびっくりして、どうも本当とは思えないので、王さまへもう一度手紙を書いた。しかし、悪魔がいつも偽の手紙とすりかえるものだから、同じ返事しか来なかった。そのうえ、最後の手紙には、証拠に妃の舌と目玉をとっておいて下さいと書いてあった。
年老いたお母さんは泣いて、夜の間に牝鹿をつれて来させて、その舌と目玉を切りとってしまっておいた。それから、妃に向って言った。
「いくら王さまの言いつけでも、お前を殺させるわけにはいきません。お前はここにいない方がいい。子供と一緒に遠いところへ行って、もう二度と帰って来るんじゃありませんよ」
かわいそうな妃は目を泣きはらして、赤ん坊を負ぶって出て行った。
妃は、大きな森へ来た。ひざまずいて神さまにお祈りすると、天使があらわれて、妃たちを小さな家へつれて行った。その小屋には「誰でも自由に住んでよい」と書いた小さな札がかかっていた。その小さな家から真白な若い女の人が出て来て、「いらっしゃいまし、お妃さま」と言って、奥へ案内して行った。内へ入ると、女の人は赤ん坊を妃の背中からおろして、妃の乳房へあてがって乳を飲ませた。それからすっかり支度の出来ているきれいなベッドに寝かせた。女は言った。
「あたしは天使です。あなたとお子さんのお世話をするように神様からつかわされた者です」
こんなわけで、この家に七年間住んで、親切に面倒をみてもらった。おまけに、信心のおかげで、切りとられた手は元の通りになった。
王さまは、やっとのことで戦場から家に帰って来た、何より先に奥方と子供に逢いたがった。すると年老いたお母さんは泣きだして言った。
「罪もない二人の命を取れなどと書いてよこすなんて、お前は何という悪人でしょう」
そうして、悪魔のしくんだ二通の手紙を見せて、「お前の言いつけ通りしましたよ」と証拠の舌と目だまを見せた。
それを見ると、王さまはかわいそうな奥方と子供のことを思ってお母さんにもまして泣き出したので、年老いたお母さんはかわいそうになって言った。
「安心おし、まだ生きてますよ。殺したのは本当は牝鹿なのです。お前の妃は、子供を背中へゆわいつけて、遠い所へやりました。お前がひどく腹を立てているようだったから、二度と帰って来ないようにかたく約束させてね」
これを聞くと、王さまは言った。
「蒼空の続くかぎり探しに行って、それまでに命をおとすか飢え死にするかせぬ限り、妻と子供を探しあてるまでは飲み食いも致しません」
それから王さまは、七年という間、あちらこちら廻り歩いて、切りたった崖や岩穴まで残らず探しまわった。けれども、二人は見つからないので、二人とも死んでしまったのかと思った。
この間中ずっと飲まず食わずだったが、神さまは王さまを生きながらえさせて下さった。
おしまいに、ある大きな森へ入ると、森のなかに小さな小屋があった。その小屋には「誰でも自由に住んでよい」と書いた木札がかかっていた。中から白い若い女が出て来て、王さまの手をとって奥へ導き、訊いた。
「いらっしゃい。どこからおいでましたか」
「かれこれ七年の間、妻と子供を探しているのですが、まだ見つからないのです」
天使は、王さまに食べ物や飲み物をすすめたけれども、王さまはそれに手もつけず、ほんの少しの間、休みたいと言った。寝ようとして、横になって自分の顔へハンカチをかけた。
天使は、お妃と子供のいる部屋へ行って言った。
「お子さまを連れていらっしゃい。ご主人がいらっしゃいましたよ」
王さまが横になっているところへ行くと、顔からハンカチが落ちた。妃が言った。
「悲しみの子や、お父さんのハンカチを拾って、元通り顔へかけてさしあげなさい」
子供がハンカチを拾って、元のように顔にかけてやった。王さまはうとうとしながらそれを聞いて、もう一度わざとハンカチを落とした。男の子はいらいらして言った。
「ねえお母さん、お父さんの顔にかけてってどういうことなの。お父さまはこの世にいないんでしょう。天にまします我らの父よ、ってお祈りを習いました。お父さまは天の神さまなんだよっておっしゃいましたよ。こんな怖い人なんか見たこともない。この人はお父さまじゃない」
王さまはこれを聞くと、起き上がってあなたはどなたですかと尋ねた。
「私は、あなたの妻です。これはあなたの息子の悲しみの子です」
「私の妻は銀の手をしていました」
「お恵み深い神さまが、元通りの手をまた生やして下さったのです」
天使が部屋から銀の手を持って来て、王さまに見せた。それでやっと確信が持てたので、王さまは二人にキスをして喜んだ。
「重い石が私の胸から落ちた」
この様子を見て、天使が再びご馳走を出した。
それからみんなは年老いたお母さんの待つ家へ帰って行った。国中が歓喜し、王さまとお妃はもう一度婚礼をして、年とって死ぬまで、二人とも何不足なく暮した。
参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.
『完訳グリム童話(全三巻)』 グリム兄弟著、関 敬吾・川端 豊彦訳 角川文庫
昔、沈陽の北の錫伯村に
一年たって男の子を生むと、継母はその子ばかりを可愛がって莫里根治を邪魔にし、生んだ子には食べさせても、莫里根治にはまずい物を少しやるだけだった。後妻は莫里根治が十三歳になると婢女に売ろうとしたが、父親は反対した。それから、後妻は何かにつけて莫里根治を苛めるようになった。
ある日、父親が漁に出たあと、後妻は莫里根治がロバに枯れ草を刻んでやらなかったからロバが病気になったとなじり、
「わたしがロバにやる干し草を押し切り台で刻むから、お前は干し草を押し切り台の刃の下に置きな」
と言った。
莫里根治が干し草を押し切り台の刃の下に両手で置くと、殘忍な後妻は押し切り台の刃をザクッと下ろした。
「あれぇ!」と莫里根治が叫ぶと、真っ赤な血が飛び、莫里根治の両手はザックリと切れて、干し草の上に落ちた。
父親が帰ると、後妻は
「莫里根治は、ロバが病気になったから干し草を刻んでやると言って、できもしないのに押し切り台を使い、自分の手を切ってしまった」
と嘘をついた。後妻がそれを父に話しているのを聞いた莫里根治は、もう我慢しきれなくなって、実の母の墓へ走り、墓の前で泣き続けた。
莫里根治は両手を失い、食べるにつけ着るにつけ、いっそう後妻の冷たい仕打ちに耐えなければならなかった。
ある日、莫里根治が誤って弟を転ばすと、後妻は怒って莫里根治を箒でさんざんに打ち、家から追い出した。莫里根治には何処にも行く場所がない。一銭の金もなく、疲れ、飢え、ふらふらしたが、遠く離れて漁に出かけた父を探して行くことにした。
歩き続けたある晩、莫里根治は林檎畑のわきを通った、月の光で林檎の木の枝を見ると、林檎が鈴なりになっている。ふと見ると木の下に踏み台がある。莫里根治は踏み台から、やっと林檎の木に乗り移ると甘酸っぱい林檎を腹一杯食べた。ところが、下りようとすると踏み台が倒れている。木に登る時、踏み台を倒したのだ。こうなっては両手のない莫里根治には下りられない。そのまま木の股でうずくまって寝た。
夜が明け、何士達という学生が来て、この林檎の木の下で読書を始めた。
何は木の股で乱れた髪のまま寝ている娘を見つけ、小さな声で
「あんた、どこの娘だ。早く下りておいで」
と声をかけたが、目を覚まさない。大声で呼ぶと莫里根治は驚き、木の上から落ちて気を失ってしまった。
何は莫李根治が可哀相になり、おぶって家へ帰った。やがて莫里根治は気がついたが、林檎を盗んだことを恥じ、起き上がってすぐ逃げようとした。しかし何に引き止められると、莫里根治は目に涙をため自分の身の不運を話した、行く所がないと聞くと、何は両親と相談して莫里根治を何家の使用人の一人とした。
二年たつと、莫里根治は一人前の娘に育ち、何家の恩を忘れず、何にいつも丁寧に接した。何は莫里根治が聡明なので、字を教え、五経四書を学ばせた。莫里根治が両手がなくて文章が書けないのを嘆くと、何は莫里根治の腕に筆を結び、美しい篆書を教えた。
こうして、二人の学問好きの若者は互いに愛し合うようになった。
何は莫里根治と愛し合うと、多くの縁談にも頭をふらず、父母が強く結婚するように言ってもことわった。やがて両親は何と莫里根治が互いに愛していると知り、しかたなく二人を結婚させた。
何と莫里根治が結婚してまもなく科挙の年になり、莫里根治は夫を北京へ送り出した。やがて何は科挙で名を挙げ八府巡按となったと伝えられ、何家は大喜びであった。ちょうどその時、北京を往来する張斉という商人が村に来ていたので、莫里根治は夫への手紙をこの商人に依頼した。しばらくして商売をおえた張斉が何からの返信を持ってきた。莫里根治が開いてみるとそれは離縁状であった。
あまりの事に莫里根治は泣き伏した。すでに何の子を孕んでいた莫里根治は泣く泣く家を離れ、遼河の河辺に来て河の流れを見ながら、自分の不運は薬草の黄連より苦いと考えると、生きる力もなくなり遼河に身を投げた。
やがて気がつくと、莫里根治は河辺の砂の上に横たわり、両手がもと通りにそろっていた。
喜んで身の周りを見ると、生まれたばかりの可愛い男の子がすやすやと寝ていた。莫里根治は河に身を投げたが、水の宮殿の鯰の婆に救われ、水の宮殿で男の子を生んだのだった。
鯰の婆は莫里根治の運命を憐れみ、法術を用い両手をもとのようにしてやったのだ。
莫里根治は喜んで子供を背負い、張家湾にたどり着くと、張という老夫婦の家に恵みを求めた。張老夫婦は母子二人を哀れに思い、莫里根治を養女にして一緒に暮らした。
それから三年過ぎた。ある日、一人の行商人が張家の門前に来た。実は八府巡按の何士達が密かに村々を視察しているのだった。
莫里根治の男の子は水生と名づけられてもう三歳になっていた。小さな水生は行商人の周りを走り回り、初対面の何の裾をひっぱって「お父さん」と言った。水生のこの遊びを周りにいた人が笑ったので、莫里根治は顔を赤くして水生を抱いて家に入ってしまった。
さて、何は故郷に帰って両親や妻に会いたいと思い、家に帰り門を入ると、両親にいきなり罵られ、びっくりして聞くと、妻は彼の離縁状を持って家を出たと聞かされた。何は驚き、地方を視察して妻を捜そうと決心した。
ある日、何がまた張家湾に行くと、ちょうど莫里根治が井戸で水を汲んでいた。何は妻と似ていると思い、水を飲みながらよく見ようと急いで井戸へ近づくと、その人には両手がある。人妻を間違えて呼んで恥をかいてはいけないと、黙ってそこを離れた。
何は張家湾から離れたが、歩きながら考えるとどうも気になり、また張家湾に戻り、張老人の家を訪ね、本当のことを聞き出そうとした。
張老人が何に莫里根治の身の上を話すと、何はこれこそ妻の莫里根治だとわかり驚き喜んだ。しかしどうして両手がもとのようになったのかはわからなかった。
だが、莫里根治はこの行商人があの不誠実な夫・何士達その人だったので、激怒し、何を追い出そうとした。しかし養母になだめられて心を和らげ、何からの離縁状を出して見せた。何はそれを見て不思議に思い、これはきっと誰かの仕業だと話し、誤解だったと知って抱き合って泣いた。
翌日、何は張斉を役所に呼び出した。張斉は商売の往来の途中にきまって崔家旅館に泊まる、その時も崔家旅館に泊まり、何気なく旅館の主人に八府巡按の妻への手紙を持っていると話し、翌日、誰か荷物を触ったらしいと分かったが、調べてみると金はなくなっていないので気にもせずに旅館を出たと話した。
何は張の話を聞いてすべてを悟った。店主はあの後妻の弟だったのだ。名は崔老三。
何は莫里根治の継母と崔老三を役所に呼び出し、証人の張斉に会わせ証拠を見せると、二人はすべてを白状した。
張斉が宿屋に泊まった時、崔老三はまだ莫里根治が生きていると聞き、その夫が高官だとわかると、莫里根治が姉に報復するだろうと考え、夜、張斉がよく寝ている間に何の書いた手紙を離縁状とすり替えたのだ。
崔老三とその姉は人を苦しめた罰で監獄に入れられ、莫里根治母子と何家の家族はまた仲好く暮らすようになった。
参考文献
『ことばとかたちの部屋』 寺内重夫編訳
http://homepage1.nifty.com/kotobatokatachi/index.html
昔、崔という長者がいた。五十歳で妻を亡くし、十六歳の娘・淑娘と暮らしていた。淑娘は学もあり礼儀正しく父に孝養を尽くし、家事万端よくした。
淑娘が十七歳の時、長者は馬氏を後妻に娶った。
馬氏は裕福な家の娘で今まで結婚せずにいたが、学問を身につけていたわけでもない。それどころか人柄も性格も悪く、長者の後妻になると崔家の家事万端を自由にしようと、何かと淑娘を邪魔にし、穀物倉や金蔵の鍵を手に入れる算段にやきもきし、寝物語にあることないことを何度も長者に話した。だが長者はその度にとぼけて相手にしなかった。
馬氏は食であれ衣であれ困ることもなく、淑娘も礼儀正しく継母に仕えているのだからそれで満足すべきなのに、馬氏の悪心は改まらず、夜も昼もただ目の中の棘のように邪魔な淑娘を追い出すことばかりを考えていた。
ある日、長者が外の用事を終えて帰って来ると、馬氏が困ったような顔をして
「あなた、こんなこと言っていいかどうかわからないけれど」ときりだした。
「わしら夫婦の仲だ、話があれば何でも話せ」
「ええ、娘も年頃になれば縛っておくわけにもいかないけれど、この二日ほど淑娘の様子をそっと見ていると町中をウロウロ出歩いているのよ」
「何かの見間違いだろう、わしの娘はそんな娘ではない」
「あなた、わたしが後妻だからそんな悪い見方をするとでも言うの。わたしは崔家に入れば崔家の人間、崔家の血をひく娘の素行が悪ければわたしだって体裁が悪いわ、嘘だと思うなら明日向かいの茶館でお茶を飲んでるふりをして淑娘を見ててご覧なさいよ」
翌朝、長者は朝食をとるとすぐ向かいの茶館へ行って淑娘を見ていた。家にいる馬氏は戸棚から布を出して淑娘を呼び、
「あたしがお前の服を縫ってやるが、うちの鋏はよく切れないから叔母さんの家へ行って鋏を借りて来ておくれ」と言った。淑娘は「わかりました」と答えると急いで家を出て叔母の家へ行き鋏を借りて来た。馬氏はその鋏で寸法もろくに測らず布を切るとすぐまた鋏を返しに淑娘を叔母の家へ行かせた。
淑娘のこの行ったり来たりする様子を茶館からすっかり見ていた長者は馬氏の話は本当だと思い、苛立って家へ帰ってすぐ淑娘を呼ぼうとすると、馬氏はそれをさえぎり
「あなた、女のことは男が話すより女のわたしの方がいい、あとでゆっくりわたしが淑娘に話しておくわ」と言った。長者はそれも尤もだと馬氏に任せた。
それからまた何ヶ月か経ったある日、長者は人に招かれて酒を飲み、夜半に酒の匂いをプンプンさせ千鳥足で家へ帰ると、すぐ馬氏が出て来て「あなた、大変なことが起きたわ」と長者の袖を掴んだ。
「何、何が起きたのだ」
「あの恥知らずの淑娘に男ができ、子どもを生んで帰って来たのよ」
それを聞いた長者は怒りと酒の酔いが一度にでて
「わが崔家の家風を汚しおって、黙ってはおれぬ、わしが行って見て来る」と叫んだ。
馬氏は手燭を持って先に立ち、寝ている淑娘の部屋に長者と一緒に入ると、淑娘の布団をまくった。長者が険しい顔で見ると、真っ赤な赤子が淑娘の傍らに寝ている。
これは馬氏が長者が外から酒に酔って帰って来るのを待って好機到来と、叔母の家の黒猫を殺しその皮を剥ぎ、ぐっすり寝ている淑娘の布団の中へそっと入れておいたのだ。長者は酒に酔って朦朧としているうえ、暗い手燭でよく見えずそれを赤子だと思い込んでしまったのだ。
長者は怒り狂って包丁を持ち出し淑娘を布団から引き摺り下ろした。寝ていた淑娘はいきなり恐ろしい顔をした父が目の前に立っているの見て驚き、叫んだ。
「お父さん、何をするの!?」
「わかっているのにまだ言うか、この恥知らず! 崔家の家風をよくも汚したな。お前を殺してやる」
と包丁を振り上げ斬ろうとすると、馬氏が押し止めた。
長者が怒りに任せて淑娘を家の中で殺せばあとで人から何だかんだと言われる。それより淑娘を外で飢え死にさせた方がいいと考えたのだ。
「あなた、淑娘は家名を汚したのだから許されませんが、それでもあなたの血肉をわけた娘、殺すより両手を斬って勘当すればいい」
長者はそれもそうだと考え、包丁を振り上げバッサリと淑娘の両手を斬り捨ててしまった。
哀れ、罪もない潔白な淑娘は気を失って倒れた。
やがて淑娘は息を吹き返し、残酷な父と継母に手を斬り落とされ、荒野に打ち捨てられたことを知った。これは明らかに継母の仕業だ。淑娘は継母を呪い騙された父を恨み、死んだ母の許へ行こうと声を上げて泣いたが、このままありもしない罪をきせられて死ぬ事はできない、生きて行こうと心に決め、立ち上がりフラフラと歩き始めた。
飢えれば物を乞い腕で挟んで食べ、喉が渇けば河辺にしゃがんで水に口をつけて飲み、夜は廟や枯草の中に寝た。
ある日、淑娘は一日中一口も食べ物に恵まれず、夜になっても寝場所がないまま大きな果樹園に迷い込んだ。月が明るく一面を照らし熟れた梨やりんごがなっているのが見えた。淑娘は木の下に立って口でそれを腹一杯に食べると、果樹園の草むらの中に入って寝た。
さて、この果樹園の主は陸長者の息子の陸青である。父親は早くに亡くなり寡暮らしの母に育てられた。陸青は科挙(国家試験)を受けるのに静かな果樹園に書斎を建てそこで勉強していた。
この日、陸青は食事をしたあとで果樹園の中を散歩していて、梨やりんごが木になったまま半分齧られているのを見つけた。
陸青は“これはおかしい、一体誰が齧ったのだろう。こんな大胆に齧る奴はいったい何だろう?”と思い、夜にそっと果樹園を見張っていると、真夜中に、人がりんごの木の下に立ってりんごを齧っているのが見えた。大声を上げて脅かそうと思ったが、姿格好がどうも女らしいので、軽く咳払いしてから「もぎ取って食べたら」と言った。
淑娘は人に見つけられたと知ると逃げようとしたが、弱い女でとても逃げられない、それより哀れな我が身を許して貰おうと、陸青の前に跪き涙を流して
「お優しいお方、わたしは継母にそそのこされた実の父に両手を斬られ、捨てられた娘です。帰る家もなく流れ歩いて物を乞い生きてきました、先日誤ってあなた様の果樹園に迷い込みました、どうかお許し下さい」と言った。
陸青は生来心優しい青年で、淑娘が哀れに地面に跪き許しを請う姿を見ていられず、言った。
「何も知らずにあなたを責めた私を許してください。どうかお立ちになって、嫌でなければ私の書斎で事情をお話し下さい」
淑娘は陸青の言葉遣いも礼儀も正しいので頭を上げると、月の光をうけて眉目秀麗な青年が上品な衣装をつけ穏やかに立っているので、悪い人ではないと安心した。
淑娘は陸青に連れられて書斎に入り、席についた。部屋には整頓された書籍が並んでいた。
陸青が油灯の芯を切って明るくすると、髪は乱れ顔も汚れていたが、美しい娘であった。
二人は互いに名乗り合い、陸青は淑娘の苦しみを聞きおわると何とも淑娘がいとおしくなって、
「あなたが遭われた不幸は本当に悲しいことです、どうかここに住んで下さい」と言った。
「エッ、女が独り身の男のお方と一緒に住むことはできません」
「いや、私の言葉が足りませんでした、結婚して下さい」
淑娘は顔を赤くして首を振り
「わたくしには手がない。あなたの読書の灯を明るくしてあげることも、あなたが字を書く墨を磨って差しあげることも、あなたが休む布団を敷いてあげることもできません。やがてあなたが科挙に合格して高官になられても何もお手伝いできず、ただあなたの足手まといになるばかりでございます。どうかわたくしを見逃し、死なせて下さい」
と言って出て行こうとすると、陸青は
「私のあなたへの想いには一片の曇りもありません、私が心を変えれば天が私を罰します」と訴えた。
淑娘は陸青の言葉が軽薄でなく、本当に誠実で心がこもっていると分かり、陸青を受け入れた。
その晩、二人は月を仲人として天地に誓い夫婦となった。
さて、二人が夫婦になったのはよかったが、困ったのは三度の食事である。陸青の毎日の食事は下女がその時々に一人分の食事を運んで来る。だがこれからは二人になるからそれでは足りない。母に本当の事を打ち明けることもできない。
そこで陸青は下女に嘘を言って食事の量を増やしてもらったが、それが十何日も続けば、怪しいと下女に感づかれていた。
ある日、下女は陸青の母に陸青の勉強の様子を聞かれて、そのことを話した。老母は不思議に思い、そっと陸青の書斎の様子を外の暗がりからうかがっていた。下女が夕飯を陸青に渡して書斎から去ると、老母は書斎の障子窓の下に行き、障子窓に小さな穴を開け中を覗いた。すると、陸青が部屋の前へ行って低い声で「ご飯だよ」言い、見かけない娘が出て来て陸青と向き合って座って、陸青がその娘に汁やご飯を食べさせていた。
老母はそれを見て戸を開けて書斎に入った。老母に見つかってしまった陸青淑娘夫婦は老母の前に跪き今までの事をすべて話した。老母は軽く溜息をつくと
「青や、いいよ。お前たち二人が結ばれたのは前世からの因縁だろう。なぜ母に隠していたのだえ、淑娘はわたしと母屋に住み、面倒はお前がみるより下女させる方がよい」と言った。
淑娘は母屋へ移り家事を助け、外向きの用事もそつなくこなし、陸青の母を喜ばせた。そうこうしているうちに陸青の科挙の日が近づいた。陸青は淑娘には母に孝養を尽くすように言付け、母には淑娘の面倒を頼み、吉日を選び陸家の家人 陸安を連れて北京へ出発した。北京での三回の試験の結果陸青は第一等の状元に合格し、すぐ陸安にその知らせの書面を持たせ昼夜を継いで家へ走らせた。
その途中のある日の暮れがた陸安は宿をとった、宿の主は五十歳ほどの女で、愛想笑いをしながら陸安を客部屋へ案内して酒を出し、いろいろ喋り始めた。
陸安は酒を三杯も飲むといい気分になって、主人の陸青が状元に合格したこと、どういうわけか手のない娘を娶ったことなどを話した。宿の女主人は状元の夫人が手がないことを聞いてハッとすると、状元夫人の様子を聞き出し、夫人が淑娘だと分かると顔色を変えた。
宿の女主人はあの馬氏だったのである。実は馬氏が淑娘を崔家から追い出して半年も経たないうちに、崔家は火災になり、屋敷は一片の瓦も残さずに燃え、崔長者も焼け死んでしまったのである。悪運強い馬氏は生き延びて土地を売り、幾らかの元手でここに宿屋を開いたのであった。
馬氏は死んだと思っていた淑娘がまさか状元夫人になっていようとは考えもつかず、仕返しされては大変だ、と悪巧みを思いついた。
馬氏は驚きを隠し、世辞を言いながら陸安に大酒を飲まして酔わせ、そっと陸青の手紙を開いて見ると、母に状元合格の吉報を知らせ、祖先を祭りに家に帰ったあと、母と淑娘を北京に連れて行くと書いてある。馬氏は陸青の筆跡を真似して偽の手紙を書き手紙を取り換えてしまった。
そうとは知らず陸安は崔家の老母にこの偽の書面を渡した。老母と淑娘が喜んで手紙を読むと、老母に状元合格の喜びを伝えたあとに、状元に合格したので、手のない淑娘を状元夫人にはできないから、すぐ淑娘を陸家から離縁すると書いてあった。
読み終わった淑娘は雨のように涙を流し、自らの運命を嘆き
「お義母さん、これが夫 陸青の気持ちならわたくしは出て行きます」と言った。老母は
「淑娘や、待っておくれ。わたしが陸青に考え直すように手紙を書くから、お前はわたしと一緒にいて、よい子を生んでおくれ」と言った。
陸安は老母の書面を持ってまた北京へ戻る途中、再び馬氏の宿屋に泊まった。馬氏は陸安の口ぶりから自分の悪巧みが通らなかったことを知って口惜しがり、また陸安を酒で酔わせたあとで、老母の筆跡を真似た偽の書面を作り、取り換えた。
陸状元が家からの手紙を読むと、淑娘は陸青が北京へ行ったあと礼儀をわきまえず、召使を罵り勝手な振る舞いをし、手足の爪が鬼のような恐ろしい赤ん坊を生んだから、すぐ淑娘を陸家から離縁すると書いてあった。
陸青は読み終わってどうも合点がいかなかった。まさか息子が状元になったので母が嫁に嫉妬したのではと悩んだ。陸青はすぐ、帰ってから話すと返事を書いて、陸安に持たせた。
ところが陸安はまた馬氏の宿屋に泊まり、またまた馬氏に手紙を書き替えられてしまった。老母と淑娘が待っていた陸青の返信を開くと、早く淑娘を家から出す催促で、出て行かなければ殺すと書いてあった。老母は仕方なく淑娘に金を持たせ、食べ物を首にかけてやり、背中の子どもと共にしばらく身を隠すように計らい、涙の別れをした。
淑娘は生まれた子を背負い、無残な行方も知らぬ旅に出なければならなかった。フラフラとさまよい七日目に河辺へたどり着くと
「アア、薄倖な我が運命ではもう死ぬしかない」
と呟いて河へ身を投げようとした。すると後ろから「娘さん、死んではいけない」と引き止められた。振りかえって見ると、七十を越えたような白髪の老婆であった。淑娘は思わず咎めるように「わたくしを助けてどうするのです」と言ってしまった。
「あんたはまだ若くこれからだ。背中の幼い子も、前途には豊かな人生があるかもしれない。惜しいではないか。私の家へ来なさい」
と言い、老母は淑娘の腕を強く引っ張った。淑娘は振り放そうとしたが老母の力は強く、そのまま山に囲まれた水辺の草で葺いた小屋へ連れて行かれた。
老母は盆に水を汲むと「娘さん、顔を洗いなさい」と言った。
「死のうとする人間が顔を洗って何の役に立つでしょう」
「お前の死相を洗い落とすのです」
淑娘は老母の真情に触れ、礼を言い、涙を流しながら腰を曲げて、手のない両肘を水の中に入れると、失われていた両手が元のようになった。淑娘が神に助けられたのだ、と振り向くと、老母も草で葺いた小屋も消えていた。
淑娘は両手が元のようになると元気がでて、何処かで子どもを育てようと決心し、子どもを抱いて歩いて行くと小さな村に着いた。萱葺きの家の前へ行って
「もしもし、旅の者ですが水を飲まして下さい」
と言うと、戸が開いて五十くらいの頑丈な体つきの優しそうな老婦が出て来た。老婦は淑娘を家の中に入れ、休ませると豆乳を出した。
この老婦の名は赫、夫は亡くなり息子の柱と豆腐を売って暮らしている。老婦は淑娘の身の上に同情して
「行く所がなければわたしの家にいればいい。息子も真面目だからこれから姉弟となればいい」
と言うので、淑娘は老婦の家に住むことになった。淑娘は豆を挽くのが大変なのを見て、金を出し、ロバと豆挽き車を買っやると、老婦と柱は豆腐作りが楽になって喜んだ。
さて、陸青は状元となって家へ帰ると淑娘がいないので驚き、いろいろ調べて陸安を問い質し、陸安が三回馬氏の宿に泊まったことを聞き出し、馬氏を審問して事の次第が明らかになると、馬氏を死刑囚の牢に入れた。陸状元は官服を脱ぎ乞食に身をやつし四郷八村を巡り淑娘を捜した。
ある日、陸状元は木の下の井戸で洗濯をしている淑娘そっくりな女を見つけたが、女には手がある。
陸状元は水を求め、女の声を聞こうとしたが、それよりも早く淑娘は陸青に気がつき、陸青は状元に合格したのにどうして乞食になっているのだろうと思っていると、陸青が「どうか水を飲ませてください」と言った。
「あなた、あなたは………」
「新状元陸青です。あなた、あなたは………」
「陸状元に離縁された淑娘です」
「あなたの手は………」
「天は善を助けます。わたくしの手は神様がつけてくれたのです。状元のあなたが落ちぶれてここに来たのは、わたくしを裏切った因果応報でしょう」と淑娘は陸青を責めた。
陸状元は淑娘の姿を見て今までの馬氏の悪事を話し、淑娘に許しを求めた。それを聞いて淑娘は陸青の胸に顔をうずめた。
こうして、陸状元夫妻はもとのように仲睦まじく幸せに暮らした。
参考文献
『ことばとかたちの部屋』 寺内重夫編訳
http://homepage1.nifty.com/kotobatokatachi/index.html
ピエートネッカの王が妃を亡くされると、側近のファルファレッロが言いました。
「妹君のペンタ姫を
そこで、兄王は妹を呼んで言いました。
「妹よ、真に価値あるものを手放す男はいないし、赤の他人を妃として迎えれば、お前とてどんな目に遭わされるか分からないのだ。
これらのことをよく考え合わせて、私はお前を妃にすることに決めた。お前は私の好みに適っているし、気心も知れている。だから、この、私たちが共に幸せになれるアイディアに同意しておくれ」
勿論、こんな無法な申し出にペンタが同意するはずもなく、青くなったり赤くなったり、驚いて言葉もありません。暫くは絶句していましたが、ついに爆発して言いました。
「お兄様が理性をなくされても、わたくしはそうはなりません。そんなことを口走るなんて、信じられませんわ! お兄様の馬鹿、淫乱、野蛮人! 気でも狂われたんですの?
さぁ、正気に返って、もう二度とそんなことは仰らないで。ちゃんと妹として扱ってくださらないなら、わたくしだってあなたを兄とも思いませんわ!」
そう叫ぶと、カンカンに怒りながら隣の部屋に駆け込み、中から鍵をかけて、一ヶ月以上も顔を見せません。しくじった兄王は、肉の塊を猫に盗られた料理女みたいにがっくりしていましたが、そのうち、またも妹を呼びつけました。ペンタは、一体どうして兄がそんな想いに取り憑かれたのか不思議でならなかったので、大人しく部屋から出てきて訊ねました。
「お兄様、鏡でよくよく眺めてみましたけれど、わたくしのどこが良くてそんな気におなりになったのか分かりません。正直言って、人が恋に狂うほど、わたくし綺麗じゃありませんもの」
「ペンタよ、お前は頭のてっぺんから足のつま先まで愛らしい。完璧だ。とりわけ、手がたまらなくいいんだ。
お前の手は、フォークのように私のハートを突き刺す。鉤のように私の魂のつるべを引っ掛けて命の水を汲みつくす。愛のやすりをかけられて痛むこの心をお前の手がヤットコのように挟んで放さないんだ。
ああ、ペンタの手、可愛い手、お前の手は美味しいスープをよそってくれるスプーンだ、私の欲望をねじ切るペンチだ、石炭を投げ込んでこの心を燃え立たせるシャベル……」
「はい、よく分かりました」
とめどなく言い募ろうとする兄王をペンタは押しとどめました。
「ちょっとお待ちになって。すぐ戻ってきますから、そこにいらして」
そう言ってペンタが自分の部屋に下がって、しばらくすると、絹の布のかけられた鉢が兄王に届けられました。布を取ってみますと、なんと、中には切り取られたペンタの両手が入っているではありませんか。添えられた手紙には、「一番お好きなものを差し上げますから、お納めください。ごきげんよう。立派なお世継ぎが授かりますよう」と書いてありました。
ペンタは部屋に下がるとすぐに、少し頭の弱い奴隷を呼んで、大きい包丁とお金を一つかみ渡して、「アリや、いい子だから、この手を切ってちょうだい。これは身の証を立てるためなのだから」と頼んだのです。奴隷は良い事をしているつもりで、ペンタの両手を叩き切ってしまいました。それを、兄王に届けさせたのです。
兄王は「ひどい仕打ちを受けた」と激怒し、ペンタを木箱にタールを塗ったうつぼ船に入れると、海に投げ込みました。うつぼ船は波間を漂い、やがて浜辺で網を打っていた漁師たちに引き上げられました。
箱の中から出てきた満月よりも美しいペンタを、漁師たちの首領のマスィエッロが引き取りました。家に連れて帰って妻のヌッチアに渡し、世話をするように言いつけましたが、ヌッチアはとても嫉妬深い性格だったので、夫が出かけるか出かけないかのうちにもうペンタを元の木箱に押し込んで、またもや海に放り込んでしまったのでした。
うつぼ船は再び海を漂い、今度はテッラウェルデの王の船に出くわしました。王は不思議がって、ボートを下ろして木箱を引き上げさせました。箱を開けると、棺桶の中には生きた美女、可哀想なペンタが入っています。王は(大した宝物を見つけたぞ)と思いましたが、(愛の宝石の詰まった手箱なのに、取っ手がないのは弱ったな)と、胸を痛ませもしました。
そんなわけで、ペンタを哀れんだ王は彼女をそのまま国に連れて帰り、王妃の侍女にしてやりました。ペンタは一生懸命お仕えして、針に糸を通したり、襟にのりをつけたり、王妃の髪を結ったり、何でも足で器用にこなしましたので、王妃も我が子のように可愛がりました。
ほどなく王妃は病の床に就き、余命いくばくも無いことを悟って、王を枕元に呼んで言いました。
「もうじき、私の魂はこの体から離れていくでしょう。ですから、後のことをきちんとしておきましょう。私を愛してくださり、安心してこの世を去れるようにしてやりたいと思し召しなら、一つだけしていただきたいことがございます。
わたくしの亡き後、どうかペンタと結婚してやってくださいまし。あの娘の素性は存じませんが、立ち居振る舞いからしましても育ちのよさが偲ばれますもの」
「ああ、お前が百まででも生きていてくれたらなぁ……。だが、お前の望むとおりにしてやろう。手なしでガリガリのやせっぽちでも仕方がない。……ま、女っていうのは少なめ控えめのほうが扱いやすいしな」
最後の方は王妃に聞こえないように小さく呟いて、王は約束しました。
こうして、王妃の命の火が燃え尽きると、王はペンタを妻に迎え、すぐに花嫁は身篭りました。まもなく王は所用でアルトスコリオの国に船で旅立ちましたが、その間に、ペンタは玉のような男の子を産み落としたのです。都じゅうにお祝いの明かりが灯され、特別仕立ての船が王のもとに吉報を伝えに差し向けられました。
ところが、この船は猛烈な台風に遭って、ある浜辺に流れ着きました。実は、ここはかつてペンタのうつぼ舟の流れ着いた、あの浜辺でした。しかも運の悪いことに、あの嫉妬深いヌッチァが、ちょうど浜で自分の赤ん坊のおむつや服を洗濯しているところだったのです。ヌッチァは物見高く船長にあれこれ尋ねました。どこから来たのか、どこへ行くのか、何の用事で? 船長は答えました。
「テッラウェルデからアルトスコリオに行くんだ。今、王様がそこにご滞在中なのでな、大切な手紙をお預かりしておるのだ。奥方様からのだと思うが、内容まではよく知らん」
「その奥方様ってどんなお方かね」
「聞くところによると、奥方様は手無しのペンタと呼ばれる美しいお方でな、両手とも切られて無いのだ。箱詰めのまま海に流されて、運良く王妃になったということだが……」
これを聞いたヌッチァは、船長を家に連れ込んで酒を勧めました。船長がフクロウみたいに目も見えないほど酔って潰れてしまうと、ポケットから手紙を盗んで、愛人の学生さんのところに持っていって読んでもらいました。すると、読んでもらっている間中、妬ましさで心臓は破裂しそう、ため息ばかりが出ます。そこで筆跡を真似て偽の手紙を書いてもらい、『お妃様は化け物犬を産んだので、その処置について指示を仰ぎたい』という内容に変えて、封をして船長のポケットに戻しておいたのです。
船長は目を覚ますと、海が凪いだのを見て、南西風に乗って船を急がせました。上陸するや手紙を届けますと、王は
『みんなで王妃を慰めよ。こうしたことは神の思し召しであり、運命には逆らえぬのであるから、少しも悲しむことは無い。』という返事を書きました。
船長はこの手紙を持った帰途二日二晩の航海中、またもヌッチァの家に立ち寄りました。大変な歓迎振りで、食べたり飲んだりするうちに再び前後不覚に酔いつぶれてしまい、ヌッチァは盗んだ手紙を持って愛人のもとに走りました。そして今度も、『テッラウェルデ国議会は母子もろとも火刑に処すべし』という偽手紙に摩り替えたのです。
船長が何も気づかずに手紙を届けると、議会の長老方は驚愕しました。討議に討議を重ね、王は気が狂われたか悪魔に騙されたかどちらかだ、でなければ、玉のごとく清らかで美しい奥方とお世継ぎを死の手に渡すなど思いつくはずがない、という結論を下したのでした。そこで中を取って、王妃とお世継ぎは王宮を去って行方不明、ということにし、当座しのぎに一握りばかりのお金を持たせて、国から追放したのです。
可哀想に、ペンタは何の罪も犯していないのに国から追放され、赤ん坊を腕に抱いて、泣きながらラゴトルビードの方へさまよっていきました。ラゴトルビードの王は魔法使いでしたが、この哀れな母子の姿を見て いたく同情し、事情を話すように所望しました。話を聞くと哀れみはなおも募り、王は優しくペンタを慰めました。
「元気をお出し。天はしばしば人を破滅寸前まで追い詰め、救いを奇跡のように見せるもの。希望を捨ててはならない。わしはあなたの父となり母となって、命をかけても守ってあげよう」
こうして、王宮の豪華な居間をあてがって王女のように遇したので、ペンタは感激の極みでした。翌朝になると、王はこんなお触れを出しました。
『この世で最も大きな不運とはどういうものか。その答えを王宮に持ってきた者に、王国一つ分より値打ちのある二つの宝石、及びに王冠と王笏を与える』
このお触れがヨーロッパ中に広まると、我こそは約束の富を獲得せん、というわけで、キャベツ畑のキャベツの数ほどの人間が王宮に群がってきて、それぞれの不幸をぶちまけました。骨身を削って一生宮仕えしたのに報酬はチーズひとかけらだったとか、文句一つ言えずに上司に不当な扱いをされて煮え湯を飲まされるばかりだとか、全財産を投げ打って商船を買ったのに大風で船が沈んでチャラになったとか、物書きとしてペンで身を立てたかったのにモノにならず、副業のインクスタンド業で大成功したとか……。
この不幸自慢の人々の中に、ペンタの兄たるピエートラセッカ王と、夫たるテッラウェルデ王の姿がありました。二人は海で偶然出会い、ピエートラセッカ王が「自分ほど不幸な男はいないから」ラゴトルビード国に行く、と言うのを聞いて、「そういうことなら、私だって誰にも負けないよ。どうだい、一緒に行って勇者らしく勝負して、そのうえで、善き友として、勝った方が褒美を半分分け与えることにしようじゃないか」とテッラウェルデ王が言って、二人は船首を並べてやって来たのでした。二人がラゴトルビード国に着くと、王者に相応しく丁重に迎えられ、天蓋付きの椅子に座らされました。「実は、私たちも世界一の不幸者コンテストに参加したいのです」と告げると、ラゴトルビード王は「その嵐のような溜息の源は何なのか、聞かせていただきましょう」と言いました。
そこで、ピエートラセッカ王は語りました。
血肉を分けた妹に非道の情欲を抱いたこと、妹の誇り高い行為、だのに自分は無慈悲にも妹をうつぼ舟に入れて海に捨てたこと。……自分の邪悪な仕打ちに良心は
すると、テッラウェルデ王は「あなたの苦しみなど、この私の苦痛に比べれば、甘いお菓子のようなものだ。というのも、私は今お話しの、その美しい手無しのペンタが箱の中で輝くのを見て、終生の伴侶にと
帰国すると何故か妻子は追放されており、手紙を
「楽しみを奪われ、苦悩の重荷を背負わされた我が人生、このまま地にくずおれぬのが不思議というもの……」
魔法使いの王は、これらの話を聞くと(これはペンタの兄と夫だな)と悟りましたので、ペンタの子のヌフリエッロを呼び、「さぁ、お前の父上の足にキスしなさい」と言いますと、少年はその通りにしました。テッラウェルデ王は少年の身に備わった気品を見てとって、金の鎖を首にかけてやりました。それから、「さぁ、叔父上の手にキスしてあげなさい」と言われて、美しい少年はすぐに身をかがめてそうしました。テッラウェルデ王は少年の賢さにいたく感心して、今度は宝石を与えると訊ねました。
「この子は私の息子なのですか」
「それは、この子の母親に訊きなされ」
ペンタは壁掛けの陰に隠れて一部始終を聞いていたのですが、ここで姿を現しました。迷子の犬がやっと主人を見つけたように、まず夫君に駆け寄って抱きつき、次には兄君のところに、といった具合で代わる代わる抱きついて、三人そろって息せき切って、切れ切れの言葉と溜息が合奏のように飛び交います。それがひとしきり終わると、今度は父と叔父とで少年を抱きしめてはキスをして、もう気も狂わんばかりの喜びようでした。
やっと一段落したところで、魔法使いの王が締めくくって話しました。
「ペンタ妃がこのような慰めを手にしたのを見るのは、まことにえも言われぬ喜びじゃ。これぞ美しい心根のペンタに相応しい報いである。
ペンタの夫君と兄君を呼び寄せるのが、わしの本当の狙いであった。しかし、人は己の言葉にも縛られるもの。約束したのだから、わしはテッラウェルデ王こそ世界で一番不幸な体験をした者と判定し、王冠と笏、加えて我が王国を差し上げよう。わしには子供はなく、わずらわしい係累もない。故に、よろしければ、目に入れても痛くないほどに思うあなた方ご両人を養子としたい。
さて、この幸せに欠けるところがあってはならぬな。――ペンタよ、その手を帯の下に差し入れてから出してごらん。前にも増して美しい手になっているから」
ペンタがその通りにすると、本当に美しい両手が戻っていました。皆は大喜びし、ことにテッラウェルデ王は、魔法使いの王から贈られた新しい王国よりも、このことの方を嬉しく思ったのでした。
祝賀の宴は数日に渡りました。宴が終わると、ピエートラセッカの王は国に帰り、テッラウェルデ王の方は、国の弟君に政務を任せる旨を言伝てて、自分はラゴトルビードに留まりました。世に
苦は楽の種
と言うとおり、これまでの苦しみを補って余りある喜びと幸せを手に入れたのでした。
参考文献
『ペンタメローネ[五日物語]』 バジーレ著、杉山洋子・三宅忠明訳 大修館書店
昔、バグダッドの町に、金持ちの商人が住んでいました。
ある冬の夜、商人の家の前に女の赤ん坊が捨てられて泣いていました。可哀想に思った商人は、
「きっと、預言者モハメッドの贈り物だ。大切に育ててやろう」
と言い、グルナレという名前をつけて、娘として育てました。
やがて成長すると、グルナレは驚くほど美しく賢い娘になりました。年頃になるとバグダット中の若者が求婚しましたが、中でも熱心だったのは王でした。商人は「グルナレは捨て子です、王妃に相応しい身分ではありません」と断っていましたが、王は諦めず、ついにグルナレは王妃として王宮に迎えられました。
王は喜んで、金貨十万枚を払って、ずっしりした宝石をつないだ見事な首飾りを作らせ、グルナレに贈りました。
「世界一の首飾りだ。大切にするがいい。――だが、もしもこの首飾りをなくしたなら、お前の手を切り落とすぞ」
「はい。どうぞ、切り落としてくださいませ」
グルナレは微笑んで承知しました。そんなことはありはしないと思ったのです。そして実際、グルナレは首飾りをそれは大切に扱いました。身につけた後は丁寧に磨いて銀の小箱にしまい、小箱をしまう引き出しには鍵をかけておきました。
そんなある日のこと、宮殿に戻ってきたグルナレは、門の前にうずくまっている乞食を見つけました。
「どうかお恵みを……王妃様。預言者モハメッドの名にかけて、哀れな者をお救いくださいまし」
信心深いグルナレは、モハメッドの名を出されて、施しを与えようとバッグの中をまさぐりました。ところが、その日に限って小銭一枚、お菓子ひとかけらも持っていません。それでも、何も与えないわけにはいけません。
「モハメッドのお恵みがありますように」
そう言ってグルナレが乞食に与えたのは、王からもらったあの首飾りだったのです。
グルナレは、このことを正直に王に打ち明けました。すると王は言いました。
「私も、モハメッドを尊敬している。あの方の名にかけて、と言われたら、王の冠も差し出すに違いない。お前は、よい施しをしたのだ」
しかし、と王は続けました。
「男が一度口にした言葉は、何があろうとも守られなければならない」
そうして、王はグルナレの両手を切り落としたのでした。
手を失ったグルナレは王妃の座を退いて両親の家に戻りました。けれども、モハメッドのために手をなくしたのだ、と思うと、悲しいよりもむしろ誇らしくさえ思えていたのです。
一方、金貨十万枚の首飾りをもらった乞食は、それを元手に商売を始め、三年も経つとバグダッド一の大富豪になっていました。立派な屋敷に住んでアフシャーと名乗るようになっても、彼は王妃に受けた恩を忘れることはありませんでした。
「ご恩は決して忘れません。王妃様に、モハメッドのお恵みがありますように」
朝に晩に、アフシャーは祈りました。
不思議な女性の噂がバグダッドの町に流れたのは、その頃でした。
「ある商人の家に、世にも美しく賢い女性がいるそうだ。姿は女神よりも気高く、顔は花よりも美しい。声はさわやかな流れのように響いて、体からはかぐわしい香りを漂わせている。
それほどの女性なのに、屋敷の奥に引きこもって、誰にも会おうとはしないのだそうだ」
この噂はアフシャーの耳にも届き、アフシャーはその商人の家を訪ねました。
「屋敷の奥に隠れているという女性を、妻にさせていただきたい」
突然こう切り出されて、商人は驚きました。屋敷の奥でひっそりと暮らしているのはグルナレです。一旦は王妃となったグルナレが手を失って戻ってきたことは、商人夫妻とグルナレと王しか知らない秘密です。
「あなたは、見たこともない女を妻にするのですか? 二目と見られない姿をしているかもしれないのですよ」
「預言者モハメッドの名にかけて」
こう言われると、信心深い商人はアフシャーの望みをかなえてやらないわけにはいきませんでした。
こうして、グルナレはアフシャーと再婚しました。けれども、グルナレは夫がかつての乞食であることを知りませんでしたし、アフシャーも妻が首飾りをくれた王妃だとは気づきませんでした。というのも、グルナレは何重ものベールを被って嫁入りしましたし、眠るときにもそれを外さなかったからです。アフシャーはそんな妻を「ベールに包まれた宝物の妻よ」と呼んで心から愛し、グルナレも夫をこの上なく愛しました。
夫を愛すれば愛するほど、グルナレの心は悲しみに沈んでいきました。
「手があれば、あの人に何でもしてあげられるのに。お料理も、洗い物に繕い物も、楽器だって弾いてあげられる。そうして、あの人をもっと幸せにしてあげられるのに……」
その時です。溜息をつくグルナレの前に、青いターバンを巻いた老人が現れました。
「モハメッド様……!」
慌ててひれ伏すグルナレに向かい、預言者モハメッドは優しく言いました。
「お前の手を返してあげよう。私の名にかけて
モハメッドが触れるとグルナレの手は元通りになり、指先には淡い紫色の香りの良い花が咲きました。
「その花は、きっと役に立つだろう」
穏やかに言って、モハメッドは姿を消しました。
あくる日から、グルナレはせっせと働きました。お客のためにご馳走を作り、屋敷中をピカピカに磨きあげて、アフシャーのために楽器を奏でます。アフシャーは目を丸くして、妻の変化を見守るばかりでした。モハメッドから授かった花をグルナレは大切に育てていましたが、この花の赤いめしべは香り付けにも色付けにも使えました。グルナレの料理が食べられるというだけで、お客は喜んでやって来るのでした。
そんなある夕方のこと、アフシャーはよく太ったガチョウを二羽買ってくると、グルナレに料理するように言いつけました。まもなくお客が来るというのです。グルナレがガチョウをこんがりと焼き上げたとき、台所に乞食が入ってきました。
「奥様……、預言者モハメッドの名にかけて、何かお恵みを」
乞食は言いました。そして、グルナレはお客のためのガチョウを乞食にやってしまったのです。
ご馳走がすっかり無くなった事を知ると、アフシャーは怒りました。
「なんということをしてくれたのだ。モハメッドの花を使った料理を、お前は無駄にしたんだぞ!」
叫ぶ夫に向かって、グルナレは静かに言いました。
「モハメッドの名にかけて、と乞食は言いました。私は何年か前にも、モハメッドの名にかけて施しをしたことがあります。二羽のガチョウより、もっとずっと高価なものでしたけれど」
「お前は、まさか……」
アフシャーの目が見開かれました。
「私は以前は王妃でした。首飾りを失ったために手を切り落とされましたが、今では元通りになっています」
「そして私は、首飾りをもらった乞食だったのだよ……!」
アフシャーは言って、しっかりとグルナレを抱きしめました。
預言者モハメッドによって結ばれた夫婦――バグダッドの人々はアフシャーとグルナレをそう呼ぶようになりました。モハメッドの花を育てることも広まり、人々の庭は冬になるごとに淡い紫の花で一杯になったのです。
王も、噂を聞いて二人を訪ねてきました。アフシャーと王は仲良くなり、グルナレは二人のためにモハメッドの花の香りをつけたガチョウを焼き、色をつけたご飯を炊きました。
モハメッドの花を、私たちは"サフラン"と呼んでいます。今でも、祭りの日に炊くサフランのめしべで黄色く染めたサフランライスを、バグダッドの人々は"モハメッドのご飯"と呼んでいるそうです。
参考文献
『花ものがたり〈春、夏、秋、冬〉』 立原えりか文、もと なおこ絵 小学館
※ペンタメローネ版『手無し娘』と同じく、主人公の手を切った男と夫が仲良くなってしまうという、なんとも落ち着かない感じの話である。
この話は、むしろ【炭焼長者・再婚型】に良く似ている。
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※これまでに紹介した【手無し娘】では、娘の手は悪意ある他者に無理やり切り落とされてしまうのだが、この話や次に紹介する『モハメッドの花』では、己の信念を貫くため、娘が望んで切り落とさせる。
この話、奴隷の名前が"アリ"であったりする点から見ても、中東の物語の翻案ではないかと思われる。この話では"アリ"は頭が弱いので善と信じてペンタの腕を切ったと語られるが、元々は宗教的な信念によって腕を切り落とさせる話だったのではないだろうか。
ロシアに『兄と妹』という話があり、この話はヒロインが手を切られる要素こそないものの【手無し娘】とほぼ同じ筋運びであり、特に、このペンタメローネ版『手無し娘』に良く似ている。
とても仲のよい兄妹がいた。しかし兄嫁は妹を憎み、わざと大切な物を壊したり、しまいに自分の赤ん坊を殺してまでして、その罪を妹になすりつけた。
妹は追い出され、森の中で暮らしてボロボロになった。狩りで通りかかったハンの息子(王子)が彼女を見つけ、連れて帰って結婚した。
夫が戦争に行った間に子を産むが、手紙を運ぶ使いの男が例の兄嫁の家に立ち寄ったため、「犬の子を産んだ」と書きかえられた。夫は「犬でも自分の子だから大事にしろ」と返信したが、それをまた「王妃もろとも追い出せ」と書き換えた。
さて、ハンの息子と娘の兄はたまたま知り合い、友人になっていた。その前にボロボロの女乞食がやってきた。それはかつての妻であり妹だった。彼女は全ての真相を二人に話した。